第125話 雨で流れる仮説

文字数 1,794文字

 宗平は、この部屋かさらに上の部屋の窓から侍従長の部屋へ縄ばしごでも使って壁を下った可能性を探りたい旨を、なるべく手短に伝えた。
「壁に足跡か、少なくとも不自然な汚れがあると想像しているのですね?」
「はい、そうです」
 かしこまって答えながら宗平は、
(ヤーヴェさんに似ている人は知らないなあ。これまでは初対面と思えない人ばかりだったけど、ちょっと緊張する)
 などと考えていた。
「分かりました。が、仮にあなたの言う方法が採られたとしても、事件当夜は雨が一時的に強く降った記憶が。それ以降は今日まで晴天続きでしたが」
 そういえばシーラもそんなことを言ってたっけ。宗平は今さらながら思い出して、この推理も確かめようがないかなと落胆を覚えた。
 一方、メインはヤーヴェの話に「言われてみれば」と反応した。
「正確な時刻は覚えていないが、夜中に降っていたのは確かだね」
「必要でしたら、あとで問い合わせて確認しておきます」
 ヤーヴェの言葉に「お願いします」と返事した宗平は、いい機会だからと続けて疑問を口にした。
「壁の汚れは何なんだろ?」
「壁の汚れ、ですか。どこに?」
「お城に入る前、侍従長の部屋を外から見させてもらったんだけど、窓の下、五十センチぐらいの辺りに黒っぽく汚れた線みたいな跡があったんだ」
「気付かなかったわ……。尤も、現場周りはここ数日、捜査機関によって目隠しがされていたので、よく見ることはできなかったのだけれど」
 とにもかくにも、部屋に入って、窓から壁を見下ろしてみようということになった。ヤーヴェを先頭に、メイン、宗平の順番で入る。マギー王女は自らが容疑者の一人であることをよく承知のようで、何も言われない内からドアの外で待つ姿勢を見せた。
「ここからは探偵師のお二人に任せます」
 ヤーヴェは壁際に退き、腕組みをして仁王立ちする。
「では真っ先に思い付いたモリ探偵師、どうぞ」
 メインに促されて、窓辺に近寄った。他の部屋が横開きの窓であるのに対して、ここは上から下に降ろすことで開くタイプだった。話に聞いた通り、簡単かつ自由に開閉できる。
 そのまま身を乗り出すようにして壁を下まで見通す。宗平の様子を見て、王女が通路から「気を付けなさい」と注意を飛ばす。
「分かってるって」
 答えながら目を凝らす。先に述べた汚れについては遠くてよく見えない。あとで犯行現場そのものを見せてもらうときに、改めて確かめるとしよう。
 一方、足跡を想起させる痕跡は全くなかった。当夜が雨模様だったのなら、靴の泥が壁に移ってもよさそうなものだが、それ以上に雨が強く、流されてしまったのか。履き物なし、つまり裸足で壁のわずかな出っ張りを利して上り下りしたとしても、城壁を構成する石組みや木枠に何らかの乱れが生じそうなものだが、そのような痕跡も皆無のようだった。
「靴なしで上り下りした可能性はあると思う?」
 続いて壁を目で確認したメインに対し、宗平は聞いてみた。
「うーん、可能性は低いだろうね」
 ほぼ即答するメイン。答の理由は明快だった。
「雨がいつ止んだかは現時点では分からないけれども、雨上がりですぐに乾くものじゃない。濡れた壁は恐らくつるつるになる。そんな状態の壁をロープを頼りに裸足で移動するのは危険だし、成功するにしても時間が掛かると思う」
「そうか……じゃあ靴も相当、スパイクの着いたやつじゃないと無理っぽいかな」
「同感だが、スパイクのある靴なら、なおのこと痕跡が――傷が残るはずだよ。でも、現実にはそんな傷はない。結論としては壁に立て掛けるような立派な梯子でもない限り、上下の階からの移動は無理と見なしていいんじゃないか?」
「うん。それならそれでいい。可能性の一つを潰せたんだから」
「お話を聞いていると、最前、言及なさっていたこの上の部屋の者が誰なのかは、もはや事件とは無関係と?」
 ヤーヴェが割って入り、確認を求めてきた。メインは宗平と顔を見合わせた後、
「そうなるかな。まあ、一応、名前だけは聞いておきたい。誰だか分かる?」
 と答えた。対するヤーヴェはドアの方をちらと一瞥し、視線を戻してから淡々と返事する。
「なにぶん数が多いので、思い起こすのに時間が掛かってしまいました。現在はチェリー・ブラムストークが使用しております」

 つづく
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み