第214話 天からてん
文字数 2,019文字
「分かったー!」
突然、後ろの席の男子が大声を上げた。普段は大人しいタイプとして知られる保永 だった。
「半分は勘だけど、いい?」
「いいぜ。俺だって色々調べないと作れなかった」
「じゃあ遠慮なく。ありの方は星座にある、だろ?」
「ピンポンピンポン! ご名答」
宗平が正解のコールを下すと、クラスの大半からざわめきが起きた。キリンはあってもおかしくないけど、顕微鏡って? コンパスって方位磁石なのか文房具なのかどっち? コップはいつの時代?等々。それらを集約すると、要するに「そんな星座あるの?」ってことになる。
「なーるほど。星座か。オリオンとおとめしか知らんが、そう言うからには他のもあるんだろう。今のところ悪くはない。最後を飾って、ほうっと言わせる問題が欲しいな」
「そんなの条件になかったじゃんか」
「いいから出題してみろ」
「……じゃあ、先生、また書いてよ。第五問。次の文字列はある規則に従っています。○に入るのは何でしょう? ――ここからは片仮名で書いて。テ ナ エ セ シ ○ フ ス ツ ワ ゼ」
宗平がスピードを落とさずにしゃべったので、先生は一度では書き切れなかった。求めに応じ、片仮名の並びのくだりを言い直す。
「う~ん?」
先生の身ならず、クラスメートからも“解答ボタン”が押される気配がない。何かの頭文字? 片仮名なのはヒントなのか?といった声が上がっていたが、そこを返事すると一気に簡単になりそうな予感から、宗平は答えるのを躊躇した。
「ねえ、森君」
佐倉から唐突に名前を呼ばれ、びくりとして振り返った。
「おう、何?」
「もう一回、片仮名を読み上げてみてくれないかなあ。ただしノートもボードも見ずに。できない?」
「……できるけど」
そう応じて、宗平はノートを閉じ、教室前方のボードに背中を向けた。
「テ、ナ、エ、セ、シ、マル、フ、ス、ツ、ワ、ゼ。これでいいか? 合ってただろ」
「ありがと。うふふ、今のリズムで分かっちゃったかも」
にんまり、嬉しそうに口角を上げる佐倉。宗平は思わず、「か、かわいい」と声が漏れそうになった。けれども、「か」が出ただけで、寸前で回避。
「か――解答してみろよ。判定してやる」
「じゃあ、えっと○のところに入るのは」
黙って何やらハミングするときみたいに小さく首を振る佐倉。やがて言った。
「フ、だよね?」
「あ、当たり」
「よっし、やった」
両手で小さくガッツポーズする佐倉を目の当たりにし、宗平は二度目の「か、かわいい」を我慢するのに苦労した。
我慢するための材料として、佐倉に質問する。
「何で分かったんだよ」
「ん? 森君、気が付いてない? 自分では分からないものなのかもしれないけれども」
えっと何なにこの反応は――宗平は内心、焦った。ひょっとして自分一人だけが分かっていない、みんなには答がばればれだったという恥ずかしい状況なのか?
しかし、佐倉以外のクラスメートを見ると、ほとんどの者はまだ分かっていないように思える。佐倉の言った「フ」がどうして正解なのか、その理由を考え、囁き合う様子が見て取れた。
「俺の態度で分かった、みたいな口ぶりだよな」
「うん、まあ態度って言っていいのかな」
にこにこしている佐倉を前に、まともに顔を見られなくなってきた。かわいいというのもあるけれども、それ以上に悔しくなってきた。少なくともクラスではパズルの第一人者のつもりでいる自分が、態度から答を知られただなんて!
脳細胞をフル回転させるイメージで考えた宗平だったが、ちっとも閃かない。何で出題者の方が悩まされなきゃいけないんだよ、とまで思えてきた。
「ああ、もう、分かんねー。ギブアップするから教えてくれ」
「どうしようかなあ。答の解説ならするけど」
もったいぶる佐倉。と、これには相田先生から待ったが掛かった。
「おいおい、解答者にまで時間稼ぎをされてはたまらん。早く言ってやりなさい、佐倉さん」
「はぁい。面白いところだったのに。――森君がさっき、片仮名を読み上げたときのリズムが、答そのものだったのよ」
「そのもの……ではないぞ? 言ってない」
「だからリズムがね。テン、ナイン、エイト、セブン、シックス……って」
佐倉は、宗平に似せたアクセントでこう言った。するとすぐさま、あるいはほんの少しだけ間を置いて、教室のあちらこちらから、「ああー」と声が上がる。みんな、答の意味が分かったのだ。
文字の列は、十から0までを英語で言い表した際に、それぞれの一番最初の文字を抜き出して並べたものであり、佐倉が先ほど口にした「フ」はファイブの頭文字を取ったものなんだと。
「英語でカウントダウンするときのリズムやアクセントが残っていたんだよ、森君の言い方。頭文字だけ言っているつもりでも、どうしても出ちゃうのね。分かった?」
つづく
突然、後ろの席の男子が大声を上げた。普段は大人しいタイプとして知られる
「半分は勘だけど、いい?」
「いいぜ。俺だって色々調べないと作れなかった」
「じゃあ遠慮なく。ありの方は星座にある、だろ?」
「ピンポンピンポン! ご名答」
宗平が正解のコールを下すと、クラスの大半からざわめきが起きた。キリンはあってもおかしくないけど、顕微鏡って? コンパスって方位磁石なのか文房具なのかどっち? コップはいつの時代?等々。それらを集約すると、要するに「そんな星座あるの?」ってことになる。
「なーるほど。星座か。オリオンとおとめしか知らんが、そう言うからには他のもあるんだろう。今のところ悪くはない。最後を飾って、ほうっと言わせる問題が欲しいな」
「そんなの条件になかったじゃんか」
「いいから出題してみろ」
「……じゃあ、先生、また書いてよ。第五問。次の文字列はある規則に従っています。○に入るのは何でしょう? ――ここからは片仮名で書いて。テ ナ エ セ シ ○ フ ス ツ ワ ゼ」
宗平がスピードを落とさずにしゃべったので、先生は一度では書き切れなかった。求めに応じ、片仮名の並びのくだりを言い直す。
「う~ん?」
先生の身ならず、クラスメートからも“解答ボタン”が押される気配がない。何かの頭文字? 片仮名なのはヒントなのか?といった声が上がっていたが、そこを返事すると一気に簡単になりそうな予感から、宗平は答えるのを躊躇した。
「ねえ、森君」
佐倉から唐突に名前を呼ばれ、びくりとして振り返った。
「おう、何?」
「もう一回、片仮名を読み上げてみてくれないかなあ。ただしノートもボードも見ずに。できない?」
「……できるけど」
そう応じて、宗平はノートを閉じ、教室前方のボードに背中を向けた。
「テ、ナ、エ、セ、シ、マル、フ、ス、ツ、ワ、ゼ。これでいいか? 合ってただろ」
「ありがと。うふふ、今のリズムで分かっちゃったかも」
にんまり、嬉しそうに口角を上げる佐倉。宗平は思わず、「か、かわいい」と声が漏れそうになった。けれども、「か」が出ただけで、寸前で回避。
「か――解答してみろよ。判定してやる」
「じゃあ、えっと○のところに入るのは」
黙って何やらハミングするときみたいに小さく首を振る佐倉。やがて言った。
「フ、だよね?」
「あ、当たり」
「よっし、やった」
両手で小さくガッツポーズする佐倉を目の当たりにし、宗平は二度目の「か、かわいい」を我慢するのに苦労した。
我慢するための材料として、佐倉に質問する。
「何で分かったんだよ」
「ん? 森君、気が付いてない? 自分では分からないものなのかもしれないけれども」
えっと何なにこの反応は――宗平は内心、焦った。ひょっとして自分一人だけが分かっていない、みんなには答がばればれだったという恥ずかしい状況なのか?
しかし、佐倉以外のクラスメートを見ると、ほとんどの者はまだ分かっていないように思える。佐倉の言った「フ」がどうして正解なのか、その理由を考え、囁き合う様子が見て取れた。
「俺の態度で分かった、みたいな口ぶりだよな」
「うん、まあ態度って言っていいのかな」
にこにこしている佐倉を前に、まともに顔を見られなくなってきた。かわいいというのもあるけれども、それ以上に悔しくなってきた。少なくともクラスではパズルの第一人者のつもりでいる自分が、態度から答を知られただなんて!
脳細胞をフル回転させるイメージで考えた宗平だったが、ちっとも閃かない。何で出題者の方が悩まされなきゃいけないんだよ、とまで思えてきた。
「ああ、もう、分かんねー。ギブアップするから教えてくれ」
「どうしようかなあ。答の解説ならするけど」
もったいぶる佐倉。と、これには相田先生から待ったが掛かった。
「おいおい、解答者にまで時間稼ぎをされてはたまらん。早く言ってやりなさい、佐倉さん」
「はぁい。面白いところだったのに。――森君がさっき、片仮名を読み上げたときのリズムが、答そのものだったのよ」
「そのもの……ではないぞ? 言ってない」
「だからリズムがね。テン、ナイン、エイト、セブン、シックス……って」
佐倉は、宗平に似せたアクセントでこう言った。するとすぐさま、あるいはほんの少しだけ間を置いて、教室のあちらこちらから、「ああー」と声が上がる。みんな、答の意味が分かったのだ。
文字の列は、十から0までを英語で言い表した際に、それぞれの一番最初の文字を抜き出して並べたものであり、佐倉が先ほど口にした「フ」はファイブの頭文字を取ったものなんだと。
「英語でカウントダウンするときのリズムやアクセントが残っていたんだよ、森君の言い方。頭文字だけ言っているつもりでも、どうしても出ちゃうのね。分かった?」
つづく