第55話 注文の多い六年生
文字数 2,203文字
「文芸クラブの六年て、女子ばかりだって聞いたぜ」
「ええ、そうよ」
森君が不満そうな口調で言うのへ、水原さんが応えた。
現在、月曜日の放課後。六年生の教室が入る階の、階段口のところに四人でたむろしている。六年生は六時間目があると分かったので、多少待たされることになり、もうそろそろ“おわりの会”が済むかなって頃。
「男子がいるのなら用心棒ってのもうなずけるけど、女子ばっかのところに男一人じゃ、何にも役に立てないと思うぞ、まじで。それに長引いたら帰るからな。前に言ったと思うけど、水泳教室があるんだよ」
「それでもいいよ。男子もいるサークルだってことを見せればいいんだから」
私は内心感謝しつつ、気軽い調子で言った。
お昼休み、給食が終わったあとに一度私と不知火さんとで訪ねて、放課後に挨拶に行くということを伝えておいた。快くかどうかは分からなかったけれども、了解をもらったのでこうして待機している。ああ、覚悟は決めたつもりなのに、少しどきどきしてきたよ。
「あ、終わったみたい」
水原さんが言った。いよいよだ。
教室から大多数の児童が出ていったあと、私達は戸口のところに立った。
「外園 先輩、海堂 先輩」
水原さんが中庭側の窓際、やや後方の席に向かって呼び掛ける。
「来たね。入って来ていいよ」
案外、明るい調子で呼び入れられる。私達は一人ずつお辞儀してから、六年二組の教室に足を踏み入れた。先生の使う大きなデスクの方を見ると、まだ先生は残っている。ほっとした。
「別に『先輩』て付けてくれなくてもいいのに。もう違うクラブなんだから」
おっと、安心していたら、いきなり先制攻撃された。水原さんに向けての言葉だけど、嫌味が込められているのは私にも分かった。
水原さんが口ごもると、代わって不知火さんが言った。
「そんなことできませんよね。この学校の先輩なのは揺るがない事実なんですから。私、不知火遥と言います。奇術サークルの副会長です。はじめまして」
一気に自己紹介までして、機先を制したって感じ? とにかくこの流れで、私と森君も相次いで自己紹介した。
ここでようやく、私は気付いた。この外園さんと海堂さんて、前に水原さんが私に話し掛けてきたとき、廊下を通り掛かった二人だと。六年生から名乗るつもりはないみたいなので、胸元の名札でどちらがどちらなのかを確かめる。前に座ってる方が海堂さん、後ろが外園さんか。
「この度はご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした」
声を掛けて引き抜いたわけじゃないし、こちらの責任ではないのだけれども、部員が減るというのはやはり大ごとに違いない。 頭を下げた。何も打ち合わせしてなかったのに、不知火さんも森君も水原さんにも、同じようにしてくれる。
と、海堂さんの方が口を開いた。さっき嫌味を言ったのもこの人。外園さんの方はあんまり喋って来ない。とにかく小説を書くのが好きそうなタイプって言ったら、怒られるかしら。
「いや、まあ、だいたいの事情は分かってるし、ルールで決まってるんだからうだうだ言いやしないわよ。ただ、将来、奇術サークルの誰かがこっちに移っても文句言わないでね、会長さん?」
「それはまあ、ルールですから」
表面上は平静を装ったけれども、内では違った。予想外のことを言われて、心臓がバクバク言っていた。
「で、まあこのままただ送り出すっていうのも面白くないから、条件とかじゃないんだけれど、いくつか注文があるのよ。聞いてくれる?」
「はい」
来た。緊張感が高まる。沸騰したお湯に突っ込まれた温度計みたいに、一気に端まで上り詰めた。
「まず、そっちの男子。森君?」
「はい?」
蚊帳の外にいるつもりだったのか、森君は一歩退いた位置に立っていたんだけれども、名前を呼ばれて一挙に距離を詰めた。
「噂に聞いたけど、クイズが得意なんだってね?」
「そうだけど、噂になってるとは」
照れたような戸惑ったような笑いを浮かべる森君。
「噂と言っても、クラスの男子にこちらから聞いただけよ。同じ登校班に湯崎 っているでしょ」
「ああ、班長」
「彼が言ってたけれど、登校開始まで暇さえあれば、小さな子に問題出してるんだって?」
「まあ、文字通り、暇潰しに」
「そこで注文の一つ目なんだけど、六年生向けにクイズの問題を考えてくれない? 一問だけでいいわ。小説の中の会話で使えそうなのを頼みたいわね」
「……何かよく分かんないけど、一問ぐらいなら」
「言っておくけど、どこかに載っていたとかテレビでやっていたとか、誰かから教わったとか、そういうのは認めないから。森君が自分で考えたオリジナルの物を」
「うん、分かった。クイズじゃなくてパズルでいい?」
森君は拘りがあるらしく、以前、私達に聞かせてくれたのと同じ、クイズとパズルの違いをざっと話した。
これには六年生二人も面食らったみたいだけど、すぐに納得顔になった。
「何でもいい。問題と答があって、それなりに面白ければ」
「あ、いつまでに?」
「次のクラブ授業が始まる前がいいから、木曜の放課後にしましょう。期限は、このあと言う注文にも当てはまるからそのつもりでいて」
いくつ注文を出されるんだろう。真の意味での無茶ぶりがなければいいんだけど。
つづく
「ええ、そうよ」
森君が不満そうな口調で言うのへ、水原さんが応えた。
現在、月曜日の放課後。六年生の教室が入る階の、階段口のところに四人でたむろしている。六年生は六時間目があると分かったので、多少待たされることになり、もうそろそろ“おわりの会”が済むかなって頃。
「男子がいるのなら用心棒ってのもうなずけるけど、女子ばっかのところに男一人じゃ、何にも役に立てないと思うぞ、まじで。それに長引いたら帰るからな。前に言ったと思うけど、水泳教室があるんだよ」
「それでもいいよ。男子もいるサークルだってことを見せればいいんだから」
私は内心感謝しつつ、気軽い調子で言った。
お昼休み、給食が終わったあとに一度私と不知火さんとで訪ねて、放課後に挨拶に行くということを伝えておいた。快くかどうかは分からなかったけれども、了解をもらったのでこうして待機している。ああ、覚悟は決めたつもりなのに、少しどきどきしてきたよ。
「あ、終わったみたい」
水原さんが言った。いよいよだ。
教室から大多数の児童が出ていったあと、私達は戸口のところに立った。
「
水原さんが中庭側の窓際、やや後方の席に向かって呼び掛ける。
「来たね。入って来ていいよ」
案外、明るい調子で呼び入れられる。私達は一人ずつお辞儀してから、六年二組の教室に足を踏み入れた。先生の使う大きなデスクの方を見ると、まだ先生は残っている。ほっとした。
「別に『先輩』て付けてくれなくてもいいのに。もう違うクラブなんだから」
おっと、安心していたら、いきなり先制攻撃された。水原さんに向けての言葉だけど、嫌味が込められているのは私にも分かった。
水原さんが口ごもると、代わって不知火さんが言った。
「そんなことできませんよね。この学校の先輩なのは揺るがない事実なんですから。私、不知火遥と言います。奇術サークルの副会長です。はじめまして」
一気に自己紹介までして、機先を制したって感じ? とにかくこの流れで、私と森君も相次いで自己紹介した。
ここでようやく、私は気付いた。この外園さんと海堂さんて、前に水原さんが私に話し掛けてきたとき、廊下を通り掛かった二人だと。六年生から名乗るつもりはないみたいなので、胸元の名札でどちらがどちらなのかを確かめる。前に座ってる方が海堂さん、後ろが外園さんか。
「この度はご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした」
声を掛けて引き抜いたわけじゃないし、こちらの責任ではないのだけれども、部員が減るというのはやはり大ごとに違いない。 頭を下げた。何も打ち合わせしてなかったのに、不知火さんも森君も水原さんにも、同じようにしてくれる。
と、海堂さんの方が口を開いた。さっき嫌味を言ったのもこの人。外園さんの方はあんまり喋って来ない。とにかく小説を書くのが好きそうなタイプって言ったら、怒られるかしら。
「いや、まあ、だいたいの事情は分かってるし、ルールで決まってるんだからうだうだ言いやしないわよ。ただ、将来、奇術サークルの誰かがこっちに移っても文句言わないでね、会長さん?」
「それはまあ、ルールですから」
表面上は平静を装ったけれども、内では違った。予想外のことを言われて、心臓がバクバク言っていた。
「で、まあこのままただ送り出すっていうのも面白くないから、条件とかじゃないんだけれど、いくつか注文があるのよ。聞いてくれる?」
「はい」
来た。緊張感が高まる。沸騰したお湯に突っ込まれた温度計みたいに、一気に端まで上り詰めた。
「まず、そっちの男子。森君?」
「はい?」
蚊帳の外にいるつもりだったのか、森君は一歩退いた位置に立っていたんだけれども、名前を呼ばれて一挙に距離を詰めた。
「噂に聞いたけど、クイズが得意なんだってね?」
「そうだけど、噂になってるとは」
照れたような戸惑ったような笑いを浮かべる森君。
「噂と言っても、クラスの男子にこちらから聞いただけよ。同じ登校班に
「ああ、班長」
「彼が言ってたけれど、登校開始まで暇さえあれば、小さな子に問題出してるんだって?」
「まあ、文字通り、暇潰しに」
「そこで注文の一つ目なんだけど、六年生向けにクイズの問題を考えてくれない? 一問だけでいいわ。小説の中の会話で使えそうなのを頼みたいわね」
「……何かよく分かんないけど、一問ぐらいなら」
「言っておくけど、どこかに載っていたとかテレビでやっていたとか、誰かから教わったとか、そういうのは認めないから。森君が自分で考えたオリジナルの物を」
「うん、分かった。クイズじゃなくてパズルでいい?」
森君は拘りがあるらしく、以前、私達に聞かせてくれたのと同じ、クイズとパズルの違いをざっと話した。
これには六年生二人も面食らったみたいだけど、すぐに納得顔になった。
「何でもいい。問題と答があって、それなりに面白ければ」
「あ、いつまでに?」
「次のクラブ授業が始まる前がいいから、木曜の放課後にしましょう。期限は、このあと言う注文にも当てはまるからそのつもりでいて」
いくつ注文を出されるんだろう。真の意味での無茶ぶりがなければいいんだけど。
つづく