第5話 不用意に私の背後に立つな。それから右と左もだ。
文字数 3,016文字
登校するなり、朱美ちゃんが下駄箱のところで待っていて、話し掛けてきた。いや、そんな穏やかな感じじゃなく、突然後ろからランドセルに体重を掛けられて、強引に足止めされた。振り返って初めて、朱美ちゃんだと分かった。
「あっぶないなぁ。誰だか分からなかったから、パンチ入れようと思ったよ」
「ごめんごめん。でも、そっちも隠し事あるでしょ」
「へ? 何のこと?」
心当たりゼロの私は、素っ頓狂な反応をしてしまった。朱美ちゃんは、こっちの胸を押さんばかりの近距離で指差してくる。
「あれからたまたま、つちりんと電話で話したんだ。聞いたよ~。私もサクラのマジック、観たい」
そっか。なるほど。朱美ちゃんとつちりんも友達同士だから、情報が行き交っても全くおかしくない。
「ごめん。朱美を抜きにしたんじゃないんだよ。話の流れで、つちりんに見せることになったの。もちろんあなたも大歓迎する。休み時間、そっちの都合がいいときにでも来て」
「うん、行く。二度手間にならないように、なるべく、つちりんと一緒に行くよ」
「気にしないで、何度だってやるよ。サークルを起ち上げるためだもん」
「おー、前向き。好きなこととなると、積極的だね」
今よりもっと小さい頃から友達の朱美ちゃんと陽子ちゃんには、私が引っ込み思案なところを何度となく見られている。だからなのか、こうして積極的に動く私を見ると、おおよくやってるなよしよしっていうニュアンスで、頭をなでてくるのが常だった。
それが今日はなでてこない。
「あれ? なでられるって思って身構えてたんだけど」
「最高レベルで真剣にやってるから、なでるなんて恐れ多くて」
「これまでが真剣じゃなかったみたいに聞こえるよ~」
「そんなに言うのなら、公平になでてあげる」
伸びてきた手のひらに、こちらは猫の仕種をして応じる。と、そこに不知火さんが通り掛かった。
「……何をしているのですか」
えーと、スキンシップ。
それよりも、不知火さんは朱美ちゃんと顔見知りなのかな? 聞いてみた。
「一、二年と同じクラスでした」
「そうそう。話をしたことはなかったかもしれないけど」
「いえ、覚えているだけで六度はありました」
「ええ? ごめん覚えてないわあ。どんな話したっけ?」
自信なさげな朱美ちゃんに、不知火さんはすらすらと答え始めた。
「体育で二度、そうじで二度、これらは全て必要最小限の会話でしたから、記憶になくても無理はありません。あとの二回は、二年のとき。消しゴムを忘れた金田さんに私が貸したところ、ついでに宿題を見せてと頼まれました。感想文でしたので断りましたが。最後は、金田さんが捨て猫に餌をあげているところに私が通り掛かり、じっと見ていたら、『こ、これは残り物で、お金掛かってないんだからね!』といきなり言いました。あれは何だったのでしょう」
不知火さんがとうとうと喋っていた間、朱美ちゃんは「うわー」っと頭を抱えていた。
「思い出した! 忘れていたのは覚えていたくなかったから!」
「それで、猫の件のあの台詞の意味は……」
「あ、あれは何か恥ずかしくなって、自腹を切ってるんじゃないよってアピールしたの!」
「そうでしたか。――そろそろ急がないと」
時計を見上げた不知火さんは、ついっと行ってしまった。
残された朱美ちゃんと私は、三拍遅れぐらいで動き出した。そこへ今度は陽子ちゃんが物凄い勢いで走ってきた。
「――セーフ。間に合った」
私達がいること、ちゃんと分かっていたみたいで、隣でぴたっとブレーキを掛け、歩く速さを合わせてきた。
「あ、おはよ」
「おはよう、サクラ、朱美」
「もう連絡行ってる? 私も参加するかもしれないから、サクラの奇術サークル」
朱美ちゃんの言葉に、陽子ちゃんは首を水平方向にぶんぶん振った。
「え、まだ聞いてない。よかった。サクラ、どうして言ってくれなかった?」
「スミマセン。えへへ。昨日は考え事が長引いて、忘れてました」
頭をかきかき、ポーズで謝る。外靴から上履きに履き替えてからも、お喋りは続いた。
「考え事ってのは、あと二人を探す目処が立たないってこと?」
「そう。あ、ううん、違う」
「どっちだよ!」
漫才師並みの鋭い突っ込みに、私はあわてて説明を加えた。
「メンバー探しの悩みは合っていて、人数が間違い。確定じゃないんだけど、もう四人目にも声を掛けたから、あと一人なんだよー」
「ほう。誰なのか、言いなさい」
「つちりんだよ」
「ははあ、なるほどね。オカルト研究会でもあれば、そっちに入るんだろうけど、さすがに自力で設立するには、マジックよりも厳しそうだわ」
陽子ちゃんの見方に、朱美ちゃんが「そうかな」と異を唱える。
「占いとかおまじないにしぼって集めれば、結構女子が集まると見たね、私は。何かきっかけがあれば、一気に人が集まりそう」
「うわ。その案、つちりんには教えないでほしい……」
占い研究会でも作られたら、掛け持ち禁止ルールでこっちに入ってもらえなくなる!
