第178話 見られているということ
文字数 2,176文字
とても力のこもった声に聞こえた。つちりんを見ると、身体にも力が入っているらしくて、座ったままの姿勢で机に置いた両手はきつく握られている。
「土屋さんはカードを出すところでもたついたけれども、そのあとはスムーズだったね。占いを趣味にしているだけあって、カードの扱いに慣れているのかなと思った」
「ありがとうございますです」
修正箇所を言われるんだと身構えていたせいか、つちりんは肩すかしを食らったみたいにぽかんとし、それから硬い調子で礼を言った。
「気になったのは視線の動き。ほぼずーっと手元を見ていた。自分では分かってた?」
「い、いえ、あんまり。最初、カード出すところで手に付かない感じがして、下を向いたのは覚えてるけど……」
「なるほど。じゃあ、カードを抜き出すのがうまく行っていたら、ずっと下を向くことはなかった?」
「うーん……分かんないです。うまくできているかどうか、気になってしまって」
「じゃあ、土屋さんは手元ばかりを見ずにできるようになることを心掛けてほしいな。絶対に手元を見ちゃいけないって意味じゃないからね。必要なときだけ」
「はい、やってみます」
つちりんは先に褒められたのがよかったみたい。笑顔で注意を聞き入れていた。
「では次は木之元さんと水原さん」
「「ははぁい」」
先に名を呼ばれた陽子ちゃんとあとから呼ばれた水原さんそれぞれの返事がずれて、輪唱みたいになった。
「二人は何ていうかそつなくこなしていたね」
「そつなく? どういう意味ですか」
陽子ちゃんがすかさず聞き返す。前回、シュウさんに圧倒されたから先手先手で行こうって意識しているのかしら。今の質問は急ぎすぎだと思うけど。
「まず、僕の感じた印象だと、水原さんと木之元さんとでそつのなさは微妙に異なっていて、水原さんは丁寧に丁寧にやり遂げた。木之元さんはもっと上手にできるかもしれないけれど失敗しないようにセーブしてまとめた。そんな感じだった」
「はあ、確かにそうかも」
陽子ちゃん、素直に認めた。一瞬、顔を伏せがちにしたけれども、すぐに起こして「でも理由があるんです」と付け加えた。
「練習し過ぎると、その、逆むけがひどくなるみたいで」
「えっ。それは見ていて分かってたけれども、カードさばきの練習をし始めてから逆むけするようになったの?」
慌てるシュウさん。頬の辺りが強ばってるみたい。小学生の面倒を見る約束で引き受けたのに、たかが逆むけとはいえ怪我をさせては申し訳が立たない。なんて風に考えたのかも。
陽子ちゃんもそう思われるのは全く本意ではなかったらしく、即座に「い、いえ違います」と否定した。
「授業で土いじりすることがあって、手が荒れちゃって、その名残です」
説明しつつ、左右とも手の甲をシュウさんの方へ向けた。
「――よかった。血が出てるわけじゃなさそうだ。洗い物とかお手伝いをしている手だね」「はあ、たまに」
「まあ無理をせずに治してくださいとしか言えないな。手元を見られるのが当たり前だからね、マジシャンは。プロは手や指や爪のケアをしっかりやって、ステージに上がるんだ」
「へえ。じゃ、お手伝いの回数を減らしてもらおうっと」
笑いを誘われたところで、シュウさんの視線が水原さんへ向く。
「水原さんは金田さん達とは逆で、ちょっとだけスピードアップしていいかもしれない」
「はい、やってみます。いきなりは難しいですけど」
「それで、だ。二人に共通して言いたいのは、姿勢がよくない」
「ええ?」
声を上げたのは陽子ちゃん。本人は全然意識していなかったことがよく分かる。水原さんの方は言われてすぐ、胸を張って背骨を延ばすような仕種をした。
「水原さんは自覚があるみたいだね」
「はい、小説を書くときいつの間にか猫背になっています」
「木之元さんは? 他人から言われたことない?」
「あるにはありますけど、数えるほどで気にしてなかったな。――サクラも一回だけ言ってくれたっけ」
「うん。寒い寒いって言いながら、首を前に突き出すみたいに背を丸めていたから」
「治した方がいいんですよね?」
陽子ちゃんに問われたシュウさんは頷いてから、理由を述べる。
「姿勢が悪いと見栄えがよくない。肩が前の方に閉じるみたいになって、手で何かやってもお客さんからはせせこましいことをしているように見られかねない。そんなのもったいないだろ?」
「そりゃもちろん。もったいないし悔しい」
短所とその理由の指摘を受けて、陽子ちゃん達も自主トレに励む。
ということで、残っているのは不知火さん一人だけ。うん? 私は頭数に入っているのかな?
