第186話 いちかばちか
文字数 1,785文字
「うん。紙に書いたメッセージの方は、知らない人に見付かったら気味悪がられて捨てられる恐れはそれなりにあると認めるよ。だから、相田先生にお願いして、この教室の担任の先生にはきちんと事情を伝えてもらったんだよ」
さっきの“共犯”の種明かしに続いて、これまた結構びっくりするようなことをあっさりという。
「じゅ、準備万端なんですね」
「マジシャンは人を驚かせて、喜んでもらうためなら労力は惜しまないからね。見せてと頼まれるかどうか分かりもしないのに、せがまれたらいつでもマジックを披露できるよう、二つ三つはマジック道具を身につけているのなんて珍しくないんだよね。中には出現マジックのためだけに氷の塊や飲み物の入ったジョッキを脇の下にずっと挟んでいたとか」
「ひえ、冷たそう」
「冷たすぎて脇の感覚、なくなってしまうんじゃないのか? そんなんでそのあとマジックがうまくできるとは考えにくいな」
森君の述べた見解に、シュウさんは微苦笑を浮かべた。
「確かにそうなるかもしれないな。今言った話は伝説みたいなものだし、オーバーになっているところはあるかも。でもマジシャンがそういう人種なんだってことは請け合うよ。間違いない」
「ていうことは……」
私は自宅カレンダーの件について想像した。
「シュウさん、私の家のカレンダーに書き込んだのって、いつから?」
「さあ、忘れた。それなりに昔だったかな」
そんな怖いことを。
「カレンダーが掛かっていないと書きようがないのだから、一月以降なのは確実だけど」
うーん、確かに披露する機会が訪れるかどうか分からないマジックのために、とんでもなく力を注いでいる感じ。
「その電話越しのマジック、一度しかやっていないんでしたよね?」
不知火さんが不意に聞いてきた。私は黙ったままうんうんと二度うなずきを返す。
「つまりいくつかの仕込みは残っていることになります」
「あ、そうだわ」
「そういう不発に終わった仕込みは回収しなくていいんでしょうか」
不知火さんはシュウさんに顔を向けた。
「何かの拍子で見付けられてしまう可能性は、ゼロではないでしょうから。見付かったら、マジックのからくりを知られる恐れが出て来ます」
「言うまでもなく、回収するのが望ましい。回収が難しい場合は、早めに別のマジックに使うなんて芸当もできなくはないよ」
「別の?」
「まあ、まったく別と言っていいのか微妙な線上かもしれないけれど、数を当てるのに使える。先ほど出て来た『8を選ぶと思っていましたよ』を例に取ると、トランプを使った数当てでお手伝いのお客に8を選ばせてから、『あなたの選んだカードは何か? その答は机の中の抽斗にあります』と宣言して、お客に引き出しを開けてもらい、見付けさせる。これだけでもそれなりにインパクトがあるんじゃないかな」
「えー、でも、マークが指定できないのはちょっと弱いよ」
私が低めに評価すると、シュウさんは「それならトランプのカード当てで、四人のお客に一枚ずつ引いてもらい、それぞれはハート、スペード、ダイヤ、クラブの8だっていうマジックにすればいいかな」とこともなげに言った。
「その8を選ばせるマジックっていうのができねえっての!」
わめく森君。気持ちは分かるから注意しないでおこう。シュウさんはジョークで言ってたんだと思ってたけど、意外と真剣な表情のまま応じる。
「そうだな。特定のカードを選ばせるマジックというのは、現時点の君達にはハードルが高い。いずれ教える機会はやって来ると思う。けれども、それでは納得できなだろうから一つだけ、今の君達にも多分やれるやつを――」
シュウさんは時計を見た。
「よし、これを今日の締めくくりにしよう」
「え、もう?」
そんなに時間が経っているとは感じていなかったのに、見れば確かにもう終わりの頃合いだった。
「時間の節約で、最初から種を明かしながらやるよ。今日は準備をしてこなかったから、それぞれのマークの8を四人に選ばせるのをちょっとだけ変えて、四種類のエースを選ばせるというのでどうだい?」
「もちろんかまいませんけど」
みんなちょっと、ううん、かなり怪訝な顔をしている。私も同じ表情になっていたんだろうな。8ではできないけれども、エースではできるってどうして?
つづく
さっきの“共犯”の種明かしに続いて、これまた結構びっくりするようなことをあっさりという。
「じゅ、準備万端なんですね」
「マジシャンは人を驚かせて、喜んでもらうためなら労力は惜しまないからね。見せてと頼まれるかどうか分かりもしないのに、せがまれたらいつでもマジックを披露できるよう、二つ三つはマジック道具を身につけているのなんて珍しくないんだよね。中には出現マジックのためだけに氷の塊や飲み物の入ったジョッキを脇の下にずっと挟んでいたとか」
「ひえ、冷たそう」
「冷たすぎて脇の感覚、なくなってしまうんじゃないのか? そんなんでそのあとマジックがうまくできるとは考えにくいな」
森君の述べた見解に、シュウさんは微苦笑を浮かべた。
「確かにそうなるかもしれないな。今言った話は伝説みたいなものだし、オーバーになっているところはあるかも。でもマジシャンがそういう人種なんだってことは請け合うよ。間違いない」
「ていうことは……」
私は自宅カレンダーの件について想像した。
「シュウさん、私の家のカレンダーに書き込んだのって、いつから?」
「さあ、忘れた。それなりに昔だったかな」
そんな怖いことを。
「カレンダーが掛かっていないと書きようがないのだから、一月以降なのは確実だけど」
うーん、確かに披露する機会が訪れるかどうか分からないマジックのために、とんでもなく力を注いでいる感じ。
「その電話越しのマジック、一度しかやっていないんでしたよね?」
不知火さんが不意に聞いてきた。私は黙ったままうんうんと二度うなずきを返す。
「つまりいくつかの仕込みは残っていることになります」
「あ、そうだわ」
「そういう不発に終わった仕込みは回収しなくていいんでしょうか」
不知火さんはシュウさんに顔を向けた。
「何かの拍子で見付けられてしまう可能性は、ゼロではないでしょうから。見付かったら、マジックのからくりを知られる恐れが出て来ます」
「言うまでもなく、回収するのが望ましい。回収が難しい場合は、早めに別のマジックに使うなんて芸当もできなくはないよ」
「別の?」
「まあ、まったく別と言っていいのか微妙な線上かもしれないけれど、数を当てるのに使える。先ほど出て来た『8を選ぶと思っていましたよ』を例に取ると、トランプを使った数当てでお手伝いのお客に8を選ばせてから、『あなたの選んだカードは何か? その答は机の中の抽斗にあります』と宣言して、お客に引き出しを開けてもらい、見付けさせる。これだけでもそれなりにインパクトがあるんじゃないかな」
「えー、でも、マークが指定できないのはちょっと弱いよ」
私が低めに評価すると、シュウさんは「それならトランプのカード当てで、四人のお客に一枚ずつ引いてもらい、それぞれはハート、スペード、ダイヤ、クラブの8だっていうマジックにすればいいかな」とこともなげに言った。
「その8を選ばせるマジックっていうのができねえっての!」
わめく森君。気持ちは分かるから注意しないでおこう。シュウさんはジョークで言ってたんだと思ってたけど、意外と真剣な表情のまま応じる。
「そうだな。特定のカードを選ばせるマジックというのは、現時点の君達にはハードルが高い。いずれ教える機会はやって来ると思う。けれども、それでは納得できなだろうから一つだけ、今の君達にも多分やれるやつを――」
シュウさんは時計を見た。
「よし、これを今日の締めくくりにしよう」
「え、もう?」
そんなに時間が経っているとは感じていなかったのに、見れば確かにもう終わりの頃合いだった。
「時間の節約で、最初から種を明かしながらやるよ。今日は準備をしてこなかったから、それぞれのマークの8を四人に選ばせるのをちょっとだけ変えて、四種類のエースを選ばせるというのでどうだい?」
「もちろんかまいませんけど」
みんなちょっと、ううん、かなり怪訝な顔をしている。私も同じ表情になっていたんだろうな。8ではできないけれども、エースではできるってどうして?
つづく