第92話 行ってみたいと思った覚えはない!……けど
文字数 1,308文字
びくっとして声のした右後方へ、肩越しに視線を向ける。
「……不知火、さん?」
宗平と似たような格好をした、不知火遙が立っていた。彼女が黒い帽子を被っている点は大きく異なる。博士が被るような四角い庇みたいなのが付いていて、その一角からは房が垂れていた。アニメで見た魔術学校の先生がこんなイメージだったような。
「惜しい」
「惜しい?」
「私の名前はシーラ・ナインコット。不知火ではありません。今さら忘れられるとは思ってもみませんでしたから、ショックです」
シーラは袖を目頭に当てるポーズをした。
「何言ってんだ、俺は間違ってないだろ。どこからどう見たって不知火……」
途中で言葉が途切れたのは、宗平に思い出したことがあったため。
(前にも、似たようなことに出くわした記憶がある。あれは佐倉だった。夢の中で佐倉が変な格好で出て来て……あのとき、何て名乗った? アーサーなんやらかんやらで、ABCとかどうとか)
それと同じパターンか。宗平は思った。何でこんな夢ばっか見るんだよ、と。クラスの女子の出て来る夢ってだけでも結構小っ恥ずかしいってのに、みんながみんなコスプレとは。絶対に友達に喋れないじゃないか。
(ま、安心した。これは夢なんだ。だったら、死ぬことはないだろ)
早く目覚めようと思う一方で、夢の続きが気になる。しばらく付き合ってみるかと考え直した。
「じゃあ、シーラ。俺の名前は? 言ってみてくれよ」
「あなた、大丈夫ですか? モリアーティですよ。シャーロック・モリアーティ」
「……うん。そうだったな」
これまた妙な組み合わせの名前だな。読書の授業で読んだ覚えがあるぞ。モリアーティってのは確か、名探偵のシャーロック・ホームズとやり合った悪の親玉みたいな奴で、最後はホームズと滝壺に落ちたんだっけ。で、その名前によりにもよってシャーロックをくっつけるなんて。
(これって、俺のセンスなのかな?)
首を傾げた宗平に、シーラは何歩か近付いた。
「ぼんやりしているみたいで一抹の不安は残りますが、合格したのは間違いないので――」
「待った。さっきから合格合格って何の話だよ」
「……それすらも忘れていたとは。テストのためとは言え、記憶に圧をかけ過ぎたようです。速やかに報告せねば」
「いや、だから、説明……」
「あなたは選抜隊に入ることが叶ったのです。元々、あなた自身が強く希望したことなのですよ」
「えーっと、選抜隊って何?」
遠慮気味に尋ねる。さすがに申し訳なくなってきた。
案の定、シーラは若干うなだれ、呆れたようなため息を小さくついた。
「王宮で起きた殺人事件の解明に当たる捜査隊です。モリアーティ、あなたは推理力や判断力に才能を示し、合格ラインに達した」
「……ごめん、いっぺんに聞いても頭に入って来ねえよ」
これが夢なら、見ている自分にとって分かり易くあるべきだろ! そう思わないでもなかったが、再度の説明を求める。
「警察が手を焼く難事件が起きたため、一般から探偵を募り、合格者を一名出しました」
「それが俺?」
「違います」
あっさり否定されて、がくっとくる。
つづく
「……不知火、さん?」
宗平と似たような格好をした、不知火遙が立っていた。彼女が黒い帽子を被っている点は大きく異なる。博士が被るような四角い庇みたいなのが付いていて、その一角からは房が垂れていた。アニメで見た魔術学校の先生がこんなイメージだったような。
「惜しい」
「惜しい?」
「私の名前はシーラ・ナインコット。不知火ではありません。今さら忘れられるとは思ってもみませんでしたから、ショックです」
シーラは袖を目頭に当てるポーズをした。
「何言ってんだ、俺は間違ってないだろ。どこからどう見たって不知火……」
途中で言葉が途切れたのは、宗平に思い出したことがあったため。
(前にも、似たようなことに出くわした記憶がある。あれは佐倉だった。夢の中で佐倉が変な格好で出て来て……あのとき、何て名乗った? アーサーなんやらかんやらで、ABCとかどうとか)
それと同じパターンか。宗平は思った。何でこんな夢ばっか見るんだよ、と。クラスの女子の出て来る夢ってだけでも結構小っ恥ずかしいってのに、みんながみんなコスプレとは。絶対に友達に喋れないじゃないか。
(ま、安心した。これは夢なんだ。だったら、死ぬことはないだろ)
早く目覚めようと思う一方で、夢の続きが気になる。しばらく付き合ってみるかと考え直した。
「じゃあ、シーラ。俺の名前は? 言ってみてくれよ」
「あなた、大丈夫ですか? モリアーティですよ。シャーロック・モリアーティ」
「……うん。そうだったな」
これまた妙な組み合わせの名前だな。読書の授業で読んだ覚えがあるぞ。モリアーティってのは確か、名探偵のシャーロック・ホームズとやり合った悪の親玉みたいな奴で、最後はホームズと滝壺に落ちたんだっけ。で、その名前によりにもよってシャーロックをくっつけるなんて。
(これって、俺のセンスなのかな?)
首を傾げた宗平に、シーラは何歩か近付いた。
「ぼんやりしているみたいで一抹の不安は残りますが、合格したのは間違いないので――」
「待った。さっきから合格合格って何の話だよ」
「……それすらも忘れていたとは。テストのためとは言え、記憶に圧をかけ過ぎたようです。速やかに報告せねば」
「いや、だから、説明……」
「あなたは選抜隊に入ることが叶ったのです。元々、あなた自身が強く希望したことなのですよ」
「えーっと、選抜隊って何?」
遠慮気味に尋ねる。さすがに申し訳なくなってきた。
案の定、シーラは若干うなだれ、呆れたようなため息を小さくついた。
「王宮で起きた殺人事件の解明に当たる捜査隊です。モリアーティ、あなたは推理力や判断力に才能を示し、合格ラインに達した」
「……ごめん、いっぺんに聞いても頭に入って来ねえよ」
これが夢なら、見ている自分にとって分かり易くあるべきだろ! そう思わないでもなかったが、再度の説明を求める。
「警察が手を焼く難事件が起きたため、一般から探偵を募り、合格者を一名出しました」
「それが俺?」
「違います」
あっさり否定されて、がくっとくる。
つづく