第222話 魔法には種類がある
文字数 2,036文字
「うわ。凄い」
「何それ。ものすごく強い磁石?」
「超能力のサイコキネシス、だっけ。それみたいに見える」
自分が目撃したときと同等かそれ以上の驚きの反応をみんながする。宗平は何だか我がことのように誇らしくなった。
「言うまでもないけれど、超能力なんかじゃありません。やり方があるのだけれども、それはまだ秘密ってことで許してね。だって、森君に急にやらされたんだもの」
そこまで話すと、佐倉は宗平に向き直り、
「それで? 森君が何を言いたいのかはだいたい想像が付いているけれども、敢えて聞くわよ」
と、若干きつめの口調で言った。
「お、おう」
「このテクニックを使って、犯人は毒薬を天井に張り付けたって言いたいのね?」
「そういうこと。魔法を使わずに、普通に物を天井に張り付けようとしたら、脚立か踏み台を部屋に持ち込んで、その上に立って、終わったらまた片付けてと大変だし、人目に付く。けれども佐倉さんが今やってくれた技術を使えば、あっという間だろ? 天井まで届くかどうかは人それぞれなんだろうけど、マジックができる奴ならその技術を使えてもおかしくはない。当然、魔法を使ったという記録も残らない。いいこと尽くめだぜ」
「つまり、森君が思う犯人は?」
「夢に出て来た連中の内、マジックを得意にしているのがいた。チェリー・ブラムストークだ」
「それって、私に似た雰囲気の女の子だよね」
「ああ。別におまえが犯人と言ってるわけじゃないんだから、悪く受け取るなよな」
「気にしてはないけど」
そう答えた佐倉の頬が膨らんでいる。明らかに気にしている様子である。
それはさておくとして、曲がりなりにも犯人を名指しするところまで辿り着けた。宗平は内心、ほっと安堵するとともに、みんなの反応・判定を待った。主導権を握っているのはやはり水原だから、彼女の発言に特に意識を向ける。
が、なかなか発言しない。仕方なく、宗平の方から口を開いた。
「どう、水原さん? 水原さんの判断が一番気になるんだけどな」
推理を話している途中途中で、水原の反応は悪くないものだった。感心している部分もあったように思う。かように多少の自信があった宗平だが、意外にも水原は「……うーん」と首を傾げた。
「あれ? どこかまずいところあったか?」
「まずいとは言わないけれども……。私、この奇術サークルに入ることに決めたあと、マジックを取り扱ったミステリをいくつか読んだの。新しく読んだり、再読したり。その中で、とある作品に、天井にトランプを張り付けるトリックというかマジックというか、とにかくやり方が出て来るのよね」
「何っ。それまじ?」
思わず疑う口調で聞き返してしまった。案の定、水原は眉をひそめる。
「嘘をついても仕方ないでしょう。――こういうマジックがあること、佐倉さんなら知っているのでは?」
話を振られた佐倉だが、首を左右にふるふると振った。
「ううん、知らなかった。種を聞きたいところだけど……」
「それは……やめておくわ。ネタばらししたくない。特に推理小説は」
「だよね」
最初から分かっていたという風に、しつこくは聞かない佐倉。
でも宗平はそうも言ってられなかった。何せ、自分が披露した方法以外にも毒を天井に張り付ける方法があるんだとしたら、推理が崩れかねない。
「題名だけでいいから、教えてくれないか」
「うーん、どうしようかな。先入観を持って読んで欲しくない気もする……」
小説を書く者としてこだわりがあるのか、難しいことを言う水原。どう言ったら“攻略”できるんだろうかと頭を悩ませる宗平だったが、その苦悩ぶりが表に出たのか、意外にも不知火が助け船を出した。
「水原さん。その作品を書いた作者の名前だけでも、だめですか」
「あっ、作者名なら全然かまわない。だって、その人はマジックを題材に取った推理小説を書くことで有名で、第一人者と言ってよい存在だから」
「だったら、教えてあげましょう」
不知火がにっこりして促すと、水原はすんなり答えた。
「泡坂妻夫 という作家よ。どんな字を書くかは」
前に出て板書した水原。その字を見て佐倉が、「あ、私知ってた。でも作品の方が分からない」とつぶやく。
宗平はメモを取りながら水原に聞いてみた。
「その小説に出て来るトリックと同じ方法で、毒を天井に張り付けられそうなのかな」
「どうかしら。毒の材質によるかも。あんまり脆いと無理かもしれない」
「ふーん」
彼女の言葉をヒントにして、あれこれ想像を巡らせる。
そうこうする内に他のみんなも興味がわいてきたのか、「読んでみたい」と声が上がるようになった。
「その作家の名前と“天井”“トランプ”辺りでネット検索すれば、作品のタイトルも出て来る?」
木之元が尋ねると、水原ははっとしたような表情になり、「確実に見付かるわ」と何故か苦笑いを浮かべて答えた。
