第199話 魔術師は蜘蛛つかい

文字数 2,081文字

 戸惑いの露わな梧桐に対し、秀明は彼女の右手からカードを取り上げ、軽く振った。すると裏面にあった蜘蛛のデザインが消えている。
「あれ? どこへ行ったかな」
 秀明は梧桐の右手を放すと、蜘蛛を探す芝居をした。そして再び梧桐の右手に視線を向け、「ああ、いたいた」と告げる。
「まさか」
 梧桐は自身の右手を見て、さらに手首を返して甲の側を上に向けた。
「――~っ!」
 声もなく右腕を真横に思いきり伸ばし、上下に激しく振る。彼女の手の甲には黒くてリアルな出来映えの蜘蛛のおもちゃが張り付いていた。
「取って!」
「動かしていたら取れないよ。それに作り物だから安心して」
 笑みを浮かべたところで、相手の右腕が方向を変え、ちょうど秀明の鼻っ柱にヒット。案外痛烈で、一瞬ではあったが目の前に火花が散った気がした。
「あたたた」
 鼻先を押さえて痛がると、梧桐も我に返ったらしい。
「あっ、ごめんなさい。で、でも、謝らないわよ。そっちが悪いんだから」
 完全に矛盾したことを言ったが、当人は気付いていないようだ。
 秀明はもちろん気付いているのだが敢えて指摘するような愚は犯さない。今指摘したって逆効果、どやされかねない。
「ごめん。ちょっと悪ふざけが過ぎたかな」
「ほんと、過ぎた。取って」
 強い口調で言われた。まだ鼻を押さえている秀明だったが、その鼻先に梧桐が右手の甲をぐいと近付けてくる。
「作り物でもさわりたくない」
「そこまで落ち着いた声に戻っているのに」
 取ってあげたが、当然感謝はされなかった。梧桐は蜘蛛のおもちゃが貼り付けられていた辺りの肌をしげしげと眺め、
「ふうん。気付かないものね。勉強になったわ」
 と感心している。強がっているのではなく、何か考えているように見えた。
「今のマジックって簡単な方?」
「まあ、比較的簡単な部類に入るのかな。カードが変化した方はテクニックが必要だけど、蜘蛛の方は話術があれば何とか」
「劇で使えるかなと思ったんだけど、どうかしら」
「どんな使い方をするのか知らないんだけど。でも、舞台で俳優さんが演じることができるかどうかなら、できると思う」
「じゃあ、部長や副部長に提案してみようかな。先輩方も体験すればよさが分かると思う」
「今のを先輩達に仕掛けたら、僕が怒られるのでは」
「怒られればいいわ」
 梧桐はふん、と鼻で笑うような仕種を見せて、秀明から少し離れた。
「そして私がフォローをして、最終的に採用される。こうすれば私にありがたみを感じるでしょ、佐倉君」
「いや、別に。是が非でも一緒にやりたいわけじゃないし、打診してきたのはそっちでしょ」
「ふふ、冗談です。私に対して蜘蛛を出すのは禁止。いいわね? 守ってよ」
「はいはい」
 いいように翻弄されている気がしてきた。秀明も適当にあしらうことを覚えた。
「それで今日のいつ、演劇部の部長さんと副部長さんとに腕前を見せたらいいのかな」
「お昼休みがいいんだけれど、どうかしら。食べ終わるのに何分かかる?」
「普段は急ぐ理由がないから、二十分は掛けている。急げば十分ぐらいで平らげられると思うよ」
「じゃあ……先輩方のご都合もあるから、十五分にしましょう。だから十二時三十五分に演劇部の部室に来てください」
 唐突に丁寧語になって、ひょこっと頭を下げる梧桐。
「行くけど、演劇部の部室がどこにあるのか場所を知らないんだ」
「そっか。そういうものよね」
 眉をひそませた梧桐は「面倒だけど描いた方が早い」と呟くや、生徒手帳を開いてペンでさらさらと簡単な地図を記した。そのページを丁寧に破り取り、秀明に渡す。
「ここに来て」
「了解しました」
「――今のやり取りを遠目で眺めていたら、恋人同士が秘密の手紙を交換したように見えるかしらね」
「それを言うくらいなら、さっきのパンチを食らった場面の方が、喧嘩しているように見えたでしょ」
 当てこすりのつもりで言ってやった秀明だったが、目の前の梧桐は「そうね」と素直な?反応を示した。拍子抜けの秀明は自嘲気味に笑うしかなかった。

 昼休み。予測した通り、十分で昼ご飯の弁当を片付け、お茶を飲み干したところで席を立った秀明。
「お、行ってくるのか」
 すでに事情を聞き出している植村が、箸を止めて振り向いた。
「ぜひとも商談を成功させて、演劇部の女子達と仲よくなって帰って来てくれ」
「誰が商談だ」
 ほぼお約束と言っていいやり取りをこなし、教室を出る。
 ちょうど梧桐久美子と出くわした。
「あれ? 梧桐さんも部室で待ってるんじゃあなかったの」
「考えてみたら私が案内した方が確実だなと思い直したのよ。さあ、行きましょう」
「いくら何でも迷わないってば」
 そうは言っても、すでに彼女がこの場にいるのだから、同道するほかない。
「準備は? 道具も心も」
「できてる。リハーサルできないのが厳しいから、自信のある演目や比較的簡単な演目になるけれども」
 ネガティブな単語を口にした分、気軽な調子で伝えた。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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