サイドストーリー:火と水の邂逅 その2

文字数 2,407文字

 同じ頃、クラスの佐倉さんが奇術クラブもしくはサークルを新設しようと、奔走していた。
 奇術つまりマジックといえば、推理小説とも関係が深い。奇術師としても有名な推理作家として、日本では泡坂妻夫、外国ではクレイトン・ロースンという偉大な先達がいるし、マジックを趣味にしている推理作家は大勢いて、作品にマジックを取り入れた物も多い。……大人向けの本しかなくて、まだ読めていない作品がほとんどなんだけど。
 文芸部がなかったら、奇術クラブでもよかったな、なんて思いながら佐倉さんの勧誘を傍から見ていた。
 驚いたのは、三人目の入部候補者があの不知火さんだと知ったときだ。そんなタイプには見えなかった。どこかに入るんだとしたら、文芸部だと思っていた。確かに、ミステリのトリックを集めた本を手に取ろうとはしていたけれども、マジックに興味があるなんて。
 それからまたしばらく経って、五月の連休も明けて、半ばが過ぎた頃。
 私は文芸部を続けるか辞めるか、迷っていた。辞めるのであれば、本格的スタートを切る前に決断すべきだったのだけど、授業としてのクラブ活動もあるため、辞めるに辞められなかった。そのままみんなに合わせてずるずると続けることは、できなくはないけれども、張り合いがないと痛切に感じていた。
 佐倉さんの仲間集めは、期限ぎりぎりで人数もサークルとして認められるぎりぎりの発足者プラス五名を確保できたと聞いた。その活動ぶりが気になって、知りたかった。できたてほやほやの奇術サークルは見学の機会が当然なかったわけで、今になって見学させて欲しいと言い出していいものかどうかも分からなかった。
 だから奇術サークルについて知るには、サークルの人達が会話している内容に聞き耳を立てるくらいしかなかった。連休に早くもショーを観に行ったことや、普段の活動では佐倉さんが中心になって教えているが、近く、何とかという人が教えてに来る予定だと分かった。できたばかりにしては、かなり活発だ。それも予算の支給がないサークルでこれは凄い。素直に感心した。
 そんな“聞き耳”活動の最中、スマートフォンが学校で使えればいいのに、サークルの連絡を取り易くなるというような話題になっていた。二時間目のあとの大休みの時間のことだった。「持ってない人の方が多いし、難しい」「学校にいる間はいらないっていう考え方もできる」なんて話が出て、一段落がついたとき。不知火さんがふと思い立ったように話し出した。
「そういえば、スマートフォンを日本語で表すと、どうなるのか考えたことあります?」
「ええ? そんなのないよ」
 佐倉さんと木之元さんが声を揃えて言い、少し離れたところで机の上に座っていた森君が、「そんな言い方するからには、不知火さんは考えたことあるわけ?」と聞き返す。不知火さんは当然のように「はい」と答えた。
「何でそんなこと考えるん?」
「理由ですか。うーん……説明しようと思ったことがなかったので、うまく言えるかどうか分かりませんが」
「全然、かまわない」
「それでは――また質問になってしまうのですが、すみません。いつの頃から、外来語を日本語らしくする努力がされなくなったのか、考えたことは?」
「は? 何て?」
 話の意味が一発で理解できなかったらしく、森君がしかめ面になっていた。他の女子二人も似たような具合で、困惑が出ている。
「たとえば、オートモービル。自動車のことです。これは比較的単純。オートが自動で、モービルを人を運ぶ移動体と捉えれば、自動車は自然と思い付けそうです。自動車が入ってくる前に、大八車や牛車があったでしょうし。ああ、自動車と言えば、自動運転ではなくても自動車と呼ぶのも何だか不思議な感じがしません?」
「はあ」
「すみません、話が脱線しました」
「車だけに」
 木之元さんがぼそりと付け足すが、不知火さんは微笑しただけで話を戻した。
「これがバイシクル、自転車となると、ちょっと思い付きにくいんじゃないかなと感じるんです。バイシクルをオートモービルと同じように分解し、日本語に直そうとしても自転車はなかなか出て来ません。二輪車なら分かります。普通はそちらを思い付く。
 だからバイシクルを自転車と翻訳すると決めた人は、素晴らしいと思うんです。自分で転がしていくから自転車。ことほどかように、昔の人は外国の言葉を日本語にする努力を重ねてきた。そう思いません?」
「うん、それは思った。理解した。で、最近はその努力がされなくなっているって?」
「最近ではなく、だいぶ前からだと感じます。インターネットはインターネットですよね。日本語に置き換えるとしたら、多くの日本人は電網と発想すると思います。が、それが定着することはこの先もないでしょう」
「そうか。それで最初のスマートフォンの話に」
「スマートフォン、スマホを日本語や漢字を使って表すとしたら、どうなるのか。賢い電話だから『賢電』? ドローンはどうでしょう。『遠隔操作自動制御可能無人航空機』? 即物的すぎますね。遊び心が許されるのなら、『舞忍者』。ファンタジーが好きな方には『電子使い魔』なんていかが。などと考えるのは楽しいのに。
 AIやVRといった元の英語の頭文字を取っただけ、というパターンもいつの間にか増えている気がします。ただ、これは元々その言葉が生まれた国で、略称が使われているというケースがほとんどのようですが。
 こんな風に考えていくと、日本語には何でも受け入れる余地があって、懐の深さを感じます。その反面、カタカナ語やアルファベット語ばかり増えて、平仮名や漢字の言葉が生まれないのは寂しい」
 不知火さんが話を区切ったとき、ちょうどチャイムが鳴った。クラスメートが外から戻り、持ち込まれたざわざわした空気で教室内が満たされていく。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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