第31話 事件は控室で起こっている
文字数 2,226文字
回りくどい話が続くが、辛抱強く待つ。ショーの出番が迫って焦ってるはずの彼女が、これだけじっくり話そうとするのには理由があるのだろうと受け取った。
「休憩に入る十五分ぐらい前に、お手洗いに行っておこうと、控室を出ました。鍵は掛けたんですが、戻って来ると開いてたんです」
「え?」
驚く秀明に中島が補足説明をする。
「私もさっき聞いたばかりなんだが、この部屋のドア鍵は単純な構造らしくてな。厚さ五ミリ程度の硬めの物をちょっと差し込んで回してやれば、簡単に開いてしまう」
不用心だなと感じつつ、秀明は確認のための質問をした。
「そのことは大っぴらに知られていたのでしょうか」
「いや。施設の係員が言うには、知る人ぞ知るっていうレベルだそうだ。鍵をそう取り替えするための予算が下りるのを待っていた矢先の出来事で、非常に申し訳ないと平身低頭しておった」
中島は第三者的な立場のためか、特段、感情を露わにしていない。多田会長の耳に、この件は入っているのだろうか。
秀明は関川に話の続きを求めた。
「鍵が施錠されていないと知ったときも、あれ?かけ忘れたのかなっていうくらいにしか思ってなかったんですが、中に入ると、一部の奇術道具が消えていたんです」
「どういった道具ですか」
「えっと……お恥ずかしいのですが、カップ&ボールを一式」
お恥ずかしいの意味を図りかねた秀明だったが、じきに思い当たった。中島師匠の得意とする演目の一つだ。多分、今日も披露予定のはず。
「なくなったのは、それだけですか」
「はい。調べましたが、他の道具や衣装なんかは無事でした」
「楽屋泥棒にしては変ですね。カップ&ボールだけ持っていくなんて。特別な価値のある物だったとか」
「いいえ。普通のです。ただ、私にとっては特別と言えるかも。あれじゃないとできないんです。長い間使い慣れて、手に馴染んでいたから」
その感覚は、秀明もよく分かる。彼の場合は特にカードだ。使い慣らしたカードほど手にフィットして、ミスを限りなくゼロに近付けられる気がする。
「じゃあ、あなたの出演を邪魔しようとした何者かが……?」
「はあ。そんな邪魔されるほどの妬みを買っているとは思えないんですが」
「失礼ですが、マジックの腕前にどのくらい自信がおありなんでしょう?」
「そんな腕前だなんていうレベルにもなっていないです、多分。見よう見まねで、基本通りの動きはこなせるようになっただけ。それがクラブ内コンテストの後ろから三番目というだけで、緊張が続いていたのに、こんな目に遭うなんて」
肩を落として意気消沈している様子の関川だが、反面、その緊張がいくらかほぐれているようにも見える。
「――中島先生。これは普通に警察に届けた方がいいのではありませんか」
「彼女がそれを望んでいないそうだ。騒ぎを大きくすると、今やっているショーの進行に支障が出る恐れがあるし、この会場を借りるのもややこしくなるかもしれないと。
それにもう一つ、奇妙な点がある。だからこそ、君を呼んだんだ」
「聞かせてください」
秀明は再び関川に向き直った。
「あの、私は知らなかったんですが、部屋を出た間、廊下で練習を始めた方がいて。『雷と稲妻』っていうコンビを名乗っている二人組です。漫才とマジックを組み合わせた」
秀明も観たことはないが、アマチュアにしてはとても面白いと噂に聞いてはいた。ただ、漫才とマジックとのバランスが悪いという評判だった。その修正のための直前練習だったのかもしれない。
「その二人が言うには、私が部屋を離れていた五分あまりの間、ドアの前で鍵を開けようとした者はおろか、出入りした人物すらいないと」
「控室に窓は?」
「一つだけあります。ただ、そこも内側からクレッセント錠が掛かっていて……」
言いにくそうに語った関川。
秀明はなるほど、と理解した。密室状況下での奇術道具の紛失。この奇妙さこそ、師匠の中島が先に自分に声を掛けてきた理由なんだと。
「関川さんが部屋に戻ったとき、雷と稲妻のお二人は、廊下にいましたか?」
「いなかったです。練習は三分ジャストで終わる内容だったそうですから、ちょうどうまく重なったんでしょう」
「窓の施錠を確認したのは、関川さんの他にいますか」
「カップ&ボールがなくなったと気付いたあと、人を呼びに行きました。ここの係員とマジッククラブの人で今回は裏方に回られた人が。合わせて三人だったと思います」
「元々、窓は閉めていたんですか?」
「えっと、はい」
「ふうん……雷と稲妻のお二人から、恨まれるような覚えはないですよね?」
「ありません。キャリアも技術も、あちらの方がずっと上です」
秀明の矢継ぎ早の質問に対し、関川はほぼほぼ即答してくれた。顔の血色もまずまず回復してきているようだ。
「あの、現場を直接見ることはできますか。つまり、関川さんの控室に入ってもいいかどうかなんですが」
「かまいません、特に問題ないです」
あっさりとした了承を得て、移動することになった。中島はそのまま残り、秀明とマジッククラブ会員の一人、瀬戸内 という初老の女性が付いていく。階段口を右手に見ながら、カーブした通路を行くと、程なくして長い直線の廊下に出る。
「近いですね」
関川に宛がわれた控室は、さっきまでいた中島の部屋から二十メートルと離れていなかった。
つづく
「休憩に入る十五分ぐらい前に、お手洗いに行っておこうと、控室を出ました。鍵は掛けたんですが、戻って来ると開いてたんです」
「え?」
驚く秀明に中島が補足説明をする。
「私もさっき聞いたばかりなんだが、この部屋のドア鍵は単純な構造らしくてな。厚さ五ミリ程度の硬めの物をちょっと差し込んで回してやれば、簡単に開いてしまう」
不用心だなと感じつつ、秀明は確認のための質問をした。
「そのことは大っぴらに知られていたのでしょうか」
「いや。施設の係員が言うには、知る人ぞ知るっていうレベルだそうだ。鍵をそう取り替えするための予算が下りるのを待っていた矢先の出来事で、非常に申し訳ないと平身低頭しておった」
中島は第三者的な立場のためか、特段、感情を露わにしていない。多田会長の耳に、この件は入っているのだろうか。
秀明は関川に話の続きを求めた。
「鍵が施錠されていないと知ったときも、あれ?かけ忘れたのかなっていうくらいにしか思ってなかったんですが、中に入ると、一部の奇術道具が消えていたんです」
「どういった道具ですか」
「えっと……お恥ずかしいのですが、カップ&ボールを一式」
お恥ずかしいの意味を図りかねた秀明だったが、じきに思い当たった。中島師匠の得意とする演目の一つだ。多分、今日も披露予定のはず。
「なくなったのは、それだけですか」
「はい。調べましたが、他の道具や衣装なんかは無事でした」
「楽屋泥棒にしては変ですね。カップ&ボールだけ持っていくなんて。特別な価値のある物だったとか」
「いいえ。普通のです。ただ、私にとっては特別と言えるかも。あれじゃないとできないんです。長い間使い慣れて、手に馴染んでいたから」
その感覚は、秀明もよく分かる。彼の場合は特にカードだ。使い慣らしたカードほど手にフィットして、ミスを限りなくゼロに近付けられる気がする。
「じゃあ、あなたの出演を邪魔しようとした何者かが……?」
「はあ。そんな邪魔されるほどの妬みを買っているとは思えないんですが」
「失礼ですが、マジックの腕前にどのくらい自信がおありなんでしょう?」
「そんな腕前だなんていうレベルにもなっていないです、多分。見よう見まねで、基本通りの動きはこなせるようになっただけ。それがクラブ内コンテストの後ろから三番目というだけで、緊張が続いていたのに、こんな目に遭うなんて」
肩を落として意気消沈している様子の関川だが、反面、その緊張がいくらかほぐれているようにも見える。
「――中島先生。これは普通に警察に届けた方がいいのではありませんか」
「彼女がそれを望んでいないそうだ。騒ぎを大きくすると、今やっているショーの進行に支障が出る恐れがあるし、この会場を借りるのもややこしくなるかもしれないと。
それにもう一つ、奇妙な点がある。だからこそ、君を呼んだんだ」
「聞かせてください」
秀明は再び関川に向き直った。
「あの、私は知らなかったんですが、部屋を出た間、廊下で練習を始めた方がいて。『雷と稲妻』っていうコンビを名乗っている二人組です。漫才とマジックを組み合わせた」
秀明も観たことはないが、アマチュアにしてはとても面白いと噂に聞いてはいた。ただ、漫才とマジックとのバランスが悪いという評判だった。その修正のための直前練習だったのかもしれない。
「その二人が言うには、私が部屋を離れていた五分あまりの間、ドアの前で鍵を開けようとした者はおろか、出入りした人物すらいないと」
「控室に窓は?」
「一つだけあります。ただ、そこも内側からクレッセント錠が掛かっていて……」
言いにくそうに語った関川。
秀明はなるほど、と理解した。密室状況下での奇術道具の紛失。この奇妙さこそ、師匠の中島が先に自分に声を掛けてきた理由なんだと。
「関川さんが部屋に戻ったとき、雷と稲妻のお二人は、廊下にいましたか?」
「いなかったです。練習は三分ジャストで終わる内容だったそうですから、ちょうどうまく重なったんでしょう」
「窓の施錠を確認したのは、関川さんの他にいますか」
「カップ&ボールがなくなったと気付いたあと、人を呼びに行きました。ここの係員とマジッククラブの人で今回は裏方に回られた人が。合わせて三人だったと思います」
「元々、窓は閉めていたんですか?」
「えっと、はい」
「ふうん……雷と稲妻のお二人から、恨まれるような覚えはないですよね?」
「ありません。キャリアも技術も、あちらの方がずっと上です」
秀明の矢継ぎ早の質問に対し、関川はほぼほぼ即答してくれた。顔の血色もまずまず回復してきているようだ。
「あの、現場を直接見ることはできますか。つまり、関川さんの控室に入ってもいいかどうかなんですが」
「かまいません、特に問題ないです」
あっさりとした了承を得て、移動することになった。中島はそのまま残り、秀明とマジッククラブ会員の一人、
「近いですね」
関川に宛がわれた控室は、さっきまでいた中島の部屋から二十メートルと離れていなかった。
つづく