第259話 紙対応
文字数 2,044文字
「宝探しに興味大ありの私だけど、相手の男性を選ぶという場合は、お金とかだけじゃなく、色んなことをプラスアルファして決めるんだあ」
現実的な話をしていると思うんだけど、私達の年齢のせいもあってかしら、現実味はほとんどない気がしないでもなし。実際、朱美ちゃんは宝探しの話をしているときに比べれば、遙かに“夢見る乙女”に見えるわ。
「おいおい。もう来てたのかよ」
さっきのブレーキ音と同じく、突然の声だ。森君と分かったけれども、びっくりする。
「早く来たらいけないという法はないでしょ」
やや非難めいた言い方が気に食わなかったのかどうか、朱美ちゃんがやり返す。すると森君は案外素直に矛を収めた。
「いや、別に。遅刻したかと焦ったんだよ。ちゃんと時間内だよな」
駅舎にある丸い壁時計に視線を振ってから、森君は安心した口調で言った。その笑顔が何だかいつもよりもよく見えるような? 格好いいとかかわいいとかじゃなくって、感じがいいと言えばいいのかな。
ああー、だめだだめだ。私ってばさっきからずっと引きずっている。いい加減、元に戻さないと、平常心でマジック披露ができなくなる心配が出て来るじゃないの。胸に片手を当てて、すーはーと深呼吸を繰り返してみた。ようやく落ち着いてきた、と思う。
「遅刻じゃなくても、切符は早めに買っておいた方が。この鉄道は確か改札機がまだ全部は入れ替わっていなくて、その都合で紙の切符なんだって」
出発前にお母さんから知らされた注意事項を、二人に伝える。ところで今のしゃべり方、おかしくなんかなかったわよねと、自己採点。
「そうか。ならさっさと買おうぜ。何なら、一番遅く来たお詫びに――」
「おごってくれる?」
朱美ちゃんが先回り?して言うと、被せ気味に森君は否定した。
「違うっ。三人分まとめて買ってやるから、お金を渡してくれって言おうとしたんだ」
「なーんだ」
「遅れたわけでもないのに、罰ゲーム的なことさせられてはたまんねーよ」
という具合に何だかんだ言いながらも、紙の切符を森君が三枚まとめて購入。ちなみに、買う前に往復割引きの適用がないことを、朱美ちゃんがしっかり確かめた。
「ほい」
渡された切符を、しげしげと見つめる朱美ちゃん。何を考えているのか不思議に感じていると、ふと本人が呟いた。
「将来、完全に電子化されたとき、こういう紙の切符は使用済みでも値打ち出るかも……」
「あはは。どうだろうね」
目ざといというか、そんなