第62話 ペンは剣よりも長し?

文字数 2,074文字

 と、こういう風に順を追って文字で書いて来ると、気付きやすくなるよね。
 まず、長さ16.65センチにもなるシャープペンの芯なんてあるの?っていう疑問。
 それから、ちょっと前に記した通り、シャープペンシルの長さは十五センチ足らず。
 だから、たとえ16.65センチ以上の芯がこの世に存在したとしても、その芯を森君が手にしているシャープペンに、折らずにセットすることは絶対にできない。
 そして、シャープペンの中に実際に入っている芯の長さがいくらかなんて話は、問題文に出て来なかった。つまり、正解は“分からない”。
 もちろん、理由を付けた上での“分からない”じゃないと正解とは認められないというわけ。
 予行演習としてサークルのみんなの前でこの問題と答を示したときの反応は、「ちょっとした引っ掛けね」「よくもまあ、こんな屁理屈を」「森君て案外、性格悪い~」と結構散々な反応をもらっていた。けど、今は得意満面だ。
「さて、どうですか。ずーっと考えられてもあとが詰まってるし、制限時間を設定したいんですが。一分!は厳しいだろうから、三分とか」
「五分!」
 海堂さんの一声で決まった。教室の前方の壁に掛けてあるアナログ時計で、おおよその時間を計ることになった。
「細かい秒数は計れないから、一分オマケで、六分進んだところで打ち切りってことに」
 森君が喋っていると、一人が手を挙げた。一問目で最初に質問をしてきた文芸部六年だ。
「分かった、と思う」
 これに反応したのは、森君よりも外園さんと海堂さんの方が早かった。「大丈夫なの?」「答られるのは一度きりなんだからね」と心配する、というか答えるのをやめさせたいみたいな口調で言う。
「大丈夫、任せて」
 その男子は自信を持って応じた。
 と、私の隣で座っている水原さんが、そっと耳打ちしてくる。
「あの人、木戸(きど)さんは私と同じ推理小説好きで、クイズやパズルも好きみたい。だから多分」
「正解される?」
「ええ」
 そして、水原さんの観察力は確かだった。元文芸部員として短い間ながらも木戸さんに接しただけのことはある。
 彼は理由をちゃんと述べた上で、「だから分からないというのが答」と言った。
「正解です。あーあ、今度はやられたか。仕方がない」
 教壇を降りると、不知火さんにそばに行って、「次、頼むぞ」と手の平を出す。タッチを求めてるのだけど、不知火さんはすぐには気付かず首を傾げた。
「もう、タッチだよ、タッチ」
「――ああ」
 ゆっくりした動作だったのに、ぺしっと意外にいい音がした。
「クイズほど勝ち負けははっきりしないと思いますが、がんばってみましょう」
 ノートを小脇に抱えて、教壇に立つ。落ち着いていて、何だか本当の先生みたいに見える。
それでは二つ目の条件にお応えします。推理小説をテーマにした川柳を十句、でしたね」
「そうよ」
「発表の前に皆さんに窺いたいのですが、どのくらい推理小説に詳しいんでしょうか」
「どのくらいって……」
 予想していなかったであろう問い掛けに、戸惑いの色を浮かべる文芸部の皆さん。
「厳密な意味で詳しいと言えるのは、さっきの木戸君ぐらいで、あとは多少読む程度よ」
 代表する形で外園さんが答えた。海堂さんが答えないのは、推理小説についてはそんなに詳しくないってことを自分の口で認めたくないからかな?
「分かりました。それを受けて提案します。テーマを小説に限らず、映画やドラマ、漫画も含めたミステリーとすることを許可してもらえないでしょうか。その方が、皆さんを少しでも楽しませることになると思います。学校の図書室にある私達向けの推理小説に限ろうとすると、つまらない物もどうしてもできてしまって……」
 立て板に水、一気に畳み掛ける不知火さん。
 相手の反応は「今になってそれはちょっと」と「別にいいんじゃない? 分からないこと言われても判断できないし」に二分されているようだ。
「とりあえず、一つ目を言ってみて。判断はそのあと」
 海堂さんが言った。
「それでは……微妙なラインで行ってみたいと思います。それから、板書しますね。読み上げるとどうしてもカルタ調になってしまいそうで」
 そう断ると、くるっときびすを返してボードの方を向く不知火さん。丁寧な言い方で気付きにくいけれども、押しが強いなぁ。六年生相手でも有無を言わさない感じ。
 不知火さんはノートを開き、ちらっと観ただけで、すらすらと書き始めた。

   『ホームズの 変装みやぶる ケンシロウ』

 くすっと笑う声がした。文芸部員かどうかは分からないけれど、十人ぐらい? 私の予想ではもっと少ないか、全然受けないと思ったんだけど。
「えっと、どういう意味かしら?」
 海堂さんは分からなかった側らしい。女子の方が分かる人は少ないと思う。漫画が古いし。
「シャーロック・ホームズが事件簿の中で、度々変装することは知っているわ。でも、ケンシロウって……漫画『北斗の拳』の?」

 つづく


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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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