第263話 到着したけれども
文字数 2,115文字
話し合っても決着が付きそうになく、長々と時間を掛けた末に、作るのは班単位なんだから班の中で多数決を採って決めましょうっていう結論になった。「どうしても辛口は無理!」とかいう人は、甘口の班に分けてもらうってことで。
だったらいっそのこと、カレーの好みで班分けした方がよかったかもね、なんて冗談が出たのを覚えている。
それはさておき。
「日本酒の味のせいで、宝探しについて教えてもらえなくなったんですか」
朱美ちゃんが話題を本筋に戻した。
「いや。それ以前からだな。多少の想像が入るんだけど、伯父は僕が宝そのものを狙っていると警戒しているみたいなんだよ。勘違いだってのに」
ああー、それは無理ないことなのかも。宝探しについて根掘り葉掘り聞いたって言ってたくらいだから、だいぶしつこかったんじゃないかしら。最初は気前よく答えていた伯父さん――桂崎さんも、だんだんと疑るようになって、今に至ると。あれ? でも……。
「今日、桂崎さんのお手伝いをされているのは、どうしてなんですか?」
桂崎さんが実朝さんを疑っているのなら宝探しに少しでも関わる事柄の手伝いを頼もうとはしないものだろうし、実朝さんの方もあらぬ疑いを掛けられているのなら、頼まれたって手伝いを引き受けはしないんじゃあないのかな?
私がそういう意味のことを補足して尋ねると、実朝さんは「さすがマジックをやるだけのことはあるなあ。色々と細かい」と、またしても感心したような口ぶりになった。私達みたいな子供の話を、本気で聞いてくれているのは嬉しい。ただ、推理漫画の原作を考えるのが仕事だって聞いたあとだと、何だか観察されている気がしないでもないなー。
「君達にどのていど話が伝わっているのか、僕はよく知らないんだが、伯父は宝そのものはほとんど信じちゃいない」
「あ、それなら伺っています」
「だったら話が早い。伯父は、この宝探しが子供向けのものなんだよと示したくて、僕を手伝わせたんじゃないかと思う。宝なんかに心を砕いてないで、本業に力を入れろって忠告を込めてさ。こっちはこっちで、宝自体を欲しがってる訳ではないってのに。噛み合わない」
「そこは考え方次第じゃないですかー?」
宝の存在を一番信じたがっているであろう、朱美ちゃんが言った。どことなく、井戸端会議で噂話に花を咲かせる近所のおばさんというイメージだ。
「お二人とも宝に興味がないという点では、一致を見ているんだから、息が合っているとも言えるって」
「それもそうだ、ははは。誤解さえ解消すれば、仲直りはすぐというわけだ」
「そうです。そして宙に浮いた宝物は、私達が」
調子を合わせつつも“欲望”を隠さず、きししと笑う朱美ちゃん。まあ、探すべきお宝が何であろうと、見付けることが出来たら、お裾分けには期待しちゃうけど。
と、おしゃべりに花を咲かせていると、三十分なんてあっという間に経つ。山道をぐるぐる回って少し上ったかなと思ったら、開けた平らな場所に出た。平屋だけど立派な日本家屋が真正面に見える。茅葺き屋根は手入れして間もないのか、随分きれいだ。
「ちょっとだけ待っててね」
実朝さんは車の向きを変えて、家屋に横付けすると私達を下ろした。それからまた少し車を移動させ、家の前の原っぱに駐車する。他にもう一台、白の軽トラックが駐まっていた。
降りた実朝さんが車に鍵を掛け、こちらに向かってくる。それまでの短い間に、朱美ちゃんが囁いてきた。
「これはほんとに期待できそう」
「え、何で」
「ほら、あそこに見えるの、蔵みたいでしょ」
肩越しに後ろを指差す朱美ちゃん。私と森君は振り返って、ちらっと見た。なるほど、白壁で三角瓦屋根と来れば、確かに蔵っぽい。でも詳しく見ているいとまはなく、実朝さんがやって来た。
「車の中に忘れ物はないね?」
「あ、はい,大丈夫です」
「ではとりあえず、上がってもらうとしようか。それにしても……伯父は出て来ず、か。どうかしたのかな」
怪訝そうに言って立ち止まり、玄関から右手方向に視線を動かす実朝さん。外観から見て取れる廊下や窓の位置から推して、そちらの方にある部屋のどこかに伯父――桂崎篤仁さんがいるんだよね、きっと。もしそうなら、車の音や私達の話し声なんかで到着したのは分かるはず、到着に気付いたら何を置いても顔を出すはず、という理由で、実朝さんは訝しんでいる……?
「おーい、伯父さん。かわいいお客さん達を放って、どうしたんです?」
気を取り直したみたいにおどけた口ぶりになって、実朝さんが声を張りながら玄関先まで歩を進める。私達も続いた。
実朝さんががらり戸をスライドさせる。造りがいいのか、手入れが行き届いているのか、たいして音はしなかった。
「ただいま戻りましたよ、と。変だな。君達の手品を特に楽しみにしていたから、飛んでくると思ったのに。それに伯父の家なんだから、一応、形だけでも挨拶してからじゃないと上がってもらいにくいじゃないか。――すまないね、ここに来てもたついてしまって」
「いえ。その、片付けに手間取っているんじゃあないでしょうか」
ふと浮かんだことを口にしてみる。当たっているなら、お手伝いしてもいいかな。
だったらいっそのこと、カレーの好みで班分けした方がよかったかもね、なんて冗談が出たのを覚えている。
それはさておき。
「日本酒の味のせいで、宝探しについて教えてもらえなくなったんですか」
朱美ちゃんが話題を本筋に戻した。
「いや。それ以前からだな。多少の想像が入るんだけど、伯父は僕が宝そのものを狙っていると警戒しているみたいなんだよ。勘違いだってのに」
ああー、それは無理ないことなのかも。宝探しについて根掘り葉掘り聞いたって言ってたくらいだから、だいぶしつこかったんじゃないかしら。最初は気前よく答えていた伯父さん――桂崎さんも、だんだんと疑るようになって、今に至ると。あれ? でも……。
「今日、桂崎さんのお手伝いをされているのは、どうしてなんですか?」
桂崎さんが実朝さんを疑っているのなら宝探しに少しでも関わる事柄の手伝いを頼もうとはしないものだろうし、実朝さんの方もあらぬ疑いを掛けられているのなら、頼まれたって手伝いを引き受けはしないんじゃあないのかな?
私がそういう意味のことを補足して尋ねると、実朝さんは「さすがマジックをやるだけのことはあるなあ。色々と細かい」と、またしても感心したような口ぶりになった。私達みたいな子供の話を、本気で聞いてくれているのは嬉しい。ただ、推理漫画の原作を考えるのが仕事だって聞いたあとだと、何だか観察されている気がしないでもないなー。
「君達にどのていど話が伝わっているのか、僕はよく知らないんだが、伯父は宝そのものはほとんど信じちゃいない」
「あ、それなら伺っています」
「だったら話が早い。伯父は、この宝探しが子供向けのものなんだよと示したくて、僕を手伝わせたんじゃないかと思う。宝なんかに心を砕いてないで、本業に力を入れろって忠告を込めてさ。こっちはこっちで、宝自体を欲しがってる訳ではないってのに。噛み合わない」
「そこは考え方次第じゃないですかー?」
宝の存在を一番信じたがっているであろう、朱美ちゃんが言った。どことなく、井戸端会議で噂話に花を咲かせる近所のおばさんというイメージだ。
「お二人とも宝に興味がないという点では、一致を見ているんだから、息が合っているとも言えるって」
「それもそうだ、ははは。誤解さえ解消すれば、仲直りはすぐというわけだ」
「そうです。そして宙に浮いた宝物は、私達が」
調子を合わせつつも“欲望”を隠さず、きししと笑う朱美ちゃん。まあ、探すべきお宝が何であろうと、見付けることが出来たら、お裾分けには期待しちゃうけど。
と、おしゃべりに花を咲かせていると、三十分なんてあっという間に経つ。山道をぐるぐる回って少し上ったかなと思ったら、開けた平らな場所に出た。平屋だけど立派な日本家屋が真正面に見える。茅葺き屋根は手入れして間もないのか、随分きれいだ。
「ちょっとだけ待っててね」
実朝さんは車の向きを変えて、家屋に横付けすると私達を下ろした。それからまた少し車を移動させ、家の前の原っぱに駐車する。他にもう一台、白の軽トラックが駐まっていた。
降りた実朝さんが車に鍵を掛け、こちらに向かってくる。それまでの短い間に、朱美ちゃんが囁いてきた。
「これはほんとに期待できそう」
「え、何で」
「ほら、あそこに見えるの、蔵みたいでしょ」
肩越しに後ろを指差す朱美ちゃん。私と森君は振り返って、ちらっと見た。なるほど、白壁で三角瓦屋根と来れば、確かに蔵っぽい。でも詳しく見ているいとまはなく、実朝さんがやって来た。
「車の中に忘れ物はないね?」
「あ、はい,大丈夫です」
「ではとりあえず、上がってもらうとしようか。それにしても……伯父は出て来ず、か。どうかしたのかな」
怪訝そうに言って立ち止まり、玄関から右手方向に視線を動かす実朝さん。外観から見て取れる廊下や窓の位置から推して、そちらの方にある部屋のどこかに伯父――桂崎篤仁さんがいるんだよね、きっと。もしそうなら、車の音や私達の話し声なんかで到着したのは分かるはず、到着に気付いたら何を置いても顔を出すはず、という理由で、実朝さんは訝しんでいる……?
「おーい、伯父さん。かわいいお客さん達を放って、どうしたんです?」
気を取り直したみたいにおどけた口ぶりになって、実朝さんが声を張りながら玄関先まで歩を進める。私達も続いた。
実朝さんががらり戸をスライドさせる。造りがいいのか、手入れが行き届いているのか、たいして音はしなかった。
「ただいま戻りましたよ、と。変だな。君達の手品を特に楽しみにしていたから、飛んでくると思ったのに。それに伯父の家なんだから、一応、形だけでも挨拶してからじゃないと上がってもらいにくいじゃないか。――すまないね、ここに来てもたついてしまって」
「いえ。その、片付けに手間取っているんじゃあないでしょうか」
ふと浮かんだことを口にしてみる。当たっているなら、お手伝いしてもいいかな。