朱美ちゃんとつちりんが連れだってやって来たのは、その日のお昼休み。給食を食べ終わって、五分ぐらいした頃だった。
「お、いたいた。運動場に行ってないか、ちょっと心配したよ」
朱美ちゃんはちょうど空いていた隣の席に、勢いよく座った。いや、横から見られるのはだいぶ困る。平凡なマジシャンは正面以外が弱いんです、はい。
「んなこと言われても」
きょろきょろと周りを見渡す朱美ちゃん。近くで他に空いているのは、反対側の隣だけ。陽子ちゃんの席は廊下側で離れているし、不知火さんは二つ後ろだ。
「あ、そうだ。私の席でやればいい」
陽子ちゃんが言い出した。なるほど、陽子ちゃんの席なら前が空いている。ちょっと借りよう……と思ったけど、よく考えたらあそこの席は男子、森君じゃないの。
「うーん。森君に断りなしにやったら、怒るよきっと」
「そうかなあ。そうかもね。戻って来る前に、ちゃちゃっとやっちゃえ」
「気が急くと、失敗の可能性が高くなるよ~」
陽子ちゃんと相談していると、不知火さんが近くまで来ていた。話を聞いてたみたいで、すぐにこんな提案をしてきた。
「いっそのこと、教卓を使うのはだめですか」
「教卓」
ぽつりとその単語をおうむ返しし、教卓に目をやった。確かに今なら誰にも迷惑は掛からない。
心配なのは、気付いたクラスメート大勢から注目されるかもしれないこと。マジックを人前でやることにはだんだん慣れてきているものの、大人数は経験ない。
「私と不知火さんとで、ブロックでもしますか」
陽子ちゃんが言った。たった二人ではブロックと呼べるほど壁が作れるとは思えないけど、まあ注目を浴びないようにしてくれるのは助かる。
「よし、やりましょう」
教壇にとととっと上がってスペースを確保。教卓に両腕をついた。手品道具はもう準備してある。
目の前にはつちりんと朱美ちゃんの二人が立ち、その後ろ、左右に少し離れて不知火さんと陽子ちゃん。
「私も見ていていいのよね?」
これは不知火さん。昨日の反応から考え、もっと見たがっているとは予想していた。
「いいよ。同じ演目があっても、言わないようにお願いね」
「了解」
さあ、なるべく早く済ませよう。でも落ち着いて。
つづく
「あっぶないなぁ。誰だか分からなかったから、パンチ入れようと思ったよ」
「ごめんごめん。でも、そっちも隠し事あるでしょ」
「へ? 何のこと?」
心当たりゼロの私は、素っ頓狂な反応をしてしまった。朱美ちゃんは、こっちの胸を押さんばかりの近距離で指差してくる。
「あれからたまたま、つちりんと電話で話したんだ。聞いたよ~。私もサクラのマジック、観たい」
そっか。なるほど。朱美ちゃんとつちりんも友達同士だから、情報が行き交っても全くおかしくない。
「ごめん。朱美を抜きにしたんじゃないんだよ。話の流れで、つちりんに見せることになったの。もちろんあなたも大歓迎する。休み時間、そっちの都合がいいときにでも来て」
「うん、行く。二度手間にならないように、なるべく、つちりんと一緒に行くよ」
「気にしないで、何度だってやるよ。サークルを起ち上げるためだもん」
「おー、前向き。好きなこととなると、積極的だね」
今よりもっと小さい頃から友達の朱美ちゃんと陽子ちゃんには、私が引っ込み思案なところを何度となく見られている。だからなのか、こうして積極的に動く私を見ると、おおよくやってるなよしよしっていうニュアンスで、頭をなでてくるのが常だった。
それが今日はなでてこない。
「あれ? なでられるって思って身構えてたんだけど」
「最高レベルで真剣にやってるから、なでるなんて恐れ多くて」
「これまでが真剣じゃなかったみたいに聞こえるよ~」
「そんなに言うのなら、公平になでてあげる」
伸びてきた手のひらに、こちらは猫の仕種をして応じる。と、そこに不知火さんが通り掛かった。
「……何をしているのですか」
えーと、スキンシップ。
それよりも、不知火さんは朱美ちゃんと顔見知りなのかな? 聞いてみた。
「一、二年と同じクラスでした」
「そうそう。話をしたことはなかったかもしれないけど」
「いえ、覚えているだけで六度はありました」
「ええ? ごめん覚えてないわあ。どんな話したっけ?」
自信なさげな朱美ちゃんに、不知火さんはすらすらと答え始めた。
「体育で二度、そうじで二度、これらは全て必要最小限の会話でしたから、記憶になくても無理はありません。あとの二回は、二年のとき。消しゴムを忘れた金田さんに私が貸したところ、ついでに宿題を見せてと頼まれました。感想文でしたので断りましたが。最後は、金田さんが捨て猫に餌をあげているところに私が通り掛かり、じっと見ていたら、『こ、これは残り物で、お金掛かってないんだからね!』といきなり言いました。あれは何だったのでしょう」
不知火さんがとうとうと喋っていた間、朱美ちゃんは「うわー」っと頭を抱えていた。
「思い出した! 忘れていたのは覚えていたくなかったから!」
「それで、猫の件のあの台詞の意味は……」
「あ、あれは何か恥ずかしくなって、自腹を切ってるんじゃないよってアピールしたの!」
「そうでしたか。――そろそろ急がないと」
時計を見上げた不知火さんは、ついっと行ってしまった。
残された朱美ちゃんと私は、三拍遅れぐらいで動き出した。そこへ今度は陽子ちゃんが物凄い勢いで走ってきた。
「――セーフ。間に合った」
私達がいること、ちゃんと分かっていたみたいで、隣でぴたっとブレーキを掛け、歩く速さを合わせてきた。
「あ、おはよ」
「おはよう、サクラ、朱美」
「もう連絡行ってる? 私も参加するかもしれないから、サクラの奇術サークル」
朱美ちゃんの言葉に、陽子ちゃんは首を水平方向にぶんぶん振った。
「え、まだ聞いてない。よかった。サクラ、どうして言ってくれなかった?」
「スミマセン。えへへ。昨日は考え事が長引いて、忘れてました」
頭をかきかき、ポーズで謝る。外靴から上履きに履き替えてからも、お喋りは続いた。
「考え事ってのは、あと二人を探す目処が立たないってこと?」
「そう。あ、ううん、違う」
「どっちだよ!」
漫才師並みの鋭い突っ込みに、私はあわてて説明を加えた。
「メンバー探しの悩みは合っていて、人数が間違い。確定じゃないんだけど、もう四人目にも声を掛けたから、あと一人なんだよー」
「ほう。誰なのか、言いなさい」
「つちりんだよ」
「ははあ、なるほどね。オカルト研究会でもあれば、そっちに入るんだろうけど、さすがに自力で設立するには、マジックよりも厳しそうだわ」
陽子ちゃんの見方に、朱美ちゃんが「そうかな」と異を唱える。
「占いとかおまじないにしぼって集めれば、結構女子が集まると見たね、私は。何かきっかけがあれば、一気に人が集まりそう」
「うわ。その案、つちりんには教えないでほしい……」
占い研究会でも作られたら、掛け持ち禁止ルールでこっちに入ってもらえなくなる!
朱美ちゃんとつちりんが連れだってやって来たのは、その日のお昼休み。給食を食べ終わって、五分ぐらいした頃だった。
「お、いたいた。運動場に行ってないか、ちょっと心配したよ」
朱美ちゃんはちょうど空いていた隣の席に、勢いよく座った。いや、横から見られるのはだいぶ困る。平凡なマジシャンは正面以外が弱いんです、はい。
「んなこと言われても」
きょろきょろと周りを見渡す朱美ちゃん。近くで他に空いているのは、反対側の隣だけ。陽子ちゃんの席は廊下側で離れているし、不知火さんは二つ後ろだ。
「あ、そうだ。私の席でやればいい」
陽子ちゃんが言い出した。なるほど、陽子ちゃんの席なら前が空いている。ちょっと借りよう……と思ったけど、よく考えたらあそこの席は男子、森君じゃないの。
「うーん。森君に断りなしにやったら、怒るよきっと」
「そうかなあ。そうかもね。戻って来る前に、ちゃちゃっとやっちゃえ」
「気が急くと、失敗の可能性が高くなるよ~」
陽子ちゃんと相談していると、不知火さんが近くまで来ていた。話を聞いてたみたいで、すぐにこんな提案をしてきた。
「いっそのこと、教卓を使うのはだめですか」
「教卓」
ぽつりとその単語をおうむ返しし、教卓に目をやった。確かに今なら誰にも迷惑は掛からない。
心配なのは、気付いたクラスメート大勢から注目されるかもしれないこと。マジックを人前でやることにはだんだん慣れてきているものの、大人数は経験ない。
「私と不知火さんとで、ブロックでもしますか」
陽子ちゃんが言った。たった二人ではブロックと呼べるほど壁が作れるとは思えないけど、まあ注目を浴びないようにしてくれるのは助かる。
「よし、やりましょう」
教壇にとととっと上がってスペースを確保。教卓に両腕をついた。手品道具はもう準備してある。
目の前にはつちりんと朱美ちゃんの二人が立ち、その後ろ、左右に少し離れて不知火さんと陽子ちゃん。
「私も見ていていいのよね?」
これは不知火さん。昨日の反応から考え、もっと見たがっているとは予想していた。
「いいよ。同じ演目があっても、言わないようにお願いね」
「了解」
さあ、なるべく早く済ませよう。でも落ち着いて。
つづく