第33話 おあとがよろしいようで?
文字数 2,711文字
「それじゃ、自作自演というのが仮に正しいとしてよ、彼女はどうしてそんな持って回った方法を採らなければいけないのよ。自分の物を隠すだけなら、部屋の隅に」
「いえ、それだと見付かったときにすぐにまずい立場に立たされます」
「だったら、自分の道具なんだから、自分で持って外に運び出せばいいのよ」
「後々、そういう風に疑われる場合を想定して、関川さんはぴっちりした衣装に着替えた上で、ことを起こしたんじゃないかと思います。今着られている衣装なら、どこにもカップ&ボールを隠す余裕はない。両手が空であると示せれば、自作自演の線は消してもらえます」
「うーん。まだ分かんないなあ。何の目的で、そんな苦労をしてまで自分の奇術道具を隠さなきゃいけないんだか、私にはさっぱりだよ」
この瀬戸内という女性、基本的にいい人なのだろう。黙り込んでいる関川をかばうかのように、あれこれ反駁してくる。秀明はその一つ一つに答えていく。
「関川さんは、道具を盗まれたことにして、出演を回避しようとしたんじゃないでしょうか」
「ええ? 何で?」
これにはさすがの瀬戸内も驚いたらしく、ぎょっとした目付きで関川へと振り向いた。
「最初は出演する気満々だったんですよね。それが怖じ気づいて、迷いが生じた。当日になっても覚悟が決まらず、会場に着いて、衣装に着替えてから、とうとう辛抱できなくなった。それよりも前に我慢できなくなったのなら、先程瀬戸内さんが言われたように、普段着の時点で道具をどこかに置いてくれば済む話ですから」
「……はい」
完全に認めてくれた。秀明は実際に安堵の息を吐いた。
「まだ分からない点があるので、質問させてください。鍵を掛けたのは? 盗まれたことにするのなら、開けっぱなしの方が理に適っている」
「開け放したままだと、本当に盗まれる可能性があるかなと思って。それに会長さんを始め大勢の先輩会員から、奇術道具を大事にしなきゃいけないと口すっぱく言われてましたから、わざと鍵を掛け忘れるなんてできなかった」
「なるほど。窓の鍵は、あなたが部屋に戻った後、騒ぎ出す前に施錠したんですよね。それは何故ですか」
「廊下で練習されているとは思っていなかったのもありますけど……窓から誰かが忍び込んだんだとするには、窓の外の土が柔らかくて足跡がないのは不自然になるだろうなって思えたので」
「そうでしたか。聞いてみないと分かんないもんですね」
これで切り上げようとした秀明に、瀬戸内が待ったを掛けた。
「え、終わり? まだあるでしょうが。何でそんなにまでして、出演したくなくなったのかっていう動機、理由が」
「それは……僕の口から語っていいですか」
関川に尋ねると、無言で首肯された。
これで推測が大間違いだったら恥ずかしいなとちょっぴり懸念しつつも、秀明は説明をした。
「ゲストマジシャンの一人が仮面術者から中島先生に急遽、変更になったからですよね」
否定する反応はなかったので、さらに続ける秀明。
「僕の記憶では、仮面術者さんはカップ&ボールをやらない。一方、中島先生はカップ&ボールが十八番の一つです。関川さんは、あの中島龍毅のカップ&ボールと比べられてしまう! そんな公開処刑みたいな状況は耐えられない!と思ったんじゃないでしょうか」
「はい……」
関川が声を発した。久しぶりな感じすらする。
「今回は個室まで用意してもらって、張り切っていたんです。でも、今日になってあの中島龍毅師が出るって聞いて。しかも、私は後半の十三番目。そのあとじきにプロの方々の演技が始まる。私の下手なカップ&ボールの印象がまだ残っているところへ、あの素晴らしいカップ&ボールが行われる。もうだめだと思いました」
「順番を変えて欲しいとか、出演は無理ですと言えばよかったのに」
瀬戸内が気の毒そうな眼差しで関川を見る。
「いや、それは関川さんに酷というもの。話を伺った限りでは、彼女はクラブの中ではまだ若手メンバーじゃないですか」
「そうね。まだ二年と経っていないんだっけ」
関川は無言で首を縦に振った。
「そんな若手が自ら希望して個室をもらって、臨もうとしていたのに、やっぱりだめですとはなかなか言えないと思います」
