第20話 ペンは金よりも強し

文字数 2,099文字

「え?」
「森君には、ちゃんと見せてなかったなと思ってたから」
「――見せて、やっぱり入るのやめた、とならないように注意しろよ」
 うう。プレッシャーを掛けてくる。ここは一つ、道具に頼ろう。私は手のひらを上向きにして、左手を前に出した。
「何だ? お手か?」
「違う。お金を貸して」
「金取るのかよ」
「だから違うっ。貸してって言ったでしょ」
「いくら出しゃいい?」
「お札なら何でも」
「高いな」
 ぶつぶつ言いながらも、腰を上げた森君は、机の抽斗を開けて、そこからお年玉らしきポチ袋を出した。と、振り返られて目が合った。
「わ、見んなよ」
「そういうのは最初に言ってよ」
「……ほら」
 千円札が来た。こっちはすでに準備完了。マジックを始めると言った相手に、背中を向けるとは油断しすぎだよ森君。
「じゃ、私はこっちの端を持つから、森君は反対側の端を持って」
 千円札の短い方の辺、その真ん中を左手の人差し指と親指とで持つ。森君も私の真似をして持った。
「それでは、お札の真ん中辺りをよく見ていてね、っと」
 言い終わるや否や、私は右腕をすっと高く上げて、千円札の真ん中、透かしのあるスペースに向けて、ペンを振り下ろした。そう、シュウさんからもらったばかりのマジックグッズ。短い時間とは言え、練習を重ねたから自信がある。
「え――うわ」
 のけぞる森君。あんまり力一杯ひっくり返られると、お札が破けかねないので気を付けないと。尤も、引っ張る力にはかなり強いよね、日本の紙幣って。
「おまっ、やぶ――」
 びっくりして手を離してくれた。ちょうどいいわ。
「ご覧のように、ペンがお札を突き抜けてしまいました」
「いや、しまいましたじゃねえよ」
 顔を近付けてくる森君。私はお札を立てて、裏側も見せた。ペン先が出ている。
「間違いなく、貫通してるでしょ?」
「俺は間違いであって欲しいと思ってるぞ」
 うまいこと言う。分かっていてこう言ってくれたのなら、アシスタントとして最高だわ。
 私は再び、端っこを持つように言った。
「もし破けてたら、おまえの千円札と交換だからな」
 予定していた段取りと違うけど、ここはアドリブで。
「はいはい。マジシャンに掛かれば、こんな物はじきに元通りに」
 お札のペンの刺さった辺りに、おまじないを掛ける手つきをやってから、森君に言う。
「森君も言って。『戻れ、ごま!』」
「へ?」
「戻れ、ごま!」
「……も、戻れ、ごま……」
「もう、元気ないなー。こうよ。戻れ、ごま!」
 一際大きな声で言うと同時に、私はお札からペンを引き抜いた。
「どう?」
 お札は森君の手元にある。
「破れてない。穴もあいてない」
 森君はお札を表裏ひっくり返し、透かしの辺りをさすりながら言った。
「すげー」
 感心と尊敬が入り混じった目付きで見てくれてるけれども、これは道具のおかげなのだ。はっきり言っておかなくちゃ。
「驚いてくれてとっても嬉しいんですが、このマジックは道具ありきだから」
「道具ったって、ペンと千円札だけじゃん。千円札は俺のだから違うし」
「うん。だからこれに秘密がある」
「普通のペンにしか見えないけど」
「普通じゃないペンに見えたら、マジックにならないよ」
「そりゃそうだ。……手に取って見せてくれていったら、見せてくれるか?」
「残念だけどそれは無理」
「だよなー、マジシャンはケチだからなー」
 あぐらをかいて座った姿勢のまま、器用に身体を回してこちらに背中を向けかける森君。だけど、私は見逃さなかった。森君の視線が、奇術道具のペンに残っていることを。
「――っと」
 水平方向にぐるっと回る勢いを利して、再び前を向いた森君、いきなり手を伸ばしてきた! 予測できていた私は、ペンを取られる寸前で腕を引っ込めて回避。しつこく迫ってくる森君を、今度は両腕を頭より高く上げて防戦する。
「だめだよー」
「いいじゃんか。同じサークルだろ」
 そのままの姿勢で立ち上がる。幸い、身長は私の方が少しだけ高い。
「だめ」
「見せろ」
「だーめ。秘密」
「何で。見せるくらいならいいだろ。減るもんじゃなし」
「一回見たら終わりだから。マジックは種が命」
 私がそう言った直後に、開け放したままの部屋のドアが、コンコンとノックされた。
「話し声だけ聞いてたら、宗平が迫ってるみたいで驚いたわよ」
 森君のお母さんがお茶のお菓子をお盆に載せて、立っていた。かなり本格的な紅茶セットだった。

「話は分かったわ。うん、宗平が悪い」
 お母さんに断定されて、森君は「どーして」と反発したけれども、種を知ったらもう驚けなくなるでしょうがと諭され、静かになった。
 私は私で、さっきまでの森君とのやり取りを思い返し、そうか、迫られている見たいに聞こえなくもないんだわと、赤面する思い。折角の紅茶にも口を着けられない(不知火さんのところで飲んだからというのもある)。
「ところで佐倉さん」
「ははい?」
 森君のお母さんに名前を呼ばれて、また緊張してきた。何を言われるんだろ。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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