第244話 原題はエル・ビンボ

文字数 2,102文字

「あまり考え込まずにいましょう。だって、このあとも次から次へと“出題”されるんですから。考えていたら、頭がパンクしかねません」
「あ、そっか。他の人達も見せてくれるんだっけ」
 不知火さんに言われるまで本気で忘れていたらしく、頭をかく七尾さん。その仕種がまた似合ってて、女の私が見ても愛らしい。これで話し言葉が男の子のそれじゃなかったら、もっとかわいく映るんだろうなぁ。
「そういうことですから、席に着いてお待ちを」
「うん。――あっと、次のが始まる前にみんなに聞きたいことがある」
 座るのを途中でやめ、教室後方を向く七尾さん。何だ何だ?と森君が反応してる。
「今の手品、種が分かったって言う人はどのくらいいるのかな。全員?」
「まっさかあ」
 陽子ちゃんが真っ先に言った。笑い出すのを我慢しているように見えなくもない。
「多分、サクラを除けば誰も分かってない可能性が九十九パーセントってところよ」
「ほんとに?」
 七尾さんは私の顔を見て、それから再び森君達の方を見る。朱美ちゃんやつちりんが声に出して、「うん」「私は分からなかった」と答え、残る水原さん達が黙ったまま首を縦に振る。
「分からないって言うのはみんな、種を見破ろうとして分からなかったのか、最初から考えていないのか、どっち?」
 こだわってるなあ。誰も見破れていないことにはほっとしたみたいだけど、考えたかどうかまで突っ込んで聞くなんて。
「それは人それぞれだと思うけど、少なくとも私は『種を絶対に見破ってやろう!』なんて気持ちは持たずに見ていたわ」
 陽子ちゃんが答えた。みんなも同意見らしく、うなずくのが見て取れる。と、七尾さんは腕組みをして唸り声を上げた。
「うーん、信じられん」
「種を知りたくないわけじゃないんだよ。でもそれよりも、不思議な現象を見るのに集中した方が楽しいっていうか」
「……それも分からなくはないんだよねえ。この前から、何となくだけど」
 これは心境の変化っていうやつ? やっていることが間違ってなかった気がして、自信と勇気がわいた。
「よし、もういいや」
 話はここまでと言う風に、七尾さんは前に向き直り、椅子にすとんと腰を下ろす。
「次の人、やってみせてよ。早く見たくなった」
「じゃあ」
 私が準備を始めると、七尾さんは「あれ、もう真打ち登場?」とびっくりした様子。
「そ、そうよ。今日の予定が決まったのがギリギリだったから、充分な練習時間を取れた人が少なくて。だから時間が残ったら、あとは私がレクチャーするわ」
「そうなんだ。ちょっとがっかり」
 見られるマジックの数が少ないことにがっかりしてくれたんだとしたら、嬉しいな。
「で、レクチャーっていうのは種明かし?」
「ま、まあ、それに近いかしら」
 一言で言ってしまうとそうなるかもしれないけれど、身も蓋もない。本質は微妙に、ううん、だいぶ違うんだよ~。
 ああ、いけない。七尾さんのおしゃべりに反応していたら集中力が途切れそう。ここは改めて気を引き締めなくちゃ。何たって、今日これから私が披露するのは、ほぼ初ものと言っていいのだから。
 私はいくつかのサイズのコインを用意した。それから教卓の上には、例の敷物を広げる。来年度には予算をもらって本格的な道具を揃えたいなぁ。
「始めます」
 集中するためにも、りんとした声で告げる。みんな静かになった。
 コインマジックに限らず、マジックを大別すると、口上ありと口上なしで行うものとに分けられると思う。口上なしのタイプは、あれこれ説明するよりも、見てもらえば分かる現象ね。これからやるコインマジックも出だしは、口上がいらないものだ。
 ただ、場があまりに静かすぎるとやりにくい場合もあり、音楽でも流したいところ。けれど、よその教室への迷惑を考えると今の状況では、BGMを掛ける訳に行かない(前もって申請して許可を取ればオーケー)。かといって自由にしゃべられては気が散る。少し考えて、私はみんなに言った。
「『オリーブの首飾り』を心の中で流しながら見ててね」
 かすかに笑いを誘ったところでマジック開始。まずは一枚、一円玉くらいの大きさのコインを取り出し、手さばきを披露。ちなみに色は金色。手の甲を上にして、親指側から小指の方へとコインを渡らせ、戻って来させる。片手が済めば、今度は両手を使って同じことを。さらにコインを一枚加えて、左右同時に。
 ここからコインを一気に増やしていき、指の間に一枚ずつコインを挟む。コインの表面がお客さん側に向くようにね。本来なら見栄えがするように、もっと大きめのコインでやりたいんだけれども、私はまだ子供で手が大きくはないから、ここは無理をせずに。
 幸い、みんなには伝わったらしく、拍手をもらえた。ただ、よくある見慣れた演目だからか、びっくりしたという感覚は乏しいみたい。もちろん私も分かっている。
「このあとはテーブルマジックになります。見えにくい人もいるだろうから、好きなように前に出てきて」
 呼び掛けると、全員が足早に近寄ってきた。一番見えやすい特等席の七尾さんまで、椅子を離れて教卓にかぶりつくように陣取る。どれだけ見破りたいのっ。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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