第38話 好きなことに差はつけられない

文字数 2,189文字

 陽子ちゃんの反応に、不知火さんは嫌な顔をせず、むしろその返しを待っていましたとばかりに言葉をつなぐ。
「それでは質問しますが、何故、時という一文字で『と』と読ませるのですか」
「はい? ……あ、そうか。普通に読むなら、時計は『ときけい」になっちゃう』
「それか『じけい』だよね」
 私も考え、思い付いたことを口にしてみる。
 不知火さんはノートと鉛筆を出してきて、書く準備をしてから話を再開した。
「普通では読めない読み方をしているのは、当て字の可能性があるということです。『とけい』は元々、『土圭』でした」
 ノートに記される土圭という文字。
「この土圭は古い時代の中国で影や方角を測るための物で、土に立てた塔というイメージみたいですね。それが日本に伝わり、日時計を意味するようになります。時代が流れて、機械で作られた時計が日本に入ってくるようになりますが、その時点では土圭とは呼ばれずに、『自鳴鐘』か『時計(ときはかり)」が用いられました」
「おっ。『時計』が登場した」
「それからまた時代が進んで幕末から明治初期になってようやく、日時計も機械時計も区別せずに『とけい』と呼ばれ始めます。その時点では、漢字表記はたくさんあったみたいですが、その中の一つに『ときはかり』から転じた『時計』があった。これが定着して、今では『とけい』といえば『時計』と書くようになりました」
「ふうん、面白いねえ」
「うん、言葉が生き物だって実感する」
 口々に短い感想を述べると、不知火さんはほんと嬉しそうに、にこにこした。
「そんなことにまで詳しいってことは、不知火さんは、新語とかカタカナ語とかは嫌い?」
 陽子ちゃんが問うと、不知火さんは笑顔のまま首を横に振った。
「私は新しい言葉も好きです。ただ、『言葉は生き物だから』と言って、昔からの言葉、古い表現を“殺した”くはありません。どの言葉も自由に操れるくらいになりたい」
「ほへー。難しいこと考えてるんだねえ」
「難しくはないです。普段からちょっと気に掛けているだけで、どんどん知りたい気持ちが増す。そこが少々厄介ですが」
 不知火さんを見ていると、彼女の言葉という物に対する思いというか情熱は、私のマジックに対する情熱と同じに思えてくる。それは凄くいいことだと感じる。ただ、そんな不知火さんが奇術サークルに入って、満足できるのかなとちょっぴり不安にもなった。

「佐倉~。さっき内藤に聞かれたんだけど」
 お昼休みになって、森君が声を掛けてきた。給食を五分ぐらいでもう食べ終わったみたい。私の方はコッペパンの端っこを食べたところで、まだまだなのにお構いなし。普通なら怒ってもよさそうな場面だけども、委員長の内藤君の名前を出されると気になる。
「委員長が何?」
「明日の金曜、クラブの授業があるだろ。あれに間に合うのかって話」
「……先生、何も言ってなかった」
 忘れていたわけではないけど、どうするんだろ。もしかして、私達に任せるみたいな発言を繰り返していたのは、文字通りの意味? 私達が勝手に準備して、やってくれていいとか? でも、どの教室を使えるのか決まってないのに。
 焦りが一気に湧き上がって、私は給食を急いで食べ始めた。急食、だなんて洒落ている場合じゃない。喉に詰まらせないように、パンを小さくちぎって、牛乳で流し込む。味わえなくてごめんなさい。
「おい、大丈夫か」
「しょうがないの。食べ終わらない内に立つと注意されるかもしれないから」
 五分あまり掛けてやっと食べ終わって、トレイと食器を元の位置に戻すと、私は先生の席に向かった。
「相田先生! クラブのことでお話が」
「ああ。申請のことなら言った通り、OK出そうだ」
「それは嬉しいんですけど、そうじゃなくって。明日のクラブの時間、どうなるんですか?」
「任せるよ」
 ああ、やっぱり~。
「ただ、初回だから挨拶をして、これからどんな風に進めていくつもりなのかっていう方針を話すだけでもいいんじゃないか。いきなり気合い入れすぎて、後が続かないってことにでもなったら格好が付かない」
「挨拶とそれだけで、四十五分ももちませんよ」
「残った時間は、質問や要望を受け付けるコーナーにするとか。ああ、何にも知らない先生に手ほどきをして、手品が一つできるようになるのを見せる、とかでもいいぞ」
 自分自身を指差しながら、相田先生は呑気なことを言った。
 相田先生ってどれくらい器用なんだろう、それのどの程度マジックに本気で興味を持ってもらえてるんだろう……と一応、頭の中で想像した。してみたものの、四十五分間で人前で演じられるレベルに持って行く自信が今の私にはない。
「やっぱり、みんなを相手に私が教えてみます。自分自身、どのくらい教えられるのかよく分からないですし。時間をどれくらい取るのかも」
「そうか。それもいいな。準備期間が長くてやきもきするよりは、ぶっつけ本番の方が思い切ってやれるだろ」
 何となく、失敗することを前提に言われているような気がしないでもなし。とにかく、言い切ったからにはあれこれ悩んでも無意味だ。教えることのできる演目をリストアップしなくちゃ。明日すぐ、前もって用意する道具なしに、誰でも簡単にできる……条件きつめだけどやってみよう。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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