「あ、そうか。ごめん、関川ちゃん。私らの配慮が足りなかったわ。中島先生が引き受けてくださったからって、安易に入れたのは考えなしだった」
「いえ、そんな。私こそ、こんな騒ぎを起こしてしまって」
お互い、うなだれ気味に抱き合う女性二人。秀明は居心地が悪くなって、身体の向きを換えた。
「一応、これで解決だと思いますので、僕はこれで。あとをどうするかはそちらで決めてください」
「はい、ご迷惑を――」
相手の謝罪を遮って、秀明は言葉を足した。
「ただ、外向きには騒ぎ自体は勘違いだったことにしないとまずいかもしれませんよ。正直に言って下手をすると、この公民館、いや他の公的な施設も借りられなくなる恐れ、ゼロじゃないでしょうから」
「で、ではどうすれば」
「多田会長には全て正直に話して、その上で、道具がなくなったことは勘違いだったと施設側に謝る、ぐらいでいいんじゃないでしょうか。僕はまだ若造なんで善し悪しの判断はしかねますけど」
秀明は関川の控室を出ると、念のために中島の部屋を覗いてみた。もしウォーミングアップ中だったらやめておこうと考えていたが、どうやらまだだった。
「中島先生……今よろしいでしょうか」
「おう。待っておったよ。どうだね、事件の方は?」
「それが」
秀明は解決に至るまでのあらましを、ポイントを押さえた形で端的に伝えた。
一部始終を聞いていた中島は、動機のくだりで驚きからか目を剥いた。
「何と。私が原因だというのか?」
「はい。それだけ先生の存在が大きいんです」
「いやはや。気を付けねばならんな。だがな、佐倉君。私はこんな場合でも普段から気を遣っておるつもりなのだよ」
いつになく不満げに言うものだから、秀明は尋ね返した。
「と仰いますと?」
「私は代役を引き受けたときに、すぐさま聞き返したんだ。その日の出演者が予定してるレパートリー全てをな。そして彼ら彼女らのマジックと被ることのないように、当日用の我が演目、我がルーティーンを組み立てた。無論、今日はカップ&ボールをやる予定はない。プロのプライドだよ。噺家だってそういうものだしな」
「……そのこと、いちいち言わなくても広く伝わるようにしないといけませんね」
ぼそっと言いつつ、やっぱり凄い人だと感嘆した秀明だった。
つづく
「いえ、それだと見付かったときにすぐにまずい立場に立たされます」
「だったら、自分の道具なんだから、自分で持って外に運び出せばいいのよ」
「後々、そういう風に疑われる場合を想定して、関川さんはぴっちりした衣装に着替えた上で、ことを起こしたんじゃないかと思います。今着られている衣装なら、どこにもカップ&ボールを隠す余裕はない。両手が空であると示せれば、自作自演の線は消してもらえます」
「うーん。まだ分かんないなあ。何の目的で、そんな苦労をしてまで自分の奇術道具を隠さなきゃいけないんだか、私にはさっぱりだよ」
この瀬戸内という女性、基本的にいい人なのだろう。黙り込んでいる関川をかばうかのように、あれこれ反駁してくる。秀明はその一つ一つに答えていく。
「関川さんは、道具を盗まれたことにして、出演を回避しようとしたんじゃないでしょうか」
「ええ? 何で?」
これにはさすがの瀬戸内も驚いたらしく、ぎょっとした目付きで関川へと振り向いた。
「最初は出演する気満々だったんですよね。それが怖じ気づいて、迷いが生じた。当日になっても覚悟が決まらず、会場に着いて、衣装に着替えてから、とうとう辛抱できなくなった。それよりも前に我慢できなくなったのなら、先程瀬戸内さんが言われたように、普段着の時点で道具をどこかに置いてくれば済む話ですから」
「……はい」
完全に認めてくれた。秀明は実際に安堵の息を吐いた。
「まだ分からない点があるので、質問させてください。鍵を掛けたのは? 盗まれたことにするのなら、開けっぱなしの方が理に適っている」
「開け放したままだと、本当に盗まれる可能性があるかなと思って。それに会長さんを始め大勢の先輩会員から、奇術道具を大事にしなきゃいけないと口すっぱく言われてましたから、わざと鍵を掛け忘れるなんてできなかった」
「なるほど。窓の鍵は、あなたが部屋に戻った後、騒ぎ出す前に施錠したんですよね。それは何故ですか」