つづく
「何それ。ものすごく強い磁石?」
「超能力のサイコキネシス、だっけ。それみたいに見える」
自分が目撃したときと同等かそれ以上の驚きの反応をみんながする。宗平は何だか我がことのように誇らしくなった。
「言うまでもないけれど、超能力なんかじゃありません。やり方があるのだけれども、それはまだ秘密ってことで許してね。だって、森君に急にやらされたんだもの」
そこまで話すと、佐倉は宗平に向き直り、
「それで? 森君が何を言いたいのかはだいたい想像が付いているけれども、敢えて聞くわよ」
と、若干きつめの口調で言った。
「お、おう」
「このテクニックを使って、犯人は毒薬を天井に張り付けたって言いたいのね?」
「そういうこと。魔法を使わずに、普通に物を天井に張り付けようとしたら、脚立か踏み台を部屋に持ち込んで、その上に立って、終わったらまた片付けてと大変だし、人目に付く。けれども佐倉さんが今やってくれた技術を使えば、あっという間だろ? 天井まで届くかどうかは人それぞれなんだろうけど、マジックができる奴ならその技術を使えてもおかしくはない。当然、魔法を使ったという記録も残らない。いいこと尽くめだぜ」
「つまり、森君が思う犯人は?」
「夢に出て来た連中の内、マジックを得意にしているのがいた。チェリー・ブラムストークだ」
「それって、私に似た雰囲気の女の子だよね」
「ああ。別におまえが犯人と言ってるわけじゃないんだから、悪く受け取るなよな」
「気にしてはないけど」
そう答えた佐倉の頬が膨らんでいる。明らかに気にしている様子である。
それはさておくとして、曲がりなりにも犯人を名指しするところまで辿り着けた。宗平は内心、ほっと安堵するとともに、みんなの反応・判定を待った。主導権を握っているのはやはり水原だから、彼女の発言に特に意識を向ける。
が、なかなか発言しない。仕方なく、宗平の方から口を開いた。
「どう、水原さん? 水原さんの判断が一番気になるんだけどな」
推理を話している途中途中で、水原の反応は悪くないものだった。感心している部分もあったように思う。かように多少の自信があった宗平だが、意外にも水原は「……うーん」と首を傾げた。
「あれ? どこかまずいところあったか?」
「まずいとは言わないけれども……。私、この奇術サークルに入ることに決めたあと、マジックを取り扱ったミステリをいくつか読んだの。新しく読んだり、再読したり。その中で、とある作品に、天井にトランプを張り付けるトリックというかマジックというか、とにかくやり方が出て来るのよね」
「何っ。それまじ?」
思わず疑う口調で聞き返してしまった。案の定、水原は眉をひそめる。
「嘘をついても仕方ないでしょう。――こういうマジックがあること、佐倉さんなら知っているのでは?」
話を振られた佐倉だが、首を左右にふるふると振った。
「ううん、知らなかった。種を聞きたいところだけど……」
「それは……やめておくわ。ネタばらししたくない。特に推理小説は」
「だよね」
最初から分かっていたという風に、しつこくは聞かない佐倉。
でも宗平はそうも言ってられなかった。何せ、自分が披露した方法以外にも毒を天井に張り付ける方法があるんだとしたら、推理が崩れかねない。
「題名だけでいいから、教えてくれないか」
「うーん、どうしようかな。先入観を持って読んで欲しくない気もする……」
小説を書く者としてこだわりがあるのか、難しいことを言う水原。どう言ったら“攻略”できるんだろうかと頭を悩ませる宗平だったが、その苦悩ぶりが表に出たのか、意外にも不知火が助け船を出した。
「水原さん。その作品を書いた作者の名前だけでも、だめですか」
「あっ、作者名なら全然かまわない。だって、その人はマジックを題材に取った推理小説を書くことで有名で、第一人者と言ってよい存在だから」
「だったら、教えてあげましょう」
不知火がにっこりして促すと、水原はすんなり答えた。
「
前に出て板書した水原。その字を見て佐倉が、「あ、私知ってた。でも作品の方が分からない」とつぶやく。
宗平はメモを取りながら水原に聞いてみた。
「その小説に出て来るトリックと同じ方法で、毒を天井に張り付けられそうなのかな」
「どうかしら。毒の材質によるかも。あんまり脆いと無理かもしれない」
「ふーん」
彼女の言葉をヒントにして、あれこれ想像を巡らせる。
そうこうする内に他のみんなも興味がわいてきたのか、「読んでみたい」と声が上がるようになった。
「その作家の名前と“天井”“トランプ”辺りでネット検索すれば、作品のタイトルも出て来る?」
木之元が尋ねると、水原ははっとしたような表情になり、「確実に見付かるわ」と何故か苦笑いを浮かべて答えた。
つづく