第56話 魔法使いの弟子の弟子

文字数 2,017文字

「二つ目の注文。副会長の不知火さんは、国語が得意とか」
「興味関心が強いという意味でしたら、国語が好きです」
「だったら小説を書いてきて――なんてことは言わないからね」
 海堂さん、相当意地が悪い。
「国語が好きなら、本も読むでしょ? 最近はどんなジャンルを読んでる?」
「特に何かを集中的に読むことはないのですが……強いて言うと、今はマジックに興味がありますので、その関係で推理小説を読む量が増えているかなと」
 慎重に言葉を選んで答えた、そんな雰囲気が伝わってくる。不知火さん、ここで適当に答えたら、変な注文をされると承知しているからこそだろう。
「推理小説か。水原さんの得意分野でもあるのね。じゃあ、不知火さんには推理小説をテーマにした川柳を十句、作ってきて」
「川柳……『名探偵 みなをあつめて さてと言い』の類ですね?」
「そうそう。よく知ってるじゃない」
 手を叩くポーズだけをする海堂さん。
「ただし、これもどこかから見付けてきたとかはだめだから。ネット検索なんかなしよ」
「文字数とテーマが決められているのですから偶然、似通ってしまうことはあるかと思いますが、がんばってみます」
 不知火さんは淡々と受け入れた。自信があるのかないのか分からない。いざとなったら、水原さんがサポートしてくれるだろう。
「三つ目。これが最後の注文だから。会長さん」
「は、はい」
「聞いたところでは、奇術サークルでマジックが出来る人って、まだあなた一人だけですって?」
「そうです」
「他のメンバーにまだ全然教えていない?」
「えっと、全然と言われると、違います。種を教えて、手順も分かっている演目があります」
「そう。それなら」
 海堂さんが目配せし、外園さんがうなずく。そして外園さんが話し出した。
「完全に素人だと言えるのは、今度入ることになった水原さんだけになるのね」
「そう、なるのかな……?」
 私は、水原さんがマジックをやった経験が皆無かどうかなんて知らない。彼女の方を見た。
「見たことはテレビであるけれども、やったことは全く」
 首を左右に振って水原さんは答えた。
「やっぱり。それでは最後の注文は二人に対して。佐倉さんが水原さんをコーチして、今週木曜の放課後までにマジックができるようにしてみせてほしい。ただし、条件を付けます。私達が用意した普通のトランプを使ってもらいます」
「えっと、つまり……カードマジックでなければならない?」
「ええ。それに最初から種の仕込んである特別なトランプを使わないでってこと」
「あ、あの、どんなトランプなのか、前もって見せてもらえませんか」
 カードマジックに限らず、奇術は手先の細かな動きを要求される物が多い。カードの大きさや材質で、手触り・感覚が違ってくる、ひいてはマジックの手さばきに影響が及んでしまう。だから、事前にどんなトランプを使うのかはぜひ知っておきたい情報なのだけれども。
「だめ。前もって伝えたら、同じタイプのトランプを買って来て、細工をしたカードが作れるんじゃないの?」
「それは……ないとは言い切れません……」
 嘘をついてもあとでばれるかもしれないし、正直に認めた。
「じゃあ、決まり。別に、ばかみたいにでっかいトランプとか、吹けば飛ぶようなミニサイズのなんて用意しないわ。普通の遊びに使うトランプを用意するから、そこは信用して」
「分かりました……」
 この前の国語の授業で出て来た、なし崩しという言葉が脳裏をよぎった。勝負をするっていうわけじゃないけれど、三つもの注文を受けなきゃならないのは、ひどく重荷に感じられた。

 翌火曜日。クラブ活動の時間になった。
「さて、最初は新メンバーの紹介です。と言っても、みんなとっくに知ってるんだけど」
 私の前振りに続いて、水原さんが教卓のところに立ち、自己紹介を始める。
「五年五組の水原玲です。わけあって、先に文芸部に入っていましたが、ここ奇術サークルの方がいい!と感じて、移ることに決めました。まだ奇術についてほとんど何も知りませんが、よろしくお願いします」
 ぺこりと音が聞こえてきそうなお辞儀をする水原さん。みんなで拍手して歓迎の意を表した。
「相田先生もお骨折りくださって、ありがとうございました」
 顧問の相田先生は、大儀そうに片手を挙げて応じる。
「別にたいしたことはしとらんよ。当たり前のことを規則に沿ってやっただけだから、気にするな。それよりも、もうちょっと年齢相応の言葉遣いをしないのか。不知火だけでも、こっちは何か指摘されるんじゃないかと緊張ものなのに、水原まで」
「私は不知火さんほどじゃありません。小説を書くために、様々な言葉を知っておこうとしてただけですから」
 早くも打ち解けたムードに包まれたけれども、そうのんびりと構えてもいられない事情を今は抱えているんだよね。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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