第6話 コインと予言、ときどき緊張

文字数 2,941文字

「それじゃあまずは朱美ちゃん、じゃなくて朱美のために、こんな物を使います」
 ポケットから取り出したのは二枚のコイン。五百円玉サイズだけど、五百円玉そのものじゃなくて、外国の硬貨。
「最初は指の運動から」
 左右の手に一枚ずつ持ち、親指と人差し指の間に挟む。ほんの軽く握る形にして、コインの移動開始。人差し指と中指の間に映り、続いて中指と薬指の間に。薬指と小指の間まで来て、反転。逆の順序を辿って戻る。これを左右一回ずつに加え、左右同時もやった。
「器用だったんだね、サクラって」
 感心してくれる朱美ちゃん。つちりんは息を飲んでじっと見つめるって感じだ。不知火さんは最初よりも教卓に近付いている。陽子ちゃんはニコニコしながら見守ってくれてる。いい雰囲気だ。
 そこからは私、調子に乗れた。コインを消してまた出すマジックを皮切りにして、コインを増やしたり、重ねたコインが消えてお札になったりと、連続して披露した。
 指にある道具を付けているのだけど、この近さでも意外と気付かれないものなんだと、こちらも勉強になる。
「次は、つちりん。カードを使うよ。でも占い用のカードは、本来神聖な物で、遊びやマジックに使っちゃだめなんだってね。だから当然、トランプを」
 自宅から持ってきたトランプを出した。昨日のとは違って、手に馴染んでいる。その分自信もアップ。
「これからやるのは、予言のマジックです」
 ケースからトランプ全部を出しながら、つちりんに話し掛けた。
「何を予言するのか。これからつちりんに引いてもらうトランプのカードが何になるかを予言しておきました」
 左手に残ったケースを振ると、一回り小さな封筒が出て来る。お年玉袋よりさらに小さい。私はケースを教卓に置き、その上に封筒を置いた。
「この中に紙が入っていて、そこに書き付けてあります」
「ふむふむ」
 黙っていることに耐えかねたのか、つちりんはギャグ漫画っぽい相槌を打った。
 こっちは笑いそうになるのを我慢して、トランプを広げていく。まずは腕を立てて、表向きで、アコーディオンみたいに横へ広げる。
「この通り、マークや数字はばらばらです」
「うんうん」
 次に一旦トランプを揃えてから、腕を寝かせて、裏を見せつつ扇形に開いた。
「では、定番ですが、つちりん。どれか一枚、引いてください。引いたらみんなで見て確かめて、覚えてね」
「はいはい……これにする」
 意外に早い決断で、真ん中やや右寄りの一枚に触れ、抜き取った。マークと数字を他の三人と一緒に覚えてもらったのを目の当たりにして、私はトランプの束を教卓の隅に置きつつ、先を促した。
「覚えたらそのカードを、裏向きの状態で机の真ん中に置いてね」
「これでいい?」
「OK、完璧。そこにこれを」
 さっきの封筒を取り上げ、角っこを持って、つちりんの伏せたカードの上で振る。
「こうやってかざすと、中身がチェックできるの」
「うそ!」
 あ、いや、確かに嘘なんですが……。つちりん、オカルト好きって言うから、もっと悠然と見るものと思ってたら、真逆でやたらとリアクションがいい。よすぎるくらいだ。
「で、予言が間違ってたらブザーがどこからか聞こえるけれど、当たっているので何も聞こえない」
 この辺りはジョークなのだけれども、つちりんがまた「うそ!」と反応しそうなので、早口になってしまった。
 私は封筒をトランプケースの上に再度置いて、「さあ、つちりん自身が確かめてみて。そこに答があるから」と呼び掛ける。つちりん、つばを飲み込むような仕種のあと、手を伸ばしてきた。
 慎重に封筒を手に取り、目を私に向ける。
「開けていいのね?」
「はい、どうぞ」
 開けて逆さにし、振る。やがて落ちてきたのは、板ガムサイズの長方形の紙。白い面が上になっている。当然、つちりんは紙をひっくり返した。
「――あれ?」
 途端に怪訝がる声が上がる。朱美ちゃんに陽子ちゃん、不知火さんもほぼ同じ反応だ。
 それもそのはず、紙には表も裏も何も書いてない、白紙だったのだから。
「まさかの仕込み忘れ?」
 陽子ちゃんが忌憚なく言った。私はちょっぴり迷って、予定通りの演技を続けることに。
「おっかしいなあ。間違いなく書いたのに。うーん」
 腕組みをして考えるポーズを取ってから、唐突に腕組みを解いて、ぽんと手を打つ。無茶苦茶芝居がかってるけれど、プラン通りにやっちゃおう。
「私、最初に言い過ぎたみたい」
「ん? 何を?」
 陽子ちゃんの合いの手。頼んでいたわけじゃないのに、絶妙でありがたい。
「覚えてないかな。『中に紙が入っていて、そこに書き付けてあります』とか、あと『確かめてみて。そこに答があるから』って言ったの」
「そう言われてみれば、そんな気が」
 ちょっと曖昧な朱美ちゃんに変わり、不知火さんが「確かに言っていました」と請け負ってくれた。この人が言うと、本当に覚えているんだろうなって思える。
「そうだよね、やっぱり。言い過ぎたんだわ、そこ、そこって」
「そこ?」
「うん。繰り返し言ったものだから、魔法が勝手に予言を撮してしまったんだわ」
 私はつちりんに視線を当てた。
「つちりん、もう一回、手を貸してね。今度はそのケースを持って」
「トランプの入ってたそれ?」
 言いながら再び手を伸ばして、つちりんはトランプのケースを取った。
「その下になっていた面、底を見てみて。あ、朱美はつちりんが伏せたカードを開いて」
 危ない危ない、伏せたカードのくだりを忘れるところだった。効果的な演出のためには、同時がいい。
 実際、つちりんがケースを裏向けるのと、朱美ちゃんがカードを表向きにするのはほとんど同時。さらに同時に、軽い叫び声が上がった。「わっ」とか「きゃ」とか「すごっ」とか。
 開かれたカードはダイヤの8。トランプケースの底面には、黒のサインペンで同じくダイヤの8と記してあった。
「よかった。予言、大成功」
 手を合わせ、ほっとした表情を作った私。すると拍手をもらった。思いも掛けず、大きな音の拍手だ。
「すごいすごい、どうやったの?」
 つちりんはまだケースを持って、不思議そうに眺めている。
「その文字、最初っからあった? 全然気付かなかった」
 朱美ちゃんはしきりに首を捻っている。
「……」
 不知火さんは黙っちゃって、でも手は拍手で忙しい。
「腕を上げたな、こやつめ」
 陽子ちゃんは祝福の笑みを向けてくれたみたい。
 ちなみにだけど、今回このカードマジックは特別なトランプを使ってるの。調べられたら困るから、演目の最後の方で、みんなの目を盗んで普通のやつとすり替えておいたんだけれど、その必要はなかったみたい。誰もそのトランプ見せてとは言い出さなかった。それだけ楽しんでもらえたってことかなあ?
 なんて、幸せな気分に浸っていると、大きな拍手のせいで皆に気付かれた。「何してるんだ(何してるの)」と男女の別なく、教卓回りに集まってくる。結構大人数だから、急に緊張が来ちゃって、ホールドアップみたいな体勢で、
「マ、マジック」
 と答えるのがやっとだった。

つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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