「ラストは不知火さん」
「はい」
「テクニックのマスター度合いで言うと、完璧だと思った」
「そうですか」
目元に微笑をたたえるも、やや淡泊な返事の不知火さん。
「ただ、お客さんに見せる意味ではよくなかった。不知火さんは無表情すぎるよ」
「そうですか……そうですよね、たまに言われます」
これまた素直に認めている。
奇術サークルに入る前後ぐらいからよく話すようになったおかげで、だいぶイメージが変わったけれども、仲よくなる前の不知火さんはほんと無表情なことが多くて、近寄りがたい雰囲気があったっけ。
つづく
「土屋さんはカードを出すところでもたついたけれども、そのあとはスムーズだったね。占いを趣味にしているだけあって、カードの扱いに慣れているのかなと思った」
「ありがとうございますです」
修正箇所を言われるんだと身構えていたせいか、つちりんは肩すかしを食らったみたいにぽかんとし、それから硬い調子で礼を言った。
「気になったのは視線の動き。ほぼずーっと手元を見ていた。自分では分かってた?」
「い、いえ、あんまり。最初、カード出すところで手に付かない感じがして、下を向いたのは覚えてるけど……」
「なるほど。じゃあ、カードを抜き出すのがうまく行っていたら、ずっと下を向くことはなかった?」
「うーん……分かんないです。うまくできているかどうか、気になってしまって」
「じゃあ、土屋さんは手元ばかりを見ずにできるようになることを心掛けてほしいな。絶対に手元を見ちゃいけないって意味じゃないからね。必要なときだけ」
「はい、やってみます」
つちりんは先に褒められたのがよかったみたい。笑顔で注意を聞き入れていた。
「では次は木之元さんと水原さん」
「「ははぁい」」
先に名を呼ばれた陽子ちゃんとあとから呼ばれた水原さんそれぞれの返事がずれて、輪唱みたいになった。
「二人は何ていうかそつなくこなしていたね」
「そつなく? どういう意味ですか」
陽子ちゃんがすかさず聞き返す。前回、シュウさんに圧倒されたから先手先手で行こうって意識しているのかしら。今の質問は急ぎすぎだと思うけど。
「まず、僕の感じた印象だと、水原さんと木之元さんとでそつのなさは微妙に異なっていて、水原さんは丁寧に丁寧にやり遂げた。木之元さんはもっと上手にできるかもしれないけれど失敗しないようにセーブしてまとめた。そんな感じだった」
「はあ、確かにそうかも」
陽子ちゃん、素直に認めた。一瞬、顔を伏せがちにしたけれども、すぐに起こして「でも理由があるんです」と付け加えた。
「練習し過ぎると、その、逆むけがひどくなるみたいで」
「えっ。それは見ていて分かってたけれども、カードさばきの練習をし始めてから逆むけするようになったの?」
慌てるシュウさん。頬の辺りが強ばってるみたい。小学生の面倒を見る約束で引き受けたのに、たかが逆むけとはいえ怪我をさせては申し訳が立たない。なんて風に考えたのかも。
陽子ちゃんもそう思われるのは全く本意ではなかったらしく、即座に「い、いえ違います」と否定した。
「授業で土いじりすることがあって、手が荒れちゃって、その名残です」
説明しつつ、左右とも手の甲をシュウさんの方へ向けた。
「――よかった。血が出てるわけじゃなさそうだ。洗い物とかお手伝いをしている手だね」「はあ、たまに」
「まあ無理をせずに治してくださいとしか言えないな。手元を見られるのが当たり前だからね、マジシャンは。プロは手や指や爪のケアをしっかりやって、ステージに上がるんだ」
「へえ。じゃ、お手伝いの回数を減らしてもらおうっと」
笑いを誘われたところで、シュウさんの視線が水原さんへ向く。
「水原さんは金田さん達とは逆で、ちょっとだけスピードアップしていいかもしれない」
「はい、やってみます。いきなりは難しいですけど」
「それで、だ。二人に共通して言いたいのは、姿勢がよくない」
「ええ?」
声を上げたのは陽子ちゃん。本人は全然意識していなかったことがよく分かる。水原さんの方は言われてすぐ、胸を張って背骨を延ばすような仕種をした。
「水原さんは自覚があるみたいだね」
「はい、小説を書くときいつの間にか猫背になっています」
「木之元さんは? 他人から言われたことない?」
「あるにはありますけど、数えるほどで気にしてなかったな。――サクラも一回だけ言ってくれたっけ」
「うん。寒い寒いって言いながら、首を前に突き出すみたいに背を丸めていたから」
「治した方がいいんですよね?」
陽子ちゃんに問われたシュウさんは頷いてから、理由を述べる。
「姿勢が悪いと見栄えがよくない。肩が前の方に閉じるみたいになって、手で何かやってもお客さんからはせせこましいことをしているように見られかねない。そんなのもったいないだろ?」
「そりゃもちろん。もったいないし悔しい」
短所とその理由の指摘を受けて、陽子ちゃん達も自主トレに励む。
ということで、残っているのは不知火さん一人だけ。うん? 私は頭数に入っているのかな?
「ラストは不知火さん」
「はい」
「テクニックのマスター度合いで言うと、完璧だと思った」
「そうですか」
目元に微笑をたたえるも、やや淡泊な返事の不知火さん。
「ただ、お客さんに見せる意味ではよくなかった。不知火さんは無表情すぎるよ」
「そうですか……そうですよね、たまに言われます」
これまた素直に認めている。
奇術サークルに入る前後ぐらいからよく話すようになったおかげで、だいぶイメージが変わったけれども、仲よくなる前の不知火さんはほんと無表情なことが多くて、近寄りがたい雰囲気があったっけ。
つづく