第177話 魔法の絨毯がなくても(話は)とぶ
文字数 2,204文字
さて、この土曜と日曜に何もなかったわけではもちろんないけれども、小テストに備えてそれなりに勉強したとか水泳の授業があるから水着を準備しなくちゃとか、マジックと関係ないことが多かった。関係あることと言ったら、カードさばきやコインさばきの練習に尽きる。尤も、私はこれくらいのテクニックならほぼ身に付けているから、集中して練習する必要はなし。代わりに、ボトムカードの原理を使ったカード当てについて、水原さんどう伝えるかに、時間を費やしたわ。
あ、あともう一つ、シュウさんから、火曜のクラブ活動には間違いなく最初から参加できるよと、最終連絡をもらったっけ。
とにもかくにも諸々を省略して、やって参りました火曜日の放課後。
ちょうどと言っていいのか分からないけれども、相田先生はどうしても外せない用事があるということで、この日の同席はなし。一時間目のあとこの話を先生から聞いた陽子ちゃんは先生が立ち去ってから、
「シュウさん師匠が来るからと思って、さぼったのかしら」
と根拠のない推測をした。まあ、相田先生ってそういうことしそうな雰囲気はあるんだけれどね。理由もなしに決め付けるのはよさなくちゃ。何と言ったって、相田先生には奇術サークルの顧問になっていただいた恩があるもん。
「みんな揃ってる?」
定刻よりも三分くらい遅れて、シュウさんが姿を見せた。私達が口々に「はーい!」「いるよっ」「師匠、遅刻だ」と反応すると、シュウさんは頭をかいた。
「ごめんごめん。言い訳していい?」
教壇に立つと場を見渡して、最後に私の顔を見てきた。見つめられると落ち着かなくなる――って、あそうか。言い訳していいかってことに対して、私は会長としての返事を求められてるんだわ。
「いいよ。言って」
「よかった。――窓口のところで止められて、身分証明するのに時間が掛かってしまったんだ」
その説明に陽子ちゃんが食い付いた。
「あれ? 高校生なら学生証とか生徒手帳とかを持っていて、顔写真の入った身分証明の書類として使えるって聞いた覚えがあるんですけど」
「確かにその通り。だけど、窓口の人が把握していなかったんだよね。佐倉秀明という高校生が相田先生の許可の下、マジックのレクチャーをしにやって来るということを。僕は真っ先に、相田先生に話を通してありますっていう意味のことを伝えたのだけれども、今日は先生、お休みなのかな」
「先生なら用事があるからということで、早めにお帰りになったみたいなの」
私からの補足情報にシュウさん、疲れたような笑みを見せた。
「そうだったか。何ともタイミングが悪かったなあ。でもまあ、書類としてちゃんと書いていたから、それをチェックしてもらって、ようやく入れた。学校には約十分前に到着してたんだよ、負け惜しみになるけど」
壁に掛かる丸時計を一瞥したシュウさんは「この調子じゃ、今日も時間が厳しくなるかな。もったいないので早速始めます。よろしくお願いします」と言った。今回はさほど早口じゃない。
「よろしくお願いしまーす」
思い返してみると、色んなことが山積みになっている。マジックの解説が二つでしょ。私は水原さんにカード当ての件で打ち明けなければいけない。森君が夢で見た殺人事件も棚上げになっているから、シュウさんも挑戦してみてほしいな。
それらのことに優先して最初に行うのは、このサークルの基本であるマジックの上達から。カードさばきのチェックだ。また軽いブーイングが上がったけれども、「先にこれを済ませておいた方が、他のことに集中できるだろ?」とのシュウさんの言葉であっさり収束。
「本来なら一人ずつやってもらいたいんだが、緊張する人もいるだろうし、時間の節約もしたいので、まずはみんな同時に」
カードをケースから出すところからスタートして、扇の形に開いて閉じる。ヒンズーシャッフルとリフルシャッフルを適宜織り交ぜながらひたすら切る。カードを揃えてテーブルに置き、スプレッド。
あ、ここからはさすがに一度に複数名を見るのは難しいし、マットも足りないので、一人ずつになったわ。スプレッドで開いたあとはターンオーバーで表向きにし、またすぐに裏向きと一往復。
「うん、みんな合格ラインに達している」
シュウさんがそう言うとみんなが安堵した。一つの大きな息になったみたいだった。
「ただ、直すべき点はそれぞれあるので、聞いてください。まず、森君と金田さん」
名前を呼ばれた森君は「ははい?」、朱美ちゃんは「何なに?」と応じる。
「二人に共通して直した方がいいなと思ったのは、二人とも急ぎすぎ。カードさばきは切ればいい、並べればいいっていうものではなくって、お客さんに魅せる技術でもあるんだ。たとえばリフルシャッフル。こんな感じになってたよね」
シュウさんはカードを手に取り、リフルシャッフルをやった。左右のカードの落ちていくスピードが速く、見方によってはちょっと乱暴かも。
「もちろん素早さで魅せる場合もあるんだけど、今のは違う。単に早いだけで、重なり方が比較的甘いかな。感覚の話になってしまうんだけど、美しくないというか」
スピードは遅くなってもいいから丁寧な所作を心掛けてみて、とアドバイスを送ったシュウさん。二人は早速、試し始める。
「次は土屋さん」
「はっい!」
つづく
あ、あともう一つ、シュウさんから、火曜のクラブ活動には間違いなく最初から参加できるよと、最終連絡をもらったっけ。
とにもかくにも諸々を省略して、やって参りました火曜日の放課後。
ちょうどと言っていいのか分からないけれども、相田先生はどうしても外せない用事があるということで、この日の同席はなし。一時間目のあとこの話を先生から聞いた陽子ちゃんは先生が立ち去ってから、
「シュウさん師匠が来るからと思って、さぼったのかしら」
と根拠のない推測をした。まあ、相田先生ってそういうことしそうな雰囲気はあるんだけれどね。理由もなしに決め付けるのはよさなくちゃ。何と言ったって、相田先生には奇術サークルの顧問になっていただいた恩があるもん。
「みんな揃ってる?」
定刻よりも三分くらい遅れて、シュウさんが姿を見せた。私達が口々に「はーい!」「いるよっ」「師匠、遅刻だ」と反応すると、シュウさんは頭をかいた。
「ごめんごめん。言い訳していい?」
教壇に立つと場を見渡して、最後に私の顔を見てきた。見つめられると落ち着かなくなる――って、あそうか。言い訳していいかってことに対して、私は会長としての返事を求められてるんだわ。
「いいよ。言って」
「よかった。――窓口のところで止められて、身分証明するのに時間が掛かってしまったんだ」
その説明に陽子ちゃんが食い付いた。
「あれ? 高校生なら学生証とか生徒手帳とかを持っていて、顔写真の入った身分証明の書類として使えるって聞いた覚えがあるんですけど」
「確かにその通り。だけど、窓口の人が把握していなかったんだよね。佐倉秀明という高校生が相田先生の許可の下、マジックのレクチャーをしにやって来るということを。僕は真っ先に、相田先生に話を通してありますっていう意味のことを伝えたのだけれども、今日は先生、お休みなのかな」
「先生なら用事があるからということで、早めにお帰りになったみたいなの」
私からの補足情報にシュウさん、疲れたような笑みを見せた。
「そうだったか。何ともタイミングが悪かったなあ。でもまあ、書類としてちゃんと書いていたから、それをチェックしてもらって、ようやく入れた。学校には約十分前に到着してたんだよ、負け惜しみになるけど」
壁に掛かる丸時計を一瞥したシュウさんは「この調子じゃ、今日も時間が厳しくなるかな。もったいないので早速始めます。よろしくお願いします」と言った。今回はさほど早口じゃない。
「よろしくお願いしまーす」
思い返してみると、色んなことが山積みになっている。マジックの解説が二つでしょ。私は水原さんにカード当ての件で打ち明けなければいけない。森君が夢で見た殺人事件も棚上げになっているから、シュウさんも挑戦してみてほしいな。
それらのことに優先して最初に行うのは、このサークルの基本であるマジックの上達から。カードさばきのチェックだ。また軽いブーイングが上がったけれども、「先にこれを済ませておいた方が、他のことに集中できるだろ?」とのシュウさんの言葉であっさり収束。
「本来なら一人ずつやってもらいたいんだが、緊張する人もいるだろうし、時間の節約もしたいので、まずはみんな同時に」
カードをケースから出すところからスタートして、扇の形に開いて閉じる。ヒンズーシャッフルとリフルシャッフルを適宜織り交ぜながらひたすら切る。カードを揃えてテーブルに置き、スプレッド。
あ、ここからはさすがに一度に複数名を見るのは難しいし、マットも足りないので、一人ずつになったわ。スプレッドで開いたあとはターンオーバーで表向きにし、またすぐに裏向きと一往復。
「うん、みんな合格ラインに達している」
シュウさんがそう言うとみんなが安堵した。一つの大きな息になったみたいだった。
「ただ、直すべき点はそれぞれあるので、聞いてください。まず、森君と金田さん」
名前を呼ばれた森君は「ははい?」、朱美ちゃんは「何なに?」と応じる。
「二人に共通して直した方がいいなと思ったのは、二人とも急ぎすぎ。カードさばきは切ればいい、並べればいいっていうものではなくって、お客さんに魅せる技術でもあるんだ。たとえばリフルシャッフル。こんな感じになってたよね」
シュウさんはカードを手に取り、リフルシャッフルをやった。左右のカードの落ちていくスピードが速く、見方によってはちょっと乱暴かも。
「もちろん素早さで魅せる場合もあるんだけど、今のは違う。単に早いだけで、重なり方が比較的甘いかな。感覚の話になってしまうんだけど、美しくないというか」
スピードは遅くなってもいいから丁寧な所作を心掛けてみて、とアドバイスを送ったシュウさん。二人は早速、試し始める。
「次は土屋さん」
「はっい!」
つづく