第36話 日が暮れては日隠れて
文字数 2,164文字
「あ、あっちのチーズポテトも美味しそう」
朱美ちゃんがたこ焼きを頬張りながら言った。行儀が悪いなあ、もう。
シュウさんが、
「食べ物は持って帰ってくれた方がありがたいんだけど。ぼちぼち、駅に向かいたいなあ」
と促しても、
「分かりますけど、においの強い食べ物を電車に持ち込むと嫌われちゃうし」
なんて風にうまく反論されて、ずるずると滞在時間が延びる。
結局、みんなでたこ焼きやら綿菓子やらを食べていったので、帰宅は六時半近くになってしまった。
駅から家までは、シュウさんと二人になった。
「一人でも平気だよ」
シュウさんは本来、だいぶ駅に近い地点で引き返すのが、シュウさんにとって最短距離になる。そのはずなのに、ずっと着いてきてくれた。
「予告していたよりも遅くなったんだから、怒られるかもしれないだろ。付いていてやろうと従兄弟心が分からぬか」
冗談めかした答が返って来た。
家には電話を一度入れて、ちょっと遅くなるかもって伝えておいたから、大丈夫なんだけどな。そういう意味のことを私が言うと、シュウさん、少し口ごもってから話した。
「万が一のことがあったら、顔向けができないからさ」
「万が一って、私に? 事故とか?」
思わず笑ってしまう。自転車を漕いでいなかったら、顔の前で「ないない」って手を振っていたところだわ。
「十分掛かるか掛からないかの距離を、大げさだよ~。私ってそんなにおっちょこちょいに見えてるの?」
「いや、そんなことはないよ。不知火さんに比べたら、あわてんぼうさんかもしれないけれど」
あの人と比べられたら、大抵の小学五年生がおっちょこちょいになりそう。
「心配してくれるのは嬉しいけどさあ。だったら、私の友達を心配してほしい」
「宗平君も?」
「男子は含んでないよっ。朱美ちゃんに不知火さん、今頃一人で帰ってるよ」
特に不知火さんは、あまり外灯のない道を行っているのではないかしら。想像すると、本当に心配になって来ちゃう。
「まあ、全員は無理だからなあ」
うーん、と考え込む気配がする。
「ショーに連れて行くのは、もっと考えないと行けないかな」
「えー、楽しかったのに。陽子ちゃんやつちりんだって、まだ行ってないし」
「行かないとは言ってないよ。昼に楽しめて、明るい内に帰れるようにしないとな」
「今日だって、ほんとはこんなことになるはずじゃなかったんでしょ。朱美ちゃんにびしっと言えてればよかったんだわ」
「そうだねえ」
苦笑したっぽい声が聞こえたそのタイミングで、私の家の前に到着。自転車を私は家の門の中に入れ、シュウさんはすぐ外に停める。
「今日はありがとう。シュウさんだってまだ高校生なんだし、早く帰った方がいいわ」
「そうする。でも、一言だけ」
うん? 何か言われるのかなと思って身を固くした私。その前をすり抜けるようにして、シュウさんは玄関前まで進んだ。
「ほら、萌莉も早く」
何が何だか分からないけど、急かされるままにドアまで小走りで行き、呼び鈴を押してからただいまと中へ声を掛けた。
「お帰り~」
遠くからお母さんの声がしたと思ったら、廊下に姿を見せたのはお父さんの方だった。気のせいかな、眉根を下げて不安そうだった顔つきが、こっちに近付くにつれて明るくなったように見えた。
「あんまり遅くなるようなら迎えに行こうかと。おかげで晩酌を先延ばしにさせられたよ。ははは」
ちょっとわざとらしく笑うお父さんに、私の横でシュウさんが頭を下げた。
「すみません。始めに話していたのと違って、遅くなってしまって」
「あ、いや、いいんだ。無事なら何より。……ただまあ、次からはもうちょっと早めに連絡をくれるか、できたら遅くならないでもらいたいな、秀明君」
「もちろんです」
力強く言い切ったシュウさん。普段よりもずっと頼もしく見えてる。
「いい返事だ。今日は娘の面倒をみてくれてありがとう。ほら、萌莉もお礼を言いなさい」
手招きされて、私は靴を脱ぎ、上がり框を上がった。
「ありがとうね、シュウさん。とっても楽しかった! また連れて行って」
「そうだね。お父さんからも許可が出たみたいだし、また行こうか」
「うん!」
やった。お父さんの前で約束したってことは、これでもう大丈夫。もしマジックを観に行くのがだめになりそうなときは、お父さんに証人になってもらうんだから。
「それでは失礼します」
シュウさんが再び、今度は軽めにお辞儀をすると、お父さんも同じように頭を振った。
「ああ。君も気を付けて帰るんだぞ」
ドアが閉まり、少ししてから自転車のスタンドを戻す音が聞こえた。
「あー、汗かいちゃった。先にお風呂でもいいのかなあ?」
「萌莉。その前に何か言うことは?」
着替えのためにもしくはお風呂のために脱衣所へ走ろうとしていた私は、ぴたと足を止めて振り向いた。
「えっと。遅くなってごめんなさい。次からは気を付けます」
上目遣いになって、様子を窺いながら、思い当たる限りのことを口にした。
お父さんは何も言わず、頭を撫ででくれた。
怖いところも甘いところもある、極普通のお父さんだと思う。それが私にとって一番のお父さんなんだけれどね。
つづく
朱美ちゃんがたこ焼きを頬張りながら言った。行儀が悪いなあ、もう。
シュウさんが、
「食べ物は持って帰ってくれた方がありがたいんだけど。ぼちぼち、駅に向かいたいなあ」
と促しても、
「分かりますけど、においの強い食べ物を電車に持ち込むと嫌われちゃうし」
なんて風にうまく反論されて、ずるずると滞在時間が延びる。
結局、みんなでたこ焼きやら綿菓子やらを食べていったので、帰宅は六時半近くになってしまった。
駅から家までは、シュウさんと二人になった。
「一人でも平気だよ」
シュウさんは本来、だいぶ駅に近い地点で引き返すのが、シュウさんにとって最短距離になる。そのはずなのに、ずっと着いてきてくれた。
「予告していたよりも遅くなったんだから、怒られるかもしれないだろ。付いていてやろうと従兄弟心が分からぬか」
冗談めかした答が返って来た。
家には電話を一度入れて、ちょっと遅くなるかもって伝えておいたから、大丈夫なんだけどな。そういう意味のことを私が言うと、シュウさん、少し口ごもってから話した。
「万が一のことがあったら、顔向けができないからさ」
「万が一って、私に? 事故とか?」
思わず笑ってしまう。自転車を漕いでいなかったら、顔の前で「ないない」って手を振っていたところだわ。
「十分掛かるか掛からないかの距離を、大げさだよ~。私ってそんなにおっちょこちょいに見えてるの?」
「いや、そんなことはないよ。不知火さんに比べたら、あわてんぼうさんかもしれないけれど」
あの人と比べられたら、大抵の小学五年生がおっちょこちょいになりそう。
「心配してくれるのは嬉しいけどさあ。だったら、私の友達を心配してほしい」
「宗平君も?」
「男子は含んでないよっ。朱美ちゃんに不知火さん、今頃一人で帰ってるよ」
特に不知火さんは、あまり外灯のない道を行っているのではないかしら。想像すると、本当に心配になって来ちゃう。
「まあ、全員は無理だからなあ」
うーん、と考え込む気配がする。
「ショーに連れて行くのは、もっと考えないと行けないかな」
「えー、楽しかったのに。陽子ちゃんやつちりんだって、まだ行ってないし」
「行かないとは言ってないよ。昼に楽しめて、明るい内に帰れるようにしないとな」
「今日だって、ほんとはこんなことになるはずじゃなかったんでしょ。朱美ちゃんにびしっと言えてればよかったんだわ」
「そうだねえ」
苦笑したっぽい声が聞こえたそのタイミングで、私の家の前に到着。自転車を私は家の門の中に入れ、シュウさんはすぐ外に停める。
「今日はありがとう。シュウさんだってまだ高校生なんだし、早く帰った方がいいわ」
「そうする。でも、一言だけ」
うん? 何か言われるのかなと思って身を固くした私。その前をすり抜けるようにして、シュウさんは玄関前まで進んだ。
「ほら、萌莉も早く」
何が何だか分からないけど、急かされるままにドアまで小走りで行き、呼び鈴を押してからただいまと中へ声を掛けた。
「お帰り~」
遠くからお母さんの声がしたと思ったら、廊下に姿を見せたのはお父さんの方だった。気のせいかな、眉根を下げて不安そうだった顔つきが、こっちに近付くにつれて明るくなったように見えた。
「あんまり遅くなるようなら迎えに行こうかと。おかげで晩酌を先延ばしにさせられたよ。ははは」
ちょっとわざとらしく笑うお父さんに、私の横でシュウさんが頭を下げた。
「すみません。始めに話していたのと違って、遅くなってしまって」
「あ、いや、いいんだ。無事なら何より。……ただまあ、次からはもうちょっと早めに連絡をくれるか、できたら遅くならないでもらいたいな、秀明君」
「もちろんです」
力強く言い切ったシュウさん。普段よりもずっと頼もしく見えてる。
「いい返事だ。今日は娘の面倒をみてくれてありがとう。ほら、萌莉もお礼を言いなさい」
手招きされて、私は靴を脱ぎ、上がり框を上がった。
「ありがとうね、シュウさん。とっても楽しかった! また連れて行って」
「そうだね。お父さんからも許可が出たみたいだし、また行こうか」
「うん!」
やった。お父さんの前で約束したってことは、これでもう大丈夫。もしマジックを観に行くのがだめになりそうなときは、お父さんに証人になってもらうんだから。
「それでは失礼します」
シュウさんが再び、今度は軽めにお辞儀をすると、お父さんも同じように頭を振った。
「ああ。君も気を付けて帰るんだぞ」
ドアが閉まり、少ししてから自転車のスタンドを戻す音が聞こえた。
「あー、汗かいちゃった。先にお風呂でもいいのかなあ?」
「萌莉。その前に何か言うことは?」
着替えのためにもしくはお風呂のために脱衣所へ走ろうとしていた私は、ぴたと足を止めて振り向いた。
「えっと。遅くなってごめんなさい。次からは気を付けます」
上目遣いになって、様子を窺いながら、思い当たる限りのことを口にした。
お父さんは何も言わず、頭を撫ででくれた。
怖いところも甘いところもある、極普通のお父さんだと思う。それが私にとって一番のお父さんなんだけれどね。
つづく