第159話 小休止とちょっとした賭け

文字数 1,716文字

「あーあ、疲れちった」
 声に振り返ると、朱美ちゃんが座ったまま、両手を上げて伸びをしている。
「ぼちぼち休憩……というか帰らないといけないんじゃあない?」
「私はかまいませんが」
 不知火さんが真っ先に答える。が、落ち着いて時刻を確かめると、午後五時になるところだった。下校を促す音楽がもうすぐ流れ始めるはず。
「そうだね。帰った方がよさそう」
 今日のこれはサークル活動ではないけれども、その延長みたいなものだから、ここは会長として私が早めに決断。
「水原さんが続けたければ、私はまだ付き合えるけど、場所は学校の外に移動ってことで」
「いえ。今日はこのくらいで充分。アイディアも出し切った感があったし」
「確かに煮詰まってた」
 朱美ちゃんが言ったのを、不知火さんが聞き咎めた。
「煮詰まるとは本来、料理でいい具合に火が通ったことを表す言葉です。なので、物事が進まなくなった場合に用いるのは――」
「はいはい、私が間違えましたよーだ。早く帰ろう」
 これからまた長話に付き合わされてはかなわないとばかり、ランドセルの肩掛けを掴むとさっと逃げ出す朱美ちゃん。
 不知火さんの方は表情を変えずに、「待ってください。帰りながらでいいですから、缶ジュース一本を賭けて、テストしませんか」と言い出した。
「賭けと聞いたら止まらざるを得ないじゃない」
 朱美ちゃん、その言葉の通り、教室から見える廊下の中程でぴたりとと立ち止まって、不知火さんが追い付くのを待つ。
 不知火さんを始めとして私達四人が追い付き、また歩き出してから話は続けられた。
「これから言葉に関係する問題――なぞなぞを出します。正解したら、私が帰り道に自動販売機のジュースをおごります」
「私が間違えたらその逆? 不知火さんが有利すぎるわ~」
「知識とは関係ない問題ですよ」
「うーん、私が不正解だったらおごるのは一本のままで、正解したら二本おごってくれるのなら考える」
「分かりました。やりましょう」
 朱美ちゃんの提案に即答する不知火さん。えらく急展開だけど、気に障ったという感じでもないのに、不知火さん、どうしたんだろ。
「今日言ったパズルに比べれば、だいぶ易しいと思います」
「またそうやってプレッシャーを掛ける~」
 不平たらしく言うものの、朱美ちゃんもすでに乗り気になっているのは見て取れた。外靴に履き替えたところで、不知火さんが出題する。
「水産会社のトラックが魚介類を運搬中に事故を起こし、街路樹に突っ込んだ。怪我人も死者も出たが、“ん”がなかったので傷付いた人は誰一人としていませんでした。どういうことでしょうか」
「え、運がなかったので、傷付いた人はいない?」
 意味が分からない。普通、逆でしょ。運が悪ければ傷付く、運がよければ傷付かない……と思うんだけど。第一、怪我人も死者も出たって言ってるのに。
「さすが佐倉さん、耳ざといですね。運ではありません、“ん”がなかったんです。これ以上は口出し無用ですよ」
 あ、そうか。あくまでも朱美ちゃんへの問題なんだから、私があれこれ言うと、ヒントになってしまう恐れがあるのね。でも答はまだ分からないどころか、今のがどうヒントにつながるのやら……。
「なぞなぞって言ったけど、とんち問題みたいな感じなのね」
 朱美ちゃんがいつになく真剣な顔をして尋ねる。
「はい。敢えて強調するなら、言葉遊びです」
「私だけに当てはまるとかじゃなく、誰に聞いても答は同じ?」
「もちろんです」
「知識は必要ないって言ったよね」
「うーん、必要ないは言いすぎたかもしれません。一般常識は必要です。私達の年齢でも知っていて当たり前だと思うので、大丈夫でしょう」
「不知火さんの当たり前と、私の当たり前が同じかどうかが不安だよ」
「では、ヒントを。会社に意味があります」
「いや、それはまあそうなんじゃないかって見当が付くけど、そこから進まないわけで」
「もっとはっきり言うと、トラックの運んでいた物が何かっていう」
 不知火さんは朱美ちゃんに当ててほしいみたい。……もしかして、言葉遊びの面白さを知ってほしいのかな?

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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