第208話 本人だけ気付かない
文字数 2,056文字
一夜明けて朝を迎え、学校に着くまではすっかり忘れていたけれども、何かの拍子にふとシュウさんからの電話の内容が思い返された。
金曜日にレクチャーしてもらうのは最初の約束にはなかったことだ。だからサークルのみんなにわざわざ報告する必要はないのかもしれない。だけど、じきに金曜が巡ってくるし。
「――というわけで、シュウさんが来てくれるのって火曜日だけになったわ」
とりあえず、陽子ちゃんに話した。クラスが同じで席が近いっていうそれだけの理由なんだけどね。
「ふうん。残念だけど、仕方がないよね」
「みんなもこれでいいと言ってくれるかな」
「大丈夫でしょ。元々、火曜日だけだったんだから。そんなことよりも、今聞いた話って、やたらと余計なことがくっついていた気がしたわ」
「うん? 余計な話なんてしたつもりは。金曜に来られなくなる理由を説明するためには、全部必要だったと思う」
「その高校の演劇部に頼まれたからっていうのはその通りだけど、そこの部長さんと副部長さんが女子だっていうのは別になくてもかまわないと思うよ?
「そう、かな」
「それにシュウさん師匠を誘いに来た人が女子だっていうのも、同じくいらない」
「いらないと言ったって、そう聞いたから、そのまま伝えたの。それだけだよ」
「じゃあ、シュウさんが演劇部の人達の前でやって見せた演目は?」
「え?」
陽子ちゃんの質問に、不意を突かれた心地になった。私は目を見開いていた(多分)。
「答えられない?」
「うん、聞いていないから」
「そうなんだ。いるいらないの重要さで言ったら、演目の方が知りたい気がしない?」
「確かにそうだけど」
昨日、本当にシュウさんに聞かなかったっけ? でも演目を一つも思い出せないってことは、たとえ聞いていても聞かなかったのと同じだ。
「マジック大好きなあなたがどうかしちゃった、サクラ?」
「うーん、どうかしてると言えばどうかしてるのかなあ」
昨日からどことなく何となく、調子が変なのは認める。知らず、腰の両サイドに手を当てて、首を傾げていた。
そうしていると不知火さんと水原さんがやって来た。
「おはようございます」
相変わらず丁寧な口ぶりの不知火さん。私も陽子ちゃんもつられて、おはようございますと丁寧に返した。
「何かあったのでしょうか。先ほどから、佐倉さんがしきりに首を捻っているように見えたので心配に……」
み、見られてたのね。
「たいしたことじゃないよ。心配する必要なんてなし! それよりもサークル活動について臨時のお知らせがあるわ」
「え、急だね。ちょっと待って」
水原さんがメモを取ろうと準備を始めたから、またまた慌てて止めた。
「そんなメモを取るほどのことじゃないから、仕舞っていいよ。実はシュウさんの金曜日のレクチャーが」
私は今さっき陽子ちゃんにしたばかりの話を、ほとんどそのまま二人にも話して聞かせた。
「――こんな具合だから、師匠のレクチャーは火曜日に集中してやってもらうことになりました。以上、よろしくです」
事務的に伝えた。そのつもりだったんだけど、不知火さん達も陽子ちゃんと同じように、何か気になった様子が窺えた。不知火さんと水原さんが額をつき合わせて、ちょっとだけひそひそと声を交わしたように見えたの。
私は「え? 何なに? どうしたのよ二人とも~」と、変な緊張を覚えながら言った。
すると不知火さんが代表する形で、
「どうしたのかと問われるのでしたら答えます。木之元さんも感付いているでしょうし」
と意味ありげな台詞を口にする。陽子ちゃんと同じ感想を持ったってことらしい。
「でも、自覚がないみたいだから、気付くまでそっとしておく方がいいのかも」
水原さんが不知火さんにささやく。
「いえ。こーゆーのは引っ張っても何の益もありません。早い段階ではっきりさせておかないと、あとで大やけどを負う羽目になりかねない」
「何か凄い自信。もしかして経験者?」
不知火さんの強い調子に、陽子ちゃんが笑いながら質問した。対する不知火さん、顔の前で片手を振って返事する。
「いえいえ。実際の経験はありませんが、古今の少女漫画を読みあさった経験ならあります。そこから得た結論ですよ。早いに越したことはありません。というわけで佐倉さん」
「は、はい」
「佐倉さんは師匠――秀明さんを好きだから、あの人に近付く女子の存在が気になってたまらない……違いますか?」
「……」
言われたことを頭の中で整理し、理解するのに何秒かかかった。
「佐倉さん?」
不知火さんに名を呼ばれて我に返る。彼女だけでなく、陽子ちゃんと水原さんも返事を興味津々、待っている感じ。
私は思ったことを正直に言葉にした。
「えっと。半分だけ当たりかなって」
「半分とは」
「私がシュウさんを好きだってところ。マジックを教えてくれるし、優しいし。元をただせば、私のマジック好きはシュウさんの影響だからね」
つづく
金曜日にレクチャーしてもらうのは最初の約束にはなかったことだ。だからサークルのみんなにわざわざ報告する必要はないのかもしれない。だけど、じきに金曜が巡ってくるし。
「――というわけで、シュウさんが来てくれるのって火曜日だけになったわ」
とりあえず、陽子ちゃんに話した。クラスが同じで席が近いっていうそれだけの理由なんだけどね。
「ふうん。残念だけど、仕方がないよね」
「みんなもこれでいいと言ってくれるかな」
「大丈夫でしょ。元々、火曜日だけだったんだから。そんなことよりも、今聞いた話って、やたらと余計なことがくっついていた気がしたわ」
「うん? 余計な話なんてしたつもりは。金曜に来られなくなる理由を説明するためには、全部必要だったと思う」
「その高校の演劇部に頼まれたからっていうのはその通りだけど、そこの部長さんと副部長さんが女子だっていうのは別になくてもかまわないと思うよ?
「そう、かな」
「それにシュウさん師匠を誘いに来た人が女子だっていうのも、同じくいらない」
「いらないと言ったって、そう聞いたから、そのまま伝えたの。それだけだよ」
「じゃあ、シュウさんが演劇部の人達の前でやって見せた演目は?」
「え?」
陽子ちゃんの質問に、不意を突かれた心地になった。私は目を見開いていた(多分)。
「答えられない?」
「うん、聞いていないから」
「そうなんだ。いるいらないの重要さで言ったら、演目の方が知りたい気がしない?」
「確かにそうだけど」
昨日、本当にシュウさんに聞かなかったっけ? でも演目を一つも思い出せないってことは、たとえ聞いていても聞かなかったのと同じだ。
「マジック大好きなあなたがどうかしちゃった、サクラ?」
「うーん、どうかしてると言えばどうかしてるのかなあ」
昨日からどことなく何となく、調子が変なのは認める。知らず、腰の両サイドに手を当てて、首を傾げていた。
そうしていると不知火さんと水原さんがやって来た。
「おはようございます」
相変わらず丁寧な口ぶりの不知火さん。私も陽子ちゃんもつられて、おはようございますと丁寧に返した。
「何かあったのでしょうか。先ほどから、佐倉さんがしきりに首を捻っているように見えたので心配に……」
み、見られてたのね。
「たいしたことじゃないよ。心配する必要なんてなし! それよりもサークル活動について臨時のお知らせがあるわ」
「え、急だね。ちょっと待って」
水原さんがメモを取ろうと準備を始めたから、またまた慌てて止めた。
「そんなメモを取るほどのことじゃないから、仕舞っていいよ。実はシュウさんの金曜日のレクチャーが」
私は今さっき陽子ちゃんにしたばかりの話を、ほとんどそのまま二人にも話して聞かせた。
「――こんな具合だから、師匠のレクチャーは火曜日に集中してやってもらうことになりました。以上、よろしくです」
事務的に伝えた。そのつもりだったんだけど、不知火さん達も陽子ちゃんと同じように、何か気になった様子が窺えた。不知火さんと水原さんが額をつき合わせて、ちょっとだけひそひそと声を交わしたように見えたの。
私は「え? 何なに? どうしたのよ二人とも~」と、変な緊張を覚えながら言った。
すると不知火さんが代表する形で、
「どうしたのかと問われるのでしたら答えます。木之元さんも感付いているでしょうし」
と意味ありげな台詞を口にする。陽子ちゃんと同じ感想を持ったってことらしい。
「でも、自覚がないみたいだから、気付くまでそっとしておく方がいいのかも」
水原さんが不知火さんにささやく。
「いえ。こーゆーのは引っ張っても何の益もありません。早い段階ではっきりさせておかないと、あとで大やけどを負う羽目になりかねない」
「何か凄い自信。もしかして経験者?」
不知火さんの強い調子に、陽子ちゃんが笑いながら質問した。対する不知火さん、顔の前で片手を振って返事する。
「いえいえ。実際の経験はありませんが、古今の少女漫画を読みあさった経験ならあります。そこから得た結論ですよ。早いに越したことはありません。というわけで佐倉さん」
「は、はい」
「佐倉さんは師匠――秀明さんを好きだから、あの人に近付く女子の存在が気になってたまらない……違いますか?」
「……」
言われたことを頭の中で整理し、理解するのに何秒かかかった。
「佐倉さん?」
不知火さんに名を呼ばれて我に返る。彼女だけでなく、陽子ちゃんと水原さんも返事を興味津々、待っている感じ。
私は思ったことを正直に言葉にした。
「えっと。半分だけ当たりかなって」
「半分とは」
「私がシュウさんを好きだってところ。マジックを教えてくれるし、優しいし。元をただせば、私のマジック好きはシュウさんの影響だからね」
つづく