第7話 計算とかけひきと想いと
文字数 2,932文字
お昼休みに朱美ちゃんとつちりんのために行ったマジックは、二人を驚かせ、楽しませることができたみたいでよかった。その上、クラスのみんなからも注目されて、もしかしたらサークル勧誘の宣伝効果MAX?
と思ったんだけど、あのあとすぐさまチャイムが鳴って、みんなを前にマジックを披露する機会はなし。惜しいことしたかもしれないけれど、あのまま続けていたら緊張と準備不足で失敗した恐れもある。まあ、当初の目的は達成したことだし、よしとしよう、うん。
そういう心境に至ったので、五時間目以降の休み時間にマジックを見せてと言ってくる子がいたにもかかわらず、準備が足りないのを理由に断ってしまった。これはまずい判断だったかも。目的が勧誘だから、すでにどこかの部に入っている人は避けてもいいか、なんて思っちゃったり。でもでも、準備不足を感じたのは事実なんだし。
そんな風に悩んでいたら、陽子ちゃんに察知された。
気心の知れた友達って、こんなとき特に助かる。私は下校の途上で、悩みのわけを伝えた。
「今は別にいいんじゃないの」
私の話を聞いた陽子ちゃんはさして間をおかず、ずばり言った。
「奇術サークルを無事に結成するのが、現在のゴールなんでしょ。それを果たさずにいて、みんなにマジック見せておしまいじゃ、悲しいじゃん」
「それはそうなんだけど」
私が考えすぎなのかな。簡単には割り切れない。
「理想を言うと、見せてって言ってくれる人達みんなにマジックを見せてあげて、その上でサークルに入ってくれる人がいたら最高なんだ」
「なるほど、分かる。でも――はっきり言うよ?」
陽子ちゃんが私の目を見つめて、前置きした。私は覚悟を決めてうんとうなずく。
「でも、今のサクラの実力だと、そんなにほいほいマジック見せてたら、じきに種切れになって、見せる物がなくなるんじゃないの?」
「うわ。仰る通りです……」
厳しい指摘だけど、心にぐさっとも来ない。あまりにも明々白々な事実で、私自身ようく分かっていることだから。
それだからこそ、奇術サークルを作って、みんなで切磋琢磨して、シュウさんから教えてもらって、上達したいと思った。
「じゃ、それで行こう」
私の話を受けて、陽子ちゃんは右腕全体で前を指し示すポーズをした。
「もっとうまくなって、たくさんレパートリーを覚えて、みんなの前で凄いマジックをやるために、今はサークル作りに専念する! これでいいんだよ」
「うん。分かった」
分かってくれてた。
そしてそのためにはあと一人。
とにもかくにも、奇術サークルのために必要な人数を確保できるまでは、極力マジックの披露は控える、やるとしたらここぞというときに限る。そう決めた。
なのに、翌日、早くもその決心に悪い意味でひびを入れられた。
「マジックやらないのかー?」
二時間目の始まる直前、教室に入るときに言ってきたのは森君。唐突すぎてびっくりしたけれども、昨日の続きっていうのは分かる。
「しばらくは無理」
時間のなさもあって、つっけんどんに答えると、「なんでだよ」とぶつぶつ言う。
「今はメンバー集めが先なの」
「何だよそれ。こっちは迷惑してるんだけどな」
聞き捨てならない台詞に、自分の机に戻る足を止めて、振り返る。
「どういう意味?」
「おまえがやらないから、代わりにやれってうるさいんだよ、あいつら」
右手親指で肩越しに後ろを示す森君。
外山 とか伊川 とか、君付けしたくない男子が何人かかたまってこっちを見ているのが視界に入った。
だいたいの事情も分かったので、さっさと離れて、自分の席に着く。
また名前のことでからかわれたんだわ。私がマジックしなかったからって、森君にやれって無茶苦茶よ。森君も怒って喧嘩によくならないなあ。
……。
マジックをやってあげるのを条件に、森君を入会させるという案が浮かんだ。
でもだめだ。そんなの向こうが受けるわけない。万が一、受けてくれたとしても、からかわれることには変化なしだよね、きっと。一緒のサークルに入ったりしたら。
うーん、森君はいやな奴じゃないんだけどなあ。環境が悪い!
思い悩んでいる内に、二時間目の授業が始まった。
三時間目は体育。体育館でマット運動を中心に、いつもに比べたらゆるい感じで授業が進む。
だからって、男子から声を掛けられるなんて、思ってもいなかった。
「佐倉さん、ちょっといい?」
順番待ちの合間を縫って、そう言ってきたのは内藤君。クラス委員長で、人気のある男子だから、まわりにちょっぴりざわつかれる。
壁際に移動して、二人だけで話……のはずが、陽子ちゃんが着いてきた。
「聞いてていい?」
私は全然かまわないんだけど、内藤君はどうなのかなと反応を窺う。
「いいよ」
――別に問題ないみたい。悲しいようなほっとしたような。
「話というのは、奇術サークルのことだから。確か、木之元さんもやるつもりなんだよね?」
「まあ、委員長ったら地獄耳」
井戸端会議のおばさんみたいに、手首から先を振る陽子ちゃん。
「昨日のことでだいぶ知られたからね。相田先生が顧問をやる予定だって、仰ってたし」
そうか。先生を通じて誰か一人入れてもらうっていうのは……だめかな。どっちかっていうと相田先生、やりたがってない雰囲気だったから。顧問やると時間取られるんだよなあ、って私に聞こえるように言うし。
「それで話って?」
「男子を入れることは考えてないのかなと思って」
「ううん、考えてないわけじゃない。でもまあ、最初は女子だけで始められたなー、ぐらいは思ってる」
「そっか」
短く息をつく内藤君。陽子ちゃんが「何なに? 入ってくれる?」と前のめり気味に聞いた。
「いや、僕は時間的に無理。悪いね。ただ、昨日のあれのあと、入ってもいいかなと考えてる男子がいるのが分かったから、それを伝えに来た」
「誰?」
「それが、名前は出すなと釘を刺されていて」
「なんだ。こっちから誘いようがないじゃない」
がくっと分かり易く肩を落とす陽子ちゃん。私を応援するためか、自分のことのように言ってくれるのは嬉しい。
それよりも、入りそうな男子って、もしかして。
「それって森君とか?」
「――だから言えないって」
内藤君が苦笑を顔全体に広げる。
ううん? 今の反応が一瞬遅れたのは何。森君で当たってるのかも。森君がその気なら、やっぱり誘ってみようかしら、なんて思った。
「そんだけを言うために、わざわざサクラを呼び出したの?」
「ううん、まだもう一つある。サークルの内はまだいいかもしれないんだけど、もしクラブとして認められる人数になったら、佐倉さんは当然、申請を新たに出すの?」
クラブとして認められるには、発足者を含めて十名を集めるのが最低条件だ。これが現在休部中のクラブなら、条件が緩んで七名で足りるんだけど。
「うん。やっぱり、予算が魅力だし」
「その予算のことで、新しく部ができたら、他の部の予算が削られるっていう噂というか、伝説があって」
つづく
と思ったんだけど、あのあとすぐさまチャイムが鳴って、みんなを前にマジックを披露する機会はなし。惜しいことしたかもしれないけれど、あのまま続けていたら緊張と準備不足で失敗した恐れもある。まあ、当初の目的は達成したことだし、よしとしよう、うん。
そういう心境に至ったので、五時間目以降の休み時間にマジックを見せてと言ってくる子がいたにもかかわらず、準備が足りないのを理由に断ってしまった。これはまずい判断だったかも。目的が勧誘だから、すでにどこかの部に入っている人は避けてもいいか、なんて思っちゃったり。でもでも、準備不足を感じたのは事実なんだし。
そんな風に悩んでいたら、陽子ちゃんに察知された。
気心の知れた友達って、こんなとき特に助かる。私は下校の途上で、悩みのわけを伝えた。
「今は別にいいんじゃないの」
私の話を聞いた陽子ちゃんはさして間をおかず、ずばり言った。
「奇術サークルを無事に結成するのが、現在のゴールなんでしょ。それを果たさずにいて、みんなにマジック見せておしまいじゃ、悲しいじゃん」
「それはそうなんだけど」
私が考えすぎなのかな。簡単には割り切れない。
「理想を言うと、見せてって言ってくれる人達みんなにマジックを見せてあげて、その上でサークルに入ってくれる人がいたら最高なんだ」
「なるほど、分かる。でも――はっきり言うよ?」
陽子ちゃんが私の目を見つめて、前置きした。私は覚悟を決めてうんとうなずく。
「でも、今のサクラの実力だと、そんなにほいほいマジック見せてたら、じきに種切れになって、見せる物がなくなるんじゃないの?」
「うわ。仰る通りです……」
厳しい指摘だけど、心にぐさっとも来ない。あまりにも明々白々な事実で、私自身ようく分かっていることだから。
それだからこそ、奇術サークルを作って、みんなで切磋琢磨して、シュウさんから教えてもらって、上達したいと思った。
「じゃ、それで行こう」
私の話を受けて、陽子ちゃんは右腕全体で前を指し示すポーズをした。
「もっとうまくなって、たくさんレパートリーを覚えて、みんなの前で凄いマジックをやるために、今はサークル作りに専念する! これでいいんだよ」
「うん。分かった」
分かってくれてた。
そしてそのためにはあと一人。
とにもかくにも、奇術サークルのために必要な人数を確保できるまでは、極力マジックの披露は控える、やるとしたらここぞというときに限る。そう決めた。
なのに、翌日、早くもその決心に悪い意味でひびを入れられた。
「マジックやらないのかー?」
二時間目の始まる直前、教室に入るときに言ってきたのは森君。唐突すぎてびっくりしたけれども、昨日の続きっていうのは分かる。
「しばらくは無理」
時間のなさもあって、つっけんどんに答えると、「なんでだよ」とぶつぶつ言う。
「今はメンバー集めが先なの」
「何だよそれ。こっちは迷惑してるんだけどな」
聞き捨てならない台詞に、自分の机に戻る足を止めて、振り返る。
「どういう意味?」
「おまえがやらないから、代わりにやれってうるさいんだよ、あいつら」
右手親指で肩越しに後ろを示す森君。
だいたいの事情も分かったので、さっさと離れて、自分の席に着く。
また名前のことでからかわれたんだわ。私がマジックしなかったからって、森君にやれって無茶苦茶よ。森君も怒って喧嘩によくならないなあ。
……。
マジックをやってあげるのを条件に、森君を入会させるという案が浮かんだ。
でもだめだ。そんなの向こうが受けるわけない。万が一、受けてくれたとしても、からかわれることには変化なしだよね、きっと。一緒のサークルに入ったりしたら。
うーん、森君はいやな奴じゃないんだけどなあ。環境が悪い!
思い悩んでいる内に、二時間目の授業が始まった。
三時間目は体育。体育館でマット運動を中心に、いつもに比べたらゆるい感じで授業が進む。
だからって、男子から声を掛けられるなんて、思ってもいなかった。
「佐倉さん、ちょっといい?」
順番待ちの合間を縫って、そう言ってきたのは内藤君。クラス委員長で、人気のある男子だから、まわりにちょっぴりざわつかれる。
壁際に移動して、二人だけで話……のはずが、陽子ちゃんが着いてきた。
「聞いてていい?」
私は全然かまわないんだけど、内藤君はどうなのかなと反応を窺う。
「いいよ」
――別に問題ないみたい。悲しいようなほっとしたような。
「話というのは、奇術サークルのことだから。確か、木之元さんもやるつもりなんだよね?」
「まあ、委員長ったら地獄耳」
井戸端会議のおばさんみたいに、手首から先を振る陽子ちゃん。
「昨日のことでだいぶ知られたからね。相田先生が顧問をやる予定だって、仰ってたし」
そうか。先生を通じて誰か一人入れてもらうっていうのは……だめかな。どっちかっていうと相田先生、やりたがってない雰囲気だったから。顧問やると時間取られるんだよなあ、って私に聞こえるように言うし。
「それで話って?」
「男子を入れることは考えてないのかなと思って」
「ううん、考えてないわけじゃない。でもまあ、最初は女子だけで始められたなー、ぐらいは思ってる」
「そっか」
短く息をつく内藤君。陽子ちゃんが「何なに? 入ってくれる?」と前のめり気味に聞いた。
「いや、僕は時間的に無理。悪いね。ただ、昨日のあれのあと、入ってもいいかなと考えてる男子がいるのが分かったから、それを伝えに来た」
「誰?」
「それが、名前は出すなと釘を刺されていて」
「なんだ。こっちから誘いようがないじゃない」
がくっと分かり易く肩を落とす陽子ちゃん。私を応援するためか、自分のことのように言ってくれるのは嬉しい。
それよりも、入りそうな男子って、もしかして。
「それって森君とか?」
「――だから言えないって」
内藤君が苦笑を顔全体に広げる。
ううん? 今の反応が一瞬遅れたのは何。森君で当たってるのかも。森君がその気なら、やっぱり誘ってみようかしら、なんて思った。
「そんだけを言うために、わざわざサクラを呼び出したの?」
「ううん、まだもう一つある。サークルの内はまだいいかもしれないんだけど、もしクラブとして認められる人数になったら、佐倉さんは当然、申請を新たに出すの?」
クラブとして認められるには、発足者を含めて十名を集めるのが最低条件だ。これが現在休部中のクラブなら、条件が緩んで七名で足りるんだけど。
「うん。やっぱり、予算が魅力だし」
「その予算のことで、新しく部ができたら、他の部の予算が削られるっていう噂というか、伝説があって」
つづく