第217話 泡と消えないうちに
文字数 2,022文字
それにしても……と、天井に残る痕跡に目を凝らす。
(あそこまで跳ぶか、普通? ……ひょっとしたら母さんの声にびびったときに、手がびくってなって、その拍子に跳んでいったんじゃないのかな)
冗談半分にそんなことまで脳裏で想像し、改めてシャワーを使った。完全に泡を落としきった宗平は、浴槽を跨ごうとしたはっとなる。
その態勢のままストップモーションが掛かったみたいに止まって、また天井を見上げる。
「天井……張り付いた泡」
どこかで似たような絵面を見た記憶がある。じきに思い出した。
(なんだ、夢の中で見たあれだ。遺体が見付かった部屋の天井にかわいらしい水玉模様があったっけ。水玉とシャボン玉の連想だな)
そこで納得しつつあった宗平だったけれども、まだどこか、何かに引っ掛かりを覚える。
「天井の泡が落ちる……」
そのつぶやきは宗平の頭の中に、夢で見た部屋の水玉模様お一つが、天井より剥がれて真下に落ちる様を思い描かせた。
(――まさか。あの事件のトリックって、これか? トリックと呼ぶのも憚られる、偶然に頼り切ったもんだけど。ま、俺の夢の中に出て来たんだから俺が考えたも同然で、たいしたトリックになるはずないけどさ)
自虐的に考えているとまたおかしくなってきて、声に出して笑ってしまった。やばっ!と思って口を両手で覆ったときにはもう遅い。
「こら、また! いい加減上がりなさいっ」
母の注意が物凄い速さで飛んできた。聞き耳を立てて待ち構えていたんじゃないかと疑いたくなるくらいに。
宗平は、それから一番近いマジックサークル活動日が来るのを待った。その日の朝、学校で佐倉に声を掛ける。
「今日の活動なんだけどさ。忘れてるかもしれないけれど、夢の中の事件のこと、ちょっとやっていいかな」
「夢の中の事件て、森君が見たあれでしょ? もちろん覚えてるよ。そんなこと言い出すからには何か思い付いたのね?」
宗平は内心ほっとしていた。話を切り出す前は、忘れられているか、今さらと言われるかぐらいは覚悟していたのだが、意外と好反応だったことに気分がよくなる。
「思い付いた。佐倉さんのおかげだけどな」
「私? 何もした覚えがない……」
考え始める佐倉を見て慌てて止めに掛かる宗平。同じ考えに辿り着かれてしまう可能性は、かなりあると思うから。
「おっと、思い出さなくていいぜ。今日の活動で時間を取ってくれたら、そこで発表するから」
「うん、まあ、今日はシュウさんの来る日じゃないし、予定変更して大丈夫よ。水原さんは森君の見た夢のこと、割と気にしている風だし」
トリックとして期待されているとしたら困るな、と思った。
「みんなには予告なしで、サークルを始める最初に言ってくれるか?」
「いいよ。どれくらい時間を取るか予想つく?」
「……分からない。多分だけど、反論もたくさん出そうで……」
「しょうがないなぁ。ま、いいわ。今日はマジックを離れてもいいから、みんなの一番やりたいことをやる。その第一弾ていうことにしようかな。時間が中途半端に余ったら、朱美ちゃんに宝探しについて語ってもらおうか。それか、つちりんに占いのやり方をレクチャーしてもらうとか」
「いいのか」
「いいよ。前にも言った気がするけれど、みんなの協力があってサークルを始めることができたんだし、私もみんなの話を聞いて、新しいマジックのヒントになるかもしれないと期待してるから」
「おまえがそういう気持ちでいるなら、遠慮なく、時間を使わせてもらう」
「どうぞどうぞ」
これで用件は済んだ。が、くるっと背を向けたところで一つ思い出した。もう半回転して付け足す。
「あ、それから。夢の中の事件の犯人……」
「うん?」
無邪気な雰囲気の笑顔で小首を傾げる佐倉。その仕種を目の当たりにして、宗平は、続きの台詞を飲み込んだ。
(犯人、夢の中の佐倉さんのキャラクターになるんだけどいい?とは聞けないよな。まあ、黙っていてサークル活動の時間にいきなり言っても、サプライズってことで済むとは思うが)
宗平は頬の辺りをぽり、とかくポーズをした。
「やっぱ、言わない。本番でのお楽しみだっ」
「大きく出たわね。期待しちゃっていいの?」
「期待は……されると困る。しょぼいと言えばしょぼいんだよなあ」
「変なの。とにかく、今日の活動の最初の方は任せるからね。準備しておく物とかはない?」
ない、と首を左右に振って今度こそ話を終えた。
時間は一気に跳んで、クラブ活動の時間。奇術サークルは顧問の相田先生も含めて全員が揃っていた。
まずは佐倉が登壇。教卓に手をついて始める。
「えー、今日はまた予定変更があります。みんな、練習はちゃんとしてる順調に上達、習得してるから大丈夫だよね?」
この問い掛けには皆、無言ながら頷き合って、多少は自信が生まれているところを垣間見せた。
つづく
(あそこまで跳ぶか、普通? ……ひょっとしたら母さんの声にびびったときに、手がびくってなって、その拍子に跳んでいったんじゃないのかな)
冗談半分にそんなことまで脳裏で想像し、改めてシャワーを使った。完全に泡を落としきった宗平は、浴槽を跨ごうとしたはっとなる。
その態勢のままストップモーションが掛かったみたいに止まって、また天井を見上げる。
「天井……張り付いた泡」
どこかで似たような絵面を見た記憶がある。じきに思い出した。
(なんだ、夢の中で見たあれだ。遺体が見付かった部屋の天井にかわいらしい水玉模様があったっけ。水玉とシャボン玉の連想だな)
そこで納得しつつあった宗平だったけれども、まだどこか、何かに引っ掛かりを覚える。
「天井の泡が落ちる……」
そのつぶやきは宗平の頭の中に、夢で見た部屋の水玉模様お一つが、天井より剥がれて真下に落ちる様を思い描かせた。
(――まさか。あの事件のトリックって、これか? トリックと呼ぶのも憚られる、偶然に頼り切ったもんだけど。ま、俺の夢の中に出て来たんだから俺が考えたも同然で、たいしたトリックになるはずないけどさ)
自虐的に考えているとまたおかしくなってきて、声に出して笑ってしまった。やばっ!と思って口を両手で覆ったときにはもう遅い。
「こら、また! いい加減上がりなさいっ」
母の注意が物凄い速さで飛んできた。聞き耳を立てて待ち構えていたんじゃないかと疑いたくなるくらいに。
宗平は、それから一番近いマジックサークル活動日が来るのを待った。その日の朝、学校で佐倉に声を掛ける。
「今日の活動なんだけどさ。忘れてるかもしれないけれど、夢の中の事件のこと、ちょっとやっていいかな」
「夢の中の事件て、森君が見たあれでしょ? もちろん覚えてるよ。そんなこと言い出すからには何か思い付いたのね?」
宗平は内心ほっとしていた。話を切り出す前は、忘れられているか、今さらと言われるかぐらいは覚悟していたのだが、意外と好反応だったことに気分がよくなる。
「思い付いた。佐倉さんのおかげだけどな」
「私? 何もした覚えがない……」
考え始める佐倉を見て慌てて止めに掛かる宗平。同じ考えに辿り着かれてしまう可能性は、かなりあると思うから。
「おっと、思い出さなくていいぜ。今日の活動で時間を取ってくれたら、そこで発表するから」
「うん、まあ、今日はシュウさんの来る日じゃないし、予定変更して大丈夫よ。水原さんは森君の見た夢のこと、割と気にしている風だし」
トリックとして期待されているとしたら困るな、と思った。
「みんなには予告なしで、サークルを始める最初に言ってくれるか?」
「いいよ。どれくらい時間を取るか予想つく?」
「……分からない。多分だけど、反論もたくさん出そうで……」
「しょうがないなぁ。ま、いいわ。今日はマジックを離れてもいいから、みんなの一番やりたいことをやる。その第一弾ていうことにしようかな。時間が中途半端に余ったら、朱美ちゃんに宝探しについて語ってもらおうか。それか、つちりんに占いのやり方をレクチャーしてもらうとか」
「いいのか」
「いいよ。前にも言った気がするけれど、みんなの協力があってサークルを始めることができたんだし、私もみんなの話を聞いて、新しいマジックのヒントになるかもしれないと期待してるから」
「おまえがそういう気持ちでいるなら、遠慮なく、時間を使わせてもらう」
「どうぞどうぞ」
これで用件は済んだ。が、くるっと背を向けたところで一つ思い出した。もう半回転して付け足す。
「あ、それから。夢の中の事件の犯人……」
「うん?」
無邪気な雰囲気の笑顔で小首を傾げる佐倉。その仕種を目の当たりにして、宗平は、続きの台詞を飲み込んだ。
(犯人、夢の中の佐倉さんのキャラクターになるんだけどいい?とは聞けないよな。まあ、黙っていてサークル活動の時間にいきなり言っても、サプライズってことで済むとは思うが)
宗平は頬の辺りをぽり、とかくポーズをした。
「やっぱ、言わない。本番でのお楽しみだっ」
「大きく出たわね。期待しちゃっていいの?」
「期待は……されると困る。しょぼいと言えばしょぼいんだよなあ」
「変なの。とにかく、今日の活動の最初の方は任せるからね。準備しておく物とかはない?」
ない、と首を左右に振って今度こそ話を終えた。
時間は一気に跳んで、クラブ活動の時間。奇術サークルは顧問の相田先生も含めて全員が揃っていた。
まずは佐倉が登壇。教卓に手をついて始める。
「えー、今日はまた予定変更があります。みんな、練習はちゃんとしてる順調に上達、習得してるから大丈夫だよね?」
この問い掛けには皆、無言ながら頷き合って、多少は自信が生まれているところを垣間見せた。
つづく