「廊下で練習されているとは思っていなかったのもありますけど……窓から誰かが忍び込んだんだとするには、窓の外の土が柔らかくて足跡がないのは不自然になるだろうなって思えたので」
「そうでしたか。聞いてみないと分かんないもんですね」
これで切り上げようとした秀明に、瀬戸内が待ったを掛けた。
「え、終わり? まだあるでしょうが。何でそんなにまでして、出演したくなくなったのかっていう動機、理由が」
「それは……僕の口から語っていいですか」
関川に尋ねると、無言で首肯された。
これで推測が大間違いだったら恥ずかしいなとちょっぴり懸念しつつも、秀明は説明をした。
「ゲストマジシャンの一人が仮面術者から中島先生に急遽、変更になったからですよね」
否定する反応はなかったので、さらに続ける秀明。
「僕の記憶では、仮面術者さんはカップ&ボールをやらない。一方、中島先生はカップ&ボールが十八番の一つです。関川さんは、あの中島龍毅のカップ&ボールと比べられてしまう! そんな公開処刑みたいな状況は耐えられない!と思ったんじゃないでしょうか」
「はい……」
関川が声を発した。久しぶりな感じすらする。
「今回は個室まで用意してもらって、張り切っていたんです。でも、今日になってあの中島龍毅師が出るって聞いて。しかも、私は後半の十三番目。そのあとじきにプロの方々の演技が始まる。私の下手なカップ&ボールの印象がまだ残っているところへ、あの素晴らしいカップ&ボールが行われる。もうだめだと思いました」
「順番を変えて欲しいとか、出演は無理ですと言えばよかったのに」
瀬戸内が気の毒そうな眼差しで関川を見る。
「いや、それは関川さんに酷というもの。話を伺った限りでは、彼女はクラブの中ではまだ若手メンバーじゃないですか」
「そうね。まだ二年と経っていないんだっけ」
関川は無言で首を縦に振った。
「そんな若手が自ら希望して個室をもらって、臨もうとしていたのに、やっぱりだめですとはなかなか言えないと思います」
「あ、そうか。ごめん、関川ちゃん。私らの配慮が足りなかったわ。中島先生が引き受けてくださったからって、安易に入れたのは考えなしだった」
「いえ、そんな。私こそ、こんな騒ぎを起こしてしまって」
お互い、うなだれ気味に抱き合う女性二人。秀明は居心地が悪くなって、身体の向きを換えた。
「一応、これで解決だと思いますので、僕はこれで。あとをどうするかはそちらで決めてください」
「はい、ご迷惑を――」
相手の謝罪を遮って、秀明は言葉を足した。
「ただ、外向きには騒ぎ自体は勘違いだったことにしないとまずいかもしれませんよ。正直に言って下手をすると、この公民館、いや他の公的な施設も借りられなくなる恐れ、ゼロじゃないでしょうから」
「で、ではどうすれば」
「多田会長には全て正直に話して、その上で、道具がなくなったことは勘違いだったと施設側に謝る、ぐらいでいいんじゃないでしょうか。僕はまだ若造なんで善し悪しの判断はしかねますけど」
秀明は関川の控室を出ると、念のために中島の部屋を覗いてみた。もしウォーミングアップ中だったらやめておこうと考えていたが、どうやらまだだった。
「中島先生……今よろしいでしょうか」
「おう。待っておったよ。どうだね、事件の方は?」
「それが」
秀明は解決に至るまでのあらましを、ポイントを押さえた形で端的に伝えた。
一部始終を聞いていた中島は、動機のくだりで驚きからか目を剥いた。
「何と。私が原因だというのか?」
「はい。それだけ先生の存在が大きいんです」
「いやはや。気を付けねばならんな。だがな、佐倉君。私はこんな場合でも普段から気を遣っておるつもりなのだよ」
いつになく不満げに言うものだから、秀明は尋ね返した。
「と仰いますと?」
「私は代役を引き受けたときに、すぐさま聞き返したんだ。その日の出演者が予定してるレパートリー全てをな。そして彼ら彼女らのマジックと被ることのないように、当日用の我が演目、我がルーティーンを組み立てた。無論、今日はカップ&ボールをやる予定はない。プロのプライドだよ。噺家だってそういうものだしな」
「……そのこと、いちいち言わなくても広く伝わるようにしないといけませんね」
ぼそっと言いつつ、やっぱり凄い人だと感嘆した秀明だった。
つづく