第173話 最強からの最強へ
文字数 1,840文字
「今は解説だから、分かり易くやっているんだよ。こんな風に五枚を配る」
残りの各四枚も同じ調子で配られていった。底に仕込んだエースだのジョーカーだのも、最初と同様に置いていく。目にも止まらぬ早業なんてあるわけないことは、マジックの演技を多少かじった経験のある人なら分かる。だからシュウさんが何か仕掛けるのなら繰り返しになるけど、一番上を配ると見せかけて二枚目を配る的な手先・指先のテクニックを使うはずなんだけどなぁ。全くそんな素振りがないどころか、底のカードを置く様子はたどたどしいぐらいだわ。
「こうしてエースのファイブカードが自分の手元に来る」
配った五枚を手に取って、またまたこちらに見せてくれてるけど……いやいや、これって全然凄くないからね! 見ている人に分からないよう仕込みのカードを配るのならまだしも、それをしない内にどうだって顔をされても、ねえ。
「ここからが本番。実践してみせるからよく見ておいて」
シュウさんは配ったカードを手際よく揃え、重ねていくと、最後にカードの山の上に置いた。それから手の中のファイブカードから、ジョーカーだけ抜き取り、エース四枚はやはりカードの山の上へ。ジョーカーはトランプの入っていたケースに仕舞った。
「同じ手を作っても芸がないからジョーカーは除く。ジョーカーなしで最強の役は? 萌莉、答えて」
「ろ、ロイヤルストレートフラッシュ」
同じマークでエース、キング、クイーン、ジャック、10の五枚が揃う役だ。
「正解。ではとくとご覧あれ」
言うやいなや、さっきとは比べものにならないスピードで配り始める。解説のときのゆっくりした動作はそのスローモーさに私達の目を慣れさせ、油断を誘うためだったのかも。
といっても、目にもとまらぬとは、さすがにならない。充分に追える手の動きだ。見たままで判断する限り、カードの山の底から密かにイカサマ札を配っているようにはとても思えなかった。
「さあ、今度は配られたカードを見てもいいです――無駄ですけどね。先生、僕の手札をめくってください、お願いします」
「お、おう」
手伝いはしないと言っていたのに、相田先生、すっかりシュウさんのペースにはまっている。言われたとおり、素直にシュウさんの手札をひとまとめに表向きにした。重なりを解消すると、そこに現れたのは……。
「スペードのロイヤルストレートフラッシュ!」
森君が叫んだ。驚き込みだから大音量だ。こっちは耳を押さえたくらい。
「何だこりゃ……」
相田先生、絶句って感じ。
机の前に座っていた私達四人はみんな似たり寄ったりの反応で、ほとんど言葉が出て来ない。
立ったまま見張っていた四名の内、シュウさんの左右と後方にいた三人は、口々に「ええ? 何で?」「全然おかしなところはなかったわよ」等と言いながらシュウさんのそばまで駆け寄った。水原さんも私の真後ろ、目一杯近付き、中腰になって視線を机の高さまで下げている。そして「分かんない……」とぽつり。
やがて拍手の音がした。発生源は不知火さんだった。
「感服しました。同じやり方だとしたら、信じられません」
「ありがとう。――みんなは?」
シュウさんに言われるまでもなく、私達は全員、拍手を送っていた。ちょうど終わりのチャイムと重なって、とても賑やかになる。
「この種明かしと、萌莉に約束していたマジックの解説は次回。といっても一週間後という意味ではなく、来週の火曜日のクラブ活動で行うつもりだよ。来週の金曜は来られるかどうか分からないからね」
よかった。これで心残りが解消、気分すっきりで終われる。
「あと、本当はちゃんと系統立てて、つまり順を追って教えないといけないので、火曜はカードさばきのチェックもします」
「えーっ」
再度、森君と洋子ちゃんが声を上げる。シュウさんは道具の後片付けをしながら、話を続けた。
「ちゃんと予告したから、心の準備は大丈夫だろ? 別にうまくいかなくてもいいんだ。緊張するしないも含めて、実力を見るのが目的だから」
「しょうがねーなー」
森君はランドセルを勢いよく背負い、今にも教室を飛び出しそうな態勢になっている。
「ちょっとでも早く帰って、ちょっとでも練習しとくわ、俺」
言い置いてさっと出て行く。相田先生がやれやれという風に腰の両サイドに手首を当て、て、「これはクラブ授業なんだから、本当は起立と礼がいるんだが」とこぼした。
つづく
残りの各四枚も同じ調子で配られていった。底に仕込んだエースだのジョーカーだのも、最初と同様に置いていく。目にも止まらぬ早業なんてあるわけないことは、マジックの演技を多少かじった経験のある人なら分かる。だからシュウさんが何か仕掛けるのなら繰り返しになるけど、一番上を配ると見せかけて二枚目を配る的な手先・指先のテクニックを使うはずなんだけどなぁ。全くそんな素振りがないどころか、底のカードを置く様子はたどたどしいぐらいだわ。
「こうしてエースのファイブカードが自分の手元に来る」
配った五枚を手に取って、またまたこちらに見せてくれてるけど……いやいや、これって全然凄くないからね! 見ている人に分からないよう仕込みのカードを配るのならまだしも、それをしない内にどうだって顔をされても、ねえ。
「ここからが本番。実践してみせるからよく見ておいて」
シュウさんは配ったカードを手際よく揃え、重ねていくと、最後にカードの山の上に置いた。それから手の中のファイブカードから、ジョーカーだけ抜き取り、エース四枚はやはりカードの山の上へ。ジョーカーはトランプの入っていたケースに仕舞った。
「同じ手を作っても芸がないからジョーカーは除く。ジョーカーなしで最強の役は? 萌莉、答えて」
「ろ、ロイヤルストレートフラッシュ」
同じマークでエース、キング、クイーン、ジャック、10の五枚が揃う役だ。
「正解。ではとくとご覧あれ」
言うやいなや、さっきとは比べものにならないスピードで配り始める。解説のときのゆっくりした動作はそのスローモーさに私達の目を慣れさせ、油断を誘うためだったのかも。
といっても、目にもとまらぬとは、さすがにならない。充分に追える手の動きだ。見たままで判断する限り、カードの山の底から密かにイカサマ札を配っているようにはとても思えなかった。
「さあ、今度は配られたカードを見てもいいです――無駄ですけどね。先生、僕の手札をめくってください、お願いします」
「お、おう」
手伝いはしないと言っていたのに、相田先生、すっかりシュウさんのペースにはまっている。言われたとおり、素直にシュウさんの手札をひとまとめに表向きにした。重なりを解消すると、そこに現れたのは……。
「スペードのロイヤルストレートフラッシュ!」
森君が叫んだ。驚き込みだから大音量だ。こっちは耳を押さえたくらい。
「何だこりゃ……」
相田先生、絶句って感じ。
机の前に座っていた私達四人はみんな似たり寄ったりの反応で、ほとんど言葉が出て来ない。
立ったまま見張っていた四名の内、シュウさんの左右と後方にいた三人は、口々に「ええ? 何で?」「全然おかしなところはなかったわよ」等と言いながらシュウさんのそばまで駆け寄った。水原さんも私の真後ろ、目一杯近付き、中腰になって視線を机の高さまで下げている。そして「分かんない……」とぽつり。
やがて拍手の音がした。発生源は不知火さんだった。
「感服しました。同じやり方だとしたら、信じられません」
「ありがとう。――みんなは?」
シュウさんに言われるまでもなく、私達は全員、拍手を送っていた。ちょうど終わりのチャイムと重なって、とても賑やかになる。
「この種明かしと、萌莉に約束していたマジックの解説は次回。といっても一週間後という意味ではなく、来週の火曜日のクラブ活動で行うつもりだよ。来週の金曜は来られるかどうか分からないからね」
よかった。これで心残りが解消、気分すっきりで終われる。
「あと、本当はちゃんと系統立てて、つまり順を追って教えないといけないので、火曜はカードさばきのチェックもします」
「えーっ」
再度、森君と洋子ちゃんが声を上げる。シュウさんは道具の後片付けをしながら、話を続けた。
「ちゃんと予告したから、心の準備は大丈夫だろ? 別にうまくいかなくてもいいんだ。緊張するしないも含めて、実力を見るのが目的だから」
「しょうがねーなー」
森君はランドセルを勢いよく背負い、今にも教室を飛び出しそうな態勢になっている。
「ちょっとでも早く帰って、ちょっとでも練習しとくわ、俺」
言い置いてさっと出て行く。相田先生がやれやれという風に腰の両サイドに手首を当て、て、「これはクラブ授業なんだから、本当は起立と礼がいるんだが」とこぼした。
つづく