第232話 トラブルの種を蒔くことに?

文字数 2,041文字

 七尾は後頭部に両手をやって、斜め上を向いた。そのまま明後日の方向を見上げながら、歩き去ってしまいそうだ。だが実際にそんなことはなく、小さな円を描くようにぐるっと歩いてから床を軽く蹴り、元の位置に立ち止まる。
「それに、僕と(おんな)じぐらいの歳の人が、どういうマジックを見せてくれるのか、結構気になったんだよね。ただ、おにいさんほどは上手じゃないんでしょう?」
「うーん、バリエーション――実演できるマジックの数なら僕が上回っているけれども、基本的な技術は充分に上手だよ」
 正直に答えてから、まずかったかなと後悔を覚える秀明。
(萌莉達と実際に顔を合わせたとき、当然、マジックを見せる流れになるだろうけど、ハードルを上げてしまったかも。かといって、“その通り、下手だよ”とも言いづらい。事実、下手じゃあないんだから嘘になる)
「それでいつ?」
 考え事に意識が向いていた秀明は、七尾からの質問に「へ?」と間の抜けた返しをしてしまった。
「聞いてなかった? いつ会えるのかって聞いたんだけど。おにいさんのお弟子さんに」
「ああ、正式決定とは行かないけれども、多分、都合のいい日は」
 秀明は萌莉達の奇術サークルの学校での活動日を教えた。そして当然、学校名も。
「さすがによその学校の子がいきなり来て、活動時間中に加わるというのは難しいだろうから、放課後に来てくれたら、会の案内込みでみんなをまとめて紹介してあげるよ」
「ちょっと待った。どこの小学校って?」
 今度は七尾の方が聞き漏らしたようだ。秀明が苦笑交じりに答を繰り返すと、七尾は一瞬きょとんとした。かと思うと表情を崩して渋い顔をする。そうして頭をいささか荒っぽく掻いた。
「ど、どうかした?」
「来週から僕が通う学校と同じ名称」
 予想の範囲の外にある答に、ぎょっとなる秀明。
「え? ていうことは君、転校してくるのかい」
「そう。仕事の関係で」
 お父さんもしくはお母さんという単語を省略したのだろう、七尾はきっぱりと言った。何故かしら勝ち気な物腰に聞こえる。
(親の転勤の多い家庭なのかも。だから友達作りに苦労して、挙げ句、仲間外れにされることが多いため、転校について語るときは特に勝ち気になる……想像を膨らませすぎかな?)
 水原さんのミステリ好きが移ったのかもしれない、なんて思いが頭をよぎる。
「あの学校の児童になるんだったら、余計な心配だったね。いつでも時間のあるときに行けばいいよ。僕から会長の子に一言、連絡を入れておくから多分、マジックを色々やってくれると思う」
「分かった」
「えっと君、何年生だっけ?」
「五年生。クラスはまだ分かんないよ」
「そっか。実は僕の親戚の子も五年生で、ひょっとしたら同じクラスになるかもしれないな。とりあえず、話は通しておくということでかまわないんだね?」
「うん。僕の方が暇が取れたらでいいんでしょ」
 こんな言い方をするということは、断る予防線を張られたような気がしないでもない。
(でもおかしいな。この子の方から観てみたいと言ったんだぞ。他のクラブ活動をするつもりでいるから、確約できないっていうニュアンスなのかな。あー、いけない。また妄想推理をしてしまう)
「その親戚の人の名前、教えてくれるの?」
 ふと七尾に目を移すと、携帯端末を取り出している。記録する気満々だ。
「あ、そうか。それがあった」
 個人情報の管理が声高に言われるようになって長いが、こういう趣味を通じての知り合いくらい、気軽に紹介し合いたいものだ。
(……でも、七尾さんは入会希望者じゃないんだよな。どちらかというとマジックをつまらない、とまでは言わなくても、クイズのようなものだと受け止めている。ひょっとして、七尾さんと萌莉達を、大人抜きで会わせるのは危険?)
 今度は妄想推理ではなく、最悪のケースを勝手に想像してしまう。
(マジックを楽しまないで、種を見破るばかりのこの子を前にして、萌莉が最後まで冷静でいられるのかなあ?)
 でも――見方を変えると興味深くもある。
(この子に、サークルに入りたいと言わせられたら、萌莉達のひとまず勝利と言えるな。ここはマジックサークルのメンバーの精神的な実力を測る意味でも、ぶつけてみるのがいいかも)
 秀明はまたしばらく考えてから、七尾に言った。
「念のために、親戚の子にも聞いてみる必要があると思うんだ。確かめてからでいいかな」
「いいよ。けど、確かめたあと、どうやって僕に知らせてくれるつもり?」
「えっと、中島のおじさんが知ってるんじゃないの、連絡先」
 七尾に合わせて、ついつい、師匠をおじさん呼ばわりしてしまった。内心焦りを覚えつつ、師匠の方を見る。
 と、中島は他の受講生にマジックの解説を始めており、秀明と七尾のやりとりへの興味は薄れたようだ。
「あのおじさんは僕の連絡先、知らないよ。僕は言ってない。僕の両親が連絡先を交換しているかもしれないけれどね」
 七尾はあどけなく言い放った。その台詞に秀明は小さな引っ掛かりを覚えた。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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