第139話 森アーティの帰還
文字数 1,701文字
* *
その瞬間、私は悲鳴を上げることもできずに固まっちゃってた。
突然の稲光と続く雷鳴とで、教室の中は一気にざわつく。遠くみたいだけど、雷が落ちたらしい。そして空気が何となくひやっとしたかと思うと、雨足が一気に強まった。窓ガラスが雨粒に打たれて、激しい音を絶え間なしに刻み始める。
雨はともかく雷には、クラスのみんなも悲鳴を上げたりびくりとしたり、あるいは私みたいに固まったままだったりと色々な反応を見せたけれども、森君がひときわ変わってた。
「――ぶわっ」
そんな声を上げて、上半身をがばっと起こすのを見たわ。まるで、息止め競争で水に顔をつけていて、我慢しきれなくなったみたいに。
気になって様子を窺っていると、森君、何が起きたのか分からないみたいに、首を左右にきょろきょろさせている。あ、これはもしかして、寝てた? 眠そうだったもんね。居眠りしていたところへさっきの雷じゃあ、物凄くびっくりしたに違いない。耳の中へ、火の着いた爆竹を放り込まれたみたいな轟音に聞こえたんじゃないかな。
やがて森君は片手で頭を抱え込むような格好をして、ばつが悪そうに笑った。近くの男子の一人が、森君の居眠りを知っていたらしく、からかったみたい。
と、ここまでは、しょうがないなー、夜更かしするにしたってマジックサークルの活動に影響が出ない程度にしといてよ、ぐらいの感想しか抱かず、どうっていうことのない、すぐに忘れ去った当然の出来事に過ぎなかった。相田先生が机を出席簿で叩いて、「おまえら静かに。雷に驚くのは仕方がない。何事もなかったのだからはい、再び集中」と促す。相田先生ってこういうとき、一度目は口ぶりが柔らかくてあんまり怖くないから、クラスはなかなか静かにならないでいる。
ふとそのとき、ざわつきの隙間を縫うみたいにして、そのやり取りは私の耳に届いた。
「で、どんな夢見てたんだよ」
「知らねーよ。覚えてない」
「じゃ、『サクラ、よかったな』みたいなシーンはなかったん?
「――はあ? サクラ?」
「そう。花の桜か人の名前かは分かんねーけど」
「お……覚えてないなやっぱり」
そこまで聞こえたので何の話よ、どんな夢よと私が聞き耳を立てた。その矢先、相田先生が本格的に怒った。
「こら! いい加減にせんかっ。特にその辺」
と、森君の席がある辺りを差し示す。これでもういっぺんに静かになった。あとはおとなしく、授業を最後まで受けるのみ……ね。
放課後になるのを待つのは思いのほか長かった。けれども我慢して待った。休み時間に森君をつかまえて、さっきおしゃべりしていたのは何? サクラって聞こえたけれども?と質問攻めにすることも考えないではなかったのよ。けれども、これだと周りの人に見られて、冷やかしを含めてなんだかんだ言われそうだから、思いとどまったの。森君の夢の内容は気になるけれども、彼が嫌がりそうな真似はしないでおく。
「森君、ちょっと」
教室を出て行こうとする彼に声を掛け、ランドセルをぽんと叩こうとした。けど、指先が触れる前に相手が振り向いた。
「おぅ、佐倉――さん。心配するな、クラブ活動では寝ないでやるよ」
やっぱり午後一番の授業中、居眠りしてたんだ。って、聞きたいのはそこじゃなくって。
「クラブの前に、聞いておきたいことがあるんだけど、ちょっと来て」
「え。おいおい」
ランドセルごと前に押す。廊下に出た。
「やめろって。そんなことされたら目立つだろうが」
「ごめん。じゃ、好きな場所を指定してよ」
「へ? 好きな場所?」
「話をするのに都合がいい場所ってこと。どこでもいいけど、学校の中限定でお願い。クラブ活動が始まるまでに聞いておきたいから」
「何なんだよ、さっきから」
距離を取る森君。いけない。このままだと私の方が“変な子”だ。
「夢を見てたの?」
「夢だって?」
「授業中に居眠りしていたときのことよ。近くの友達に聞かれてたんでしょ。『よかったな、サクラ』とかどうとかって」
「……覚えてない」
つづく
その瞬間、私は悲鳴を上げることもできずに固まっちゃってた。
突然の稲光と続く雷鳴とで、教室の中は一気にざわつく。遠くみたいだけど、雷が落ちたらしい。そして空気が何となくひやっとしたかと思うと、雨足が一気に強まった。窓ガラスが雨粒に打たれて、激しい音を絶え間なしに刻み始める。
雨はともかく雷には、クラスのみんなも悲鳴を上げたりびくりとしたり、あるいは私みたいに固まったままだったりと色々な反応を見せたけれども、森君がひときわ変わってた。
「――ぶわっ」
そんな声を上げて、上半身をがばっと起こすのを見たわ。まるで、息止め競争で水に顔をつけていて、我慢しきれなくなったみたいに。
気になって様子を窺っていると、森君、何が起きたのか分からないみたいに、首を左右にきょろきょろさせている。あ、これはもしかして、寝てた? 眠そうだったもんね。居眠りしていたところへさっきの雷じゃあ、物凄くびっくりしたに違いない。耳の中へ、火の着いた爆竹を放り込まれたみたいな轟音に聞こえたんじゃないかな。
やがて森君は片手で頭を抱え込むような格好をして、ばつが悪そうに笑った。近くの男子の一人が、森君の居眠りを知っていたらしく、からかったみたい。
と、ここまでは、しょうがないなー、夜更かしするにしたってマジックサークルの活動に影響が出ない程度にしといてよ、ぐらいの感想しか抱かず、どうっていうことのない、すぐに忘れ去った当然の出来事に過ぎなかった。相田先生が机を出席簿で叩いて、「おまえら静かに。雷に驚くのは仕方がない。何事もなかったのだからはい、再び集中」と促す。相田先生ってこういうとき、一度目は口ぶりが柔らかくてあんまり怖くないから、クラスはなかなか静かにならないでいる。
ふとそのとき、ざわつきの隙間を縫うみたいにして、そのやり取りは私の耳に届いた。
「で、どんな夢見てたんだよ」
「知らねーよ。覚えてない」
「じゃ、『サクラ、よかったな』みたいなシーンはなかったん?
「――はあ? サクラ?」
「そう。花の桜か人の名前かは分かんねーけど」
「お……覚えてないなやっぱり」
そこまで聞こえたので何の話よ、どんな夢よと私が聞き耳を立てた。その矢先、相田先生が本格的に怒った。
「こら! いい加減にせんかっ。特にその辺」
と、森君の席がある辺りを差し示す。これでもういっぺんに静かになった。あとはおとなしく、授業を最後まで受けるのみ……ね。
放課後になるのを待つのは思いのほか長かった。けれども我慢して待った。休み時間に森君をつかまえて、さっきおしゃべりしていたのは何? サクラって聞こえたけれども?と質問攻めにすることも考えないではなかったのよ。けれども、これだと周りの人に見られて、冷やかしを含めてなんだかんだ言われそうだから、思いとどまったの。森君の夢の内容は気になるけれども、彼が嫌がりそうな真似はしないでおく。
「森君、ちょっと」
教室を出て行こうとする彼に声を掛け、ランドセルをぽんと叩こうとした。けど、指先が触れる前に相手が振り向いた。
「おぅ、佐倉――さん。心配するな、クラブ活動では寝ないでやるよ」
やっぱり午後一番の授業中、居眠りしてたんだ。って、聞きたいのはそこじゃなくって。
「クラブの前に、聞いておきたいことがあるんだけど、ちょっと来て」
「え。おいおい」
ランドセルごと前に押す。廊下に出た。
「やめろって。そんなことされたら目立つだろうが」
「ごめん。じゃ、好きな場所を指定してよ」
「へ? 好きな場所?」
「話をするのに都合がいい場所ってこと。どこでもいいけど、学校の中限定でお願い。クラブ活動が始まるまでに聞いておきたいから」
「何なんだよ、さっきから」
距離を取る森君。いけない。このままだと私の方が“変な子”だ。
「夢を見てたの?」
「夢だって?」
「授業中に居眠りしていたときのことよ。近くの友達に聞かれてたんでしょ。『よかったな、サクラ』とかどうとかって」
「……覚えてない」
つづく