第28話 魔術師がいっぱい

文字数 2,382文字

 こういうのを名調子っていうのかな。歌い上げるみたいに挨拶は終わった。
 拍手の中、会長さんが下がり、いよいよ幕開けだ。
 発表会と言うだけあって、三十人ぐらいの人がエントリーしている。プログラムニには、順番は原則、抽選によるが、類似する演目が並ぶ場合は入れ替えることもある云々と注釈があった。やっぱり、同じようなマジックを続けてやるのは比べられがちだし、観る側も飽きるってことなのね。
 トップバッターは中年の女性で、キラキラ輝く大ぶりなネックレスに、パーティドレスみたいな衣装で登場。手にはこれまた銀色に輝く輪っかを持っている。リンキングリング(チャイナリング等とも呼ばれます)という演目だと分かった。テレビのマジック番組でもよく取り上げられているから、多くの人が知っていると思う。金属製のリングを三つほど持って、各リングをつなげたりまた外したり、でもリングに切れ目はないっていうあれ。
 女性の演技は、最初こそ緊張感からなのか明らかに手間取っていたけれども、じきに慣れて、スムーズになった。最後はリングの一つがネックレスに取ってしまって慌てるも、どうにか無事に外すことができて胸を撫で下ろす、という演技で終了。一番手のプレッシャーが掛かったにしては、凄くよかったと思う。私には無理だ。
 幕が一旦下がり、アナウンスの声が次の演者の紹介をする。それが終わると再び幕が上がった。
 二番目に登場は男性で、こちらは壮年といった感じ。ノーネクタイの背広姿で、しかもその背広が少しよれよれ。さらに舞台上には鏡と小さな一本脚のテーブルと衣紋掛けが小道具?として配置されている。仕事が終わって帰宅したばかりのサラリーマン、という印象を受けた。
 そしてその印象通りに、演目は進んだ。帰宅した男性はジャケットを脱ごうとするがうまくいかない。同時にネクタイを緩めようとする仕種をするが、ないことに気付く。慌てた風に鏡の前に立ち、喉元を、「ない、ない」っていう感じに何度か触る。私達観客席の方を向いて、同じ動作をした。と思った次の瞬間、ネクタイが出現した。ちゃんと結んだ状態で、男性の首に掛かっている。
 そしてその印象通りに、演目は進んだ。帰宅した男性はジャケットを脱ごうとするがうまくいかない。同時にネクタイを緩めようとする仕種をするが、ないことに気付く。慌てた風に鏡の前に立ち、喉元を、「ない、ない」っていう感じに何度か触る。私達観客席の方を向いて、同じ動作をした。と思った次の瞬間、ネクタイが出現した。ちゃんと結んだ状態で、男性の首に掛かっている。凄い。早業?
 驚いてみせる男性に、拍手が浴びせられる。
 男性は改めてネクタイを外し、今度は両手でゆっくりとジャケットを脱ぐ。それをハンガーに掛け、さらに衣紋掛けに……というところでジャケット全体が下にびよよーんて感じで落ちてしまった。床に完全には着かないまま、上下している。手元にフックの部分だけ残して、ジャケットが見えない糸でつながっているみたい。ううん、多分、本当に見えない糸(インビジブルスレッド)を使っているんだと思うけど。ユーモラスな動きで笑いを誘う。
 男性は目をこすりこすりしつつ、ハンガーを衣紋掛けにそのまま吊すと、頭を振った。飲み過ぎたかなという風に額に手をやってから、テーブルの上にあるコップを持ち、水差しから水を注ぐ。しばらくしてコップを手放すと、そのまま宙に浮いている。いよいよ酔いが回ったかという体で、コップと水差しをテーブルに戻し、テーブルクロスの乱れを両手で直す。と、その最中に不意にテーブルが浮き上がり、斜め上に逃げるような動きを見せた。
 どれもテレビで一度は観たことのあるお馴染みのマジック揃いだけれど、繋ぎ方が工夫してあって、面白い。アマチュアマジシャンの中でもかなり腕の立つ人だと思った。
 森君や不知火さん、朱美ちゃんの反応を窺っても、最初の女の人より、今の男性の方がより受けている。
 終わってふと気付くと、シュウさんが暗がりの中、何やらメモを取っていた。
「何を書いてるの?」
「簡単に記録してる。三十組も出場するとなると、とても覚えきれないからね。あとで萌莉達みんなにレクチャーするときに使えるかもしれないし」
 ちゃんと考えてくれてるんだ。そうなると、今日来られなかった陽子ちゃんとつちりんのために、私もできる限り覚えて帰ろう。
 その後も発表会という名のマジックショーは順調に続いた。三番手は女性で、正直言って年齢はよく分からない。舞台映えするための派手な化粧と、きらびやかな赤のチャイナドレスに注意が行く。ただ、スタイルはとてもすらっとしていて、ドレスがよく似合っている。大きな扇と大きなトランプを使った、華やかなマジックを披露し、大喝采を浴びていた。
 次も女性、おばあちゃんだ。何も持っていないように見える両手から、小さな花を次々に出していき、最後は傘の花で締め括る。とってもチャーミングな演技。
「舞台の上、凄く散らかって、掃除が大変だな」
 森君がそんな感想をこぼすのが聞こえた。でも、わざと悪ぶっているようにしか聞こえないよ。
 一方、朱美ちゃんは例によって例のごとし、「もったいないなあ」と。
 すぐ左隣の不知火さんは、ほとんど声を出さず、文字通り固唾を飲んで観ている。みんな性格が出てる。私? 私は本心では、「今のマジックはね」ってあれこれ喋りたいんだけど、発表会だし自粛してるとこ。その分、終わったあとでいっぱい話そうと思う。

 つづく

※第16話の終盤辺りに加筆をしました。一応、伏線です。今さらの加筆、すみません。
 2019/6/23以前に第16話を読まれた方は、終わりから数行だけで大丈夫ですから確認してもらえると作者として助かります。
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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