第35話 マジックを楽しむ気質
文字数 2,113文字
それでも特に印象に残ったものについて書くね。言葉だけで説明するのは難しいんだけれど、一組のトランプを用いた、手先のテクニックのみで魅せる演目。使用するのは五十二枚プラスジョーカー一枚の計五十三枚。このジョーカーを犯人に、ハートとスペード二枚のジャックを探偵とその相棒に見立てて、ジャック達が犯人を追跡し、捕まえるまでを物語みたいにして演出してた。他のカードにもできる限り意味を持たせて、たとえば、被害者の王様・ハートのキングが死(ハートの4)を迎える。凶器は斧で、ダイヤのキングで表す。だって他のキングは剣を持っているのに、ダイヤのキングだけが斧を持っているから。犯人はダイヤのキングになりすましていたジョーカーで、四枚のジャックに取り囲まれた――挟まれたはずなのに、消えてしまう。
消えたジョーカーは空だったはずのトランプケースの中に現れ、ダイヤのジャックを第二の犠牲者に選ぶ。探偵のスペードのジャック達は幸運(四枚の7)の助けもあって、ジョーカーを再び追い詰める。しかし四人の女性(クイーン)を人質に取られ、手が出せない。伝説の剣(スペードのエース)の力を得て、ジョーカーの手元から四枚のクイーンを取り戻すことに成功した探偵と相棒は、ジョーカーを挟み撃ちにしてついに捕獲する。
――と、文字にしてもちっとも伝わっていない気がする~っ。とにかく物語の随所に、カードが消えたり出現したり、あるいは宙に飛び出したりといったトランプマジックが散りばめられていて、魅了されたってことだけは強く言っておきます!
フィナーレは代表的な和妻である傘の乱舞で、拍手喝采。文字通り華のある演目に、大いに盛り上がった。そうして会長さんの感謝の言葉を終わりの挨拶にして、イベントは幕を下ろした。
「とってもよかったです」
不知火さんが誰からも聞かれない内に、ほわっと言った。堪能した~って顔に書いてある。
「正直な気持ちを言いますと、事前はアマチュアの方のマジックなんて、売られているマジックグッズを使ったような物ばかりで、単調だろうと想像していのですが、予想以上に洗練されていました。もちろん、レベル差はありますが」
「だいぶ予習して来たね、不知火さんは」
苦笑交じりに評したシュウさん。レベルの差を感じ取れるってことは、ある程度マジックについて知らないと無理だっていう意味だろう。
みんな席を立ち、外に向かう。観客の中の何名かは、控室のある方へ向かい、出柄円した人達と話をしてるみたい。
「シュウさんは、お師匠さんに挨拶に行かなくていいの?」
「いいよ。挨拶なら、休憩時に済ませておいたから大丈夫。僕にはみんなを駅まで無事に連れて行く責任があるから」
「えー、出店で何か食べていきたい」
朱美ちゃんが即座に反応した。
「そりゃ少しならかまわないけど。その前に、感想を聞かせて」
建物を出たところで、シュウさんが改めて聞いた。
「うーんとね。全員、マジックが好きなんだなってのは伝わってきた。私が見ても分かるくらいに下手な人もいたけど、その人だってお客さんには受けてたし」
ずばずば言うのが怖いよ~。ご本人がすぐそばを通るかもしれないのだから、具体的な名前はくれぐれも出さないでね、朱美ちゃん。
「宗平君は?」
「あの~。こんなこと言うと怒るかもしれないけど」
態度は堂々としているのに、口の方は何だかもじもじと言い淀む森君。シュウさんがすかさず、「何を言おうが、怒ったりしないよ」と言葉を添えた。
「うぅーん……俺、マジックの楽しみ方、分かったつもりでいてさ。だから種を教えてくれって言うの、ほんとはできるだけやめようとしてたんだけど、やっぱり種が知りたい! 今日は一日中、そう思ってる」
「なるほど」
シュウさんは初めから承知していたような反応を示した。
「宗平君はクイズやパズルが好きなんだろ? だったら仕方がないことかもしれない」
「え、何で?」
治らない病気にかかったみたいにうろたえる森君。
「クイズ好きなら、問題と答をセットで知っておきたいのは当然だと思う。違うかい?」
「それはそうだけど」
「さらに、出題するだけじゃなく、解くのも好きならなおさら。マジシャンの技を見て、出題されている気分になってくるんじゃないか?」
「言われてみるとそうかも」
森君はいきなり頭を掻きむしった。
「俺って厄介な性格だよっ」
「悲観しなくても、日本人は多かれ少なかれ、そういう面を持ち合わせていると言われていてね。特に、西洋奇術がテレビで紹介され始めた頃なんかは、マジックの種を見破れないことを恥ずかしいと感じる人達がそれなりにいたそうだよ。不思議な現象を見たのなら、わっ、不思議だなって楽しむ余裕がないというか、不思議なことを楽しむという発想自体があまりなかったのかもしれないね。
そんな日本でも、優れたマジシャンは大勢いる。要は……慣れかな? はは、分かんないけどね」
「……そこまで言うなら、責任持って教えてくれよ、シュウ先生?」
森君の要求に、シュウさんはできる限り努力するよと笑って答えた。
つづく
消えたジョーカーは空だったはずのトランプケースの中に現れ、ダイヤのジャックを第二の犠牲者に選ぶ。探偵のスペードのジャック達は幸運(四枚の7)の助けもあって、ジョーカーを再び追い詰める。しかし四人の女性(クイーン)を人質に取られ、手が出せない。伝説の剣(スペードのエース)の力を得て、ジョーカーの手元から四枚のクイーンを取り戻すことに成功した探偵と相棒は、ジョーカーを挟み撃ちにしてついに捕獲する。
――と、文字にしてもちっとも伝わっていない気がする~っ。とにかく物語の随所に、カードが消えたり出現したり、あるいは宙に飛び出したりといったトランプマジックが散りばめられていて、魅了されたってことだけは強く言っておきます!
フィナーレは代表的な和妻である傘の乱舞で、拍手喝采。文字通り華のある演目に、大いに盛り上がった。そうして会長さんの感謝の言葉を終わりの挨拶にして、イベントは幕を下ろした。
「とってもよかったです」
不知火さんが誰からも聞かれない内に、ほわっと言った。堪能した~って顔に書いてある。
「正直な気持ちを言いますと、事前はアマチュアの方のマジックなんて、売られているマジックグッズを使ったような物ばかりで、単調だろうと想像していのですが、予想以上に洗練されていました。もちろん、レベル差はありますが」
「だいぶ予習して来たね、不知火さんは」
苦笑交じりに評したシュウさん。レベルの差を感じ取れるってことは、ある程度マジックについて知らないと無理だっていう意味だろう。
みんな席を立ち、外に向かう。観客の中の何名かは、控室のある方へ向かい、出柄円した人達と話をしてるみたい。
「シュウさんは、お師匠さんに挨拶に行かなくていいの?」
「いいよ。挨拶なら、休憩時に済ませておいたから大丈夫。僕にはみんなを駅まで無事に連れて行く責任があるから」
「えー、出店で何か食べていきたい」
朱美ちゃんが即座に反応した。
「そりゃ少しならかまわないけど。その前に、感想を聞かせて」
建物を出たところで、シュウさんが改めて聞いた。
「うーんとね。全員、マジックが好きなんだなってのは伝わってきた。私が見ても分かるくらいに下手な人もいたけど、その人だってお客さんには受けてたし」
ずばずば言うのが怖いよ~。ご本人がすぐそばを通るかもしれないのだから、具体的な名前はくれぐれも出さないでね、朱美ちゃん。
「宗平君は?」
「あの~。こんなこと言うと怒るかもしれないけど」
態度は堂々としているのに、口の方は何だかもじもじと言い淀む森君。シュウさんがすかさず、「何を言おうが、怒ったりしないよ」と言葉を添えた。
「うぅーん……俺、マジックの楽しみ方、分かったつもりでいてさ。だから種を教えてくれって言うの、ほんとはできるだけやめようとしてたんだけど、やっぱり種が知りたい! 今日は一日中、そう思ってる」
「なるほど」
シュウさんは初めから承知していたような反応を示した。
「宗平君はクイズやパズルが好きなんだろ? だったら仕方がないことかもしれない」
「え、何で?」
治らない病気にかかったみたいにうろたえる森君。
「クイズ好きなら、問題と答をセットで知っておきたいのは当然だと思う。違うかい?」
「それはそうだけど」
「さらに、出題するだけじゃなく、解くのも好きならなおさら。マジシャンの技を見て、出題されている気分になってくるんじゃないか?」
「言われてみるとそうかも」
森君はいきなり頭を掻きむしった。
「俺って厄介な性格だよっ」
「悲観しなくても、日本人は多かれ少なかれ、そういう面を持ち合わせていると言われていてね。特に、西洋奇術がテレビで紹介され始めた頃なんかは、マジックの種を見破れないことを恥ずかしいと感じる人達がそれなりにいたそうだよ。不思議な現象を見たのなら、わっ、不思議だなって楽しむ余裕がないというか、不思議なことを楽しむという発想自体があまりなかったのかもしれないね。
そんな日本でも、優れたマジシャンは大勢いる。要は……慣れかな? はは、分かんないけどね」
「……そこまで言うなら、責任持って教えてくれよ、シュウ先生?」
森君の要求に、シュウさんはできる限り努力するよと笑って答えた。
つづく