第60話 決戦は木曜日にも
文字数 2,308文字
私としては、翌日の金曜日にある授業としてのクラブ活動も気になっていた。何をどうしようか、全く決まっていないに等しい。
何せ、この足掛け三日の間、水原さんにがんばってもらおうと、時間さえあれば付き合っていたから。
最初に断っておくと、私が提案したマジックを水原さんがマスターすること自体は、早かった。ほんと、簡単な種のカードマジックだから。ある場所を見られないよう、腕の高さに注意さえすれば、誰にだってできる。
できるようになると、水原さんにも欲が出たみたいで、見せ方を工夫したいと言い始めたのだ。もう一つ別の手品を覚えたいとは言わない辺り、さすが、小説を書くような人は観る側のことを考えて、エンターテインメントにこだわるなあ……と感じる。
「それじゃ、ちょっと派手にしよっか」
「派手?」
「うん。超能力でカードを動かしたかのような演出を加えるの。教えたやり方だと、一瞬のことになっちゃうでしょ。それをもっともったいつけてやる」
「面白そう。ディクスン・カーで言えば『妖魔の森の家』における過去の失踪、横溝正史で言えば『本陣殺人事件』、の琴みたいなものね」
「はい?」
多分、推理作家さんの名前と作品名なんだろうけど、私には、横溝正史を聞いた覚えがあるくらいでよく分からないたとえです、ええ。
それはさておき。
「束になったトランプの中の一枚だけを、念動力で表向きにする、というのでどうかな」
「分かった。とにかくやってみるから、段取りを教えて」
「背中に回すだけだったトランプを、箱に入れる。中を出した道具箱でいいかな。それに向かっておまじないを掛けるポーズをして――」
と、こんな風にレクチャーを重ねて、他にもできることは全てやった。
文芸部の六年から出された条件三つの内、私が掛かり切りになったのは水原さんの分のみだけど、森君も不知火さんも準備万端整えてきた、と思う。
そして勇躍、“対決の場”に赴いた。そこは、文芸部が普段の活動に使っているという六年の教室だった。
「何だこりゃ。アウェイ感が半端ない」
最初に入った森君が言った。続いた私達も、彼の言葉の意味はすぐに分かった。明らかにギャラリーが多いのだ。文芸部の人全員集めても、十五人に満たないはずなのに、通された教室には三十人ぐらいいた。
「これは何ですか?」
水原さんが多少けんか腰の口ぶりで聞く。相手の六年生、えっと、海堂さんが絵に描いたような肩をすくめるポーズから、しれっと答える。
「私達だって知らないよ。私らでちょっと話してたのを聞きつけて、居残っているだけじゃないの」
「こちらは四人で来たのに……」
「別に約束したわけではないでしょ? 全員引き連れてきてもよかったのよ。といっても、せいぜい六、七人でしょうけど」
「確かにそうでした」
言いながら水原さんの手を握って、収拾を付ける。緊張したまま始めるのはよくないけれども、それ以上に冷静さを失ってはだめだ。
「どうでもいいや。早く始めようぜ」
森君が前に進み出た。教卓の両サイドを手でがっしり掴み、演説でも始めそうな調子、態度だ。この人を食ったような言動が功を奏したのかしら、教室内は一気に静かになった。
森君も調子に乗って、咳払いのポーズを挟んで、始める。
「えへん。文芸部の先輩方が出した最初の条件は、クイズを一問作れってことだった。よな?」
「そうよ」
「で、条件を言われたときに解説したように、クイズとパズルとは違うんだな。そのことがもっと分かるようにしようと思ってさ。おたくらは一問だけでいいって言ったけど、二問考えてきた」
「一問だけだと、自信がなかったからじゃなくて?」
海堂さんが混ぜ返すと、森君は簡単に「それもあります」と認めた。
「でも、どちらも悪くはないと思うぜ。文芸部に合わせてテーマを決めてきたから、気に入ってもらえたらありがたいな」
一年先輩を相手にして、やけにカジュアルな、っていうかはっきりと荒っぽい言い種の森君。強がっているようにも見えるけれど、サークルのためにやってくれていると思うと、何だかじんとくる。
「まずは一つ目。クイズかパズルかは言わないから、とりあえず考えてみて」
「分かった。早く出しなさい」
腕組みをして、背もたれに身体を預けるようにもぞもぞと動く海堂さん。外園さんも、他の文芸部の人達も、そして恐らくまるで無関係の六先生達も、それぞれ居住まいを正した。
「第一問。ある小説の粗筋を作ってみたところ四百字ちょうどになり、文字入力した。ところがこれを原稿用紙に書き写すと、どうしても一枚に収まりきらない。何故だろう?」
「は?」
「四百文字が原稿用紙一枚に収まらないなんてある?」
ざわざわとした空気が湖面に広がる波紋のようだ。
「句読点を文字に数えていなかった、とかじゃないだろうね?」
文芸部の男子が手を挙げ、聞いてきた。森君はすぐさま、「もちろん。丸や点を入れて四百ちょうど」と答えた。
「タイトルや名前を入れたらオーバーするから?」
別の男子が解答したけれども、森君は黙って首を横に振る。
外園さんが挙手した。解答するのかと思ったけど、「質問があるわ」と来た。
「どうぞ。受け付けます」
「クイズとパズルの違いって、前に言っていたのは、クイズが知識で解く問題で、パズルは考えて解く問題だったかしら?」
「大雑把に言えば」
「どっちなの? 今のこの問題は」
「ヒントになりますけど、いいんですかー?」
おっと、森君、文芸部の人達が苦戦しているの感じ取ったのかな、挑発するする。
つづく
何せ、この足掛け三日の間、水原さんにがんばってもらおうと、時間さえあれば付き合っていたから。
最初に断っておくと、私が提案したマジックを水原さんがマスターすること自体は、早かった。ほんと、簡単な種のカードマジックだから。ある場所を見られないよう、腕の高さに注意さえすれば、誰にだってできる。
できるようになると、水原さんにも欲が出たみたいで、見せ方を工夫したいと言い始めたのだ。もう一つ別の手品を覚えたいとは言わない辺り、さすが、小説を書くような人は観る側のことを考えて、エンターテインメントにこだわるなあ……と感じる。
「それじゃ、ちょっと派手にしよっか」
「派手?」
「うん。超能力でカードを動かしたかのような演出を加えるの。教えたやり方だと、一瞬のことになっちゃうでしょ。それをもっともったいつけてやる」
「面白そう。ディクスン・カーで言えば『妖魔の森の家』における過去の失踪、横溝正史で言えば『本陣殺人事件』、の琴みたいなものね」
「はい?」
多分、推理作家さんの名前と作品名なんだろうけど、私には、横溝正史を聞いた覚えがあるくらいでよく分からないたとえです、ええ。
それはさておき。
「束になったトランプの中の一枚だけを、念動力で表向きにする、というのでどうかな」
「分かった。とにかくやってみるから、段取りを教えて」
「背中に回すだけだったトランプを、箱に入れる。中を出した道具箱でいいかな。それに向かっておまじないを掛けるポーズをして――」
と、こんな風にレクチャーを重ねて、他にもできることは全てやった。
文芸部の六年から出された条件三つの内、私が掛かり切りになったのは水原さんの分のみだけど、森君も不知火さんも準備万端整えてきた、と思う。
そして勇躍、“対決の場”に赴いた。そこは、文芸部が普段の活動に使っているという六年の教室だった。
「何だこりゃ。アウェイ感が半端ない」
最初に入った森君が言った。続いた私達も、彼の言葉の意味はすぐに分かった。明らかにギャラリーが多いのだ。文芸部の人全員集めても、十五人に満たないはずなのに、通された教室には三十人ぐらいいた。
「これは何ですか?」
水原さんが多少けんか腰の口ぶりで聞く。相手の六年生、えっと、海堂さんが絵に描いたような肩をすくめるポーズから、しれっと答える。
「私達だって知らないよ。私らでちょっと話してたのを聞きつけて、居残っているだけじゃないの」
「こちらは四人で来たのに……」
「別に約束したわけではないでしょ? 全員引き連れてきてもよかったのよ。といっても、せいぜい六、七人でしょうけど」
「確かにそうでした」
言いながら水原さんの手を握って、収拾を付ける。緊張したまま始めるのはよくないけれども、それ以上に冷静さを失ってはだめだ。
「どうでもいいや。早く始めようぜ」
森君が前に進み出た。教卓の両サイドを手でがっしり掴み、演説でも始めそうな調子、態度だ。この人を食ったような言動が功を奏したのかしら、教室内は一気に静かになった。
森君も調子に乗って、咳払いのポーズを挟んで、始める。
「えへん。文芸部の先輩方が出した最初の条件は、クイズを一問作れってことだった。よな?」
「そうよ」
「で、条件を言われたときに解説したように、クイズとパズルとは違うんだな。そのことがもっと分かるようにしようと思ってさ。おたくらは一問だけでいいって言ったけど、二問考えてきた」
「一問だけだと、自信がなかったからじゃなくて?」
海堂さんが混ぜ返すと、森君は簡単に「それもあります」と認めた。
「でも、どちらも悪くはないと思うぜ。文芸部に合わせてテーマを決めてきたから、気に入ってもらえたらありがたいな」
一年先輩を相手にして、やけにカジュアルな、っていうかはっきりと荒っぽい言い種の森君。強がっているようにも見えるけれど、サークルのためにやってくれていると思うと、何だかじんとくる。
「まずは一つ目。クイズかパズルかは言わないから、とりあえず考えてみて」
「分かった。早く出しなさい」
腕組みをして、背もたれに身体を預けるようにもぞもぞと動く海堂さん。外園さんも、他の文芸部の人達も、そして恐らくまるで無関係の六先生達も、それぞれ居住まいを正した。
「第一問。ある小説の粗筋を作ってみたところ四百字ちょうどになり、文字入力した。ところがこれを原稿用紙に書き写すと、どうしても一枚に収まりきらない。何故だろう?」
「は?」
「四百文字が原稿用紙一枚に収まらないなんてある?」
ざわざわとした空気が湖面に広がる波紋のようだ。
「句読点を文字に数えていなかった、とかじゃないだろうね?」
文芸部の男子が手を挙げ、聞いてきた。森君はすぐさま、「もちろん。丸や点を入れて四百ちょうど」と答えた。
「タイトルや名前を入れたらオーバーするから?」
別の男子が解答したけれども、森君は黙って首を横に振る。
外園さんが挙手した。解答するのかと思ったけど、「質問があるわ」と来た。
「どうぞ。受け付けます」
「クイズとパズルの違いって、前に言っていたのは、クイズが知識で解く問題で、パズルは考えて解く問題だったかしら?」
「大雑把に言えば」
「どっちなの? 今のこの問題は」
「ヒントになりますけど、いいんですかー?」
おっと、森君、文芸部の人達が苦戦しているの感じ取ったのかな、挑発するする。
つづく