第231話 根っからのソルバー

文字数 2,169文字

 ようやく理解できた気がする。この七尾という少女にとって、マジックはクイズやなぞなぞのような物なのかもしれない。マジックの観覧はクイズの出題とほぼイコールで、問題を解いてみようとする思いが真っ先に来るんじゃないだろうか。
(まあ、そういうマジックの見方があっても僕らマジシャンの側は抗議する立場になく、どんな見方をしようともお客さんの自由だけれども)
 ため息が出た。
(問題を解くために観るんじゃなく、不思議がって楽しんでから解いてみようとしてほしいな)
 たとえるのなら、デコレーションケーキをお客に提供してみたところ、飾りも何もかも無視してケーキを丸めて、口の中にぽいっと入れられた感じか。その挙げ句、「美味しいことは美味しかった。材料はこうで、作り方はこうだね」と感想を述べられた気分……。
(それって、ケーキを提供した側も、食べる側もちょっとずつ不幸な気がする)
 秀明は内心、密かに意を決した。この子をマジックで心から楽しませたい。
「佐倉君、どうだった。面白かろう?」
 新たな演目に移るべきか、移るとしたらどんなマジックがよいのかを考え、迷っていた秀明に、中島が声を掛けた。
「面白いか面白くないかで答えるなら、面白くない方に針が傾きます。愉快じゃないっていうか」
「ほう、そうかね。ちと残念だ」
「でも、興味深さという尺度を採用するのでしたら面白かったです。この子相手にマジックを披露するのは興味深い」
「おう、私もその点を聞いていた。興味深さも何もかもひっくるめて、面白かったかどうか。面白かったのなら結構。気に入ったということだろう?」
「い、いえ、気に入ったというほどまでは……」
「何だ、どっちなんだい?」
 秀明は中島の話しぶりを耳にする内に、師匠が何らかの思惑を抱いて問い掛けているように感じられてきた。となれば、弟子の身としては師匠の考えを読み取り、それに見事応える返しをするのが理想的……かな?
(そういえば)
 遅まきながら思い起こす秀明。
(この子を相手にマジックを演じる者を決める際に、中島先生は僕が萌莉をはじめとする小学生の子達を相手にマジックを教えていることを挙げられた。これはもしかして、この子にもマジックを教えてあげなさいって言っている?)
 ありそうな結論を見付けた気がしたが、それはほんの短い間だけのこと。
(いや、だとしたら普通に言葉にすればいいだけのことじゃないか。ここはマジック教室なんだから、それこそ中島先生が自らお教えになれば済む。そもそもの話、この子はマジックを演じたがっているのか?)
 七尾をちらと見やる。退屈しているかと思いきや、彼女の目線が秀明や中島、その他の受講者達の間を行き来している。意外と関心を持って大人達の会話に耳を傾けているようだ。内容全部を理解しているかは、さすがに疑わしいが。
(マジックのレクチャーじゃないとしたら何だろ? 僕をわざわざ指名した理由……ここにいる他の人達と異なる要素って、僕がまだ高校であることと、萌莉達と親しいこと、この二つぐらいだ。となるともしかして)
「僕が教えている子達の中にだって、七尾さんタイプの子はいないから、凄く焦りました」
「だろう?」
 この反応で正解だったのか、中島は口角を上げて喜色を露わにした。
「はい。萌莉達に会わせてみたら、どんな風になるのか、ちょっと想像しにくいですね」
「そう? だったら本当に会わせてみようと思わないかね」
 話を決められた結論へと促す具合に、中島は言った。
「はあ。でも、七尾さんの都合もあるでしょうし」
 またまた七尾を一瞥すると、たまたまだろう、目が合った。
「僕はいいよ」
 やはりちゃんと話を聞いていた。その返事のあとにすぐ付け足す。
「今の“いいよ”は遠慮しますという意味じゃなくって、会ってみてもいいよってことだから」
「はは、説明しなくても分かるよ」
 中島から頭を撫でられた七尾は、嬉しそうにした。マジックはほとんど楽しめない体質?性格?であっても、中島のことは好いているように見受けられる。
 そんな七尾は秀明を見上げてきた。
「前にちょろっと聞いていたんだけど、小学生にマジックを教えてるんでしょう、おにいさん?」
「あ、うん。教えているよ。関心あるのかな」
「あるよ。まず、おにいさんに」
「ええ? 何で僕に」
 思い掛けない発言に、この子は天然キャラも多少入ってるのかと警戒する。
「まだ自分も教わる身分なのに、子供に教えるなんて大胆だなって」
 秀明は苦笑いを少し覗かせた。己を力量以上に見せたいわけじゃないし、いきがったり出しゃばっているつもりもない。最高峰の人しか初心者を指導できないんだとしたら、そのジャンルは恐らく早々に“死ぬ”だろう。
 とはいえ、小学生を相手に真っ向から反論・否定するのは大人げない。
「教えている仲間の中には親戚の子がいてね。元々は僕とその子がマジックが好きで、一緒にテレビのマジック番組などを観ていたんだ。そうする内に観ているだけでは我慢できなくなって、段々、自分でもやり始めたんだけど、僕の方が年上だからか飲み込みが早くて、それで自然と教える格好になったんだ。今は親戚の子が、学校でマジック好きのサークルを作ったから教えに来て欲しいと頼んできた。それを引き受けたわけ」
「それならまあしょうがないかー」

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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