第197話 過度な期待は重荷かも

文字数 2,037文字

「凄いな。ということは、梧桐さんに好きな人がいたら、簡単に両思いになれる?」
「さあ、どうかなあ。実際に試したことはないから。普段暮らしていく分には、こんな手口は使わない方がいいと思っている」
「だったら、今見せてくれたのは特別?」
「特別でもあるし、佐倉君に我が演劇部のレベルを知ってもらいたかったのもあるわ」
「梧桐さんが演技が巧みなのは充分に伝わったよ。他の人は知らないけれど、興味は俄然、わいた」
「目的は果たせたってことになるわね」
 嬉しそうに頬をほころばせる梧桐。これは演技ではないと思いたい。
 彼女は左手首を返して時計に視線を落とした。
「屋上で話をするつもりだったんだけれども、思わぬところで時間を取ってしまったわ」
「えっと、屋上に出入りできるの?」
「演劇部はね。発声練習などに使うことが許されているから。各学年の代表部員に鍵が一つずつ渡されている。一年は私が代表」
「ほー。信頼されているんだ、演劇部も君も」
「先輩方の実績のおかげよ。ここ二年間は、主力となる先輩部員の不幸な事故があって、思うような成績は残せていないけれど――って、時間が減っているのに、こんな無駄話をしている暇はない! 屋上に行くわよ」
 今にも駆け出さんばかりの口調で宣言し、梧桐は秀明の手を掴もうした。が、どうしたことかすんでのところでやめる。
「おっといけない。マジシャンの命よね、手って」
「お。凄い、よく気が付いてくれた」
 真面目に感心し、小さく拍手する秀明。
「どういたしまして。で、もう移動していたら時間が足りなくなりそうだから、ここでする?」
「そちらがよければ、かまわないよ」
 秀明の返答に、梧桐は周囲をちらちら見やって、この辺は人がほとんど通り掛からないことを確かめたよう。校舎の端っこまで来た甲斐はあったようだ。
「じゃ、単刀直入かつ簡単明瞭に説明するわね。秋のオリジナルの出し物として構想しているのは、探偵物なの」
「探偵? ていうことは事件やトリックにマジックが関係してる」
「察しがいいわ、秀明君。現役の人気マジシャンが探偵役で、宿敵となる犯罪者もまたマジシャン。引退した元マジシャンという配置で行くつもり。ああ、言っておくけど、脚本は私の担当ではないから。今話しているのは、私が前もって先輩から聞いた分。答えられるのも聞いた分限定だからそこのところをよろしく」
「じゃあ、僕がとりあえず聞いておきたいのは……まず、何をどう手伝えばいいのか」
「舞台でいくつかマジックをやりたい。大がかりな見栄えのするやつが二つはほしいって言っていたわ」
「それらのマジックを、演劇部の人達が自力でやりたいってこと?」
「基本的にはそうだけど……」
 梧桐は言葉を途切れさせると、秀明を頭のてっぺんからつま先まで、何か確認をするみたいに眺めた。
「何?」
「どうしてもやりたいマジックなのに、素人の私達にはどうしても無理っていうときは、佐倉君が舞台に立って直接サポートしてくれるというのもいいんじゃないかって、部長達がちらっと話していた」
「まあ、何をやるか決めない内から、そういうことまで考えない方がいいかな」
「そう言うからには、引き受けてくれる?」
「もう少し聞きたい。マジックの道具を用意するのは、一から十まで僕になるの? その、劇の内容に合わせたデザインにする辺りも含めて」
「いいえ。大道具や小道具を手作りするから、デザインはこちらに任せて。ただ、問題があるとしたらなんだけどね。基本的にひと月前から作り始めるけれども、うちの部の場合、大きい物は後回しになりがちらしいの。置き場所がないから。学園祭が迫ってこないと、場所が確保できないって」
 まあその辺は何とでもなるだろうと楽観視する秀明。他に気になるのは……。
「分かった。あと、どういうスケジュールで協力することになるのか、見込みでいいから知りたい」
「今日明日からってことにはならないはず。だって台本が未完成だから。そうそう、これは私の個人的意見ていうのになるから、そのつもりで聞いて」
「うん」
「台本をこしらえるのは主に副部長なんだけれど、あの人も含めてみんなマジックに関しては素人で、マジックで何ができるのか知り尽くしてはいない。だから、このストーリーに合いそうなマジックはない?みたいなことを佐倉君に聞いてくるかもしれない。ああ、まだるっこしくてごめんなさい。要するに台本にもアドバイスを求めてくる可能性大だと、私は思ってる」
「そうだね。むしろその方がいいかも」
「そうなの?」
「だって、ネットなんかで調べて、使いたいマジックを見付けたとするよ? 台本に組み入れたあとになって、僕がそのマジックを聞いて、『いやそれは僕らレベルでは絶対に無理』なんてことになったら、話を一から作り直さなきゃいけなくなる」
「そっか。佐倉君もすべてのマジックができるわけじゃないんだ?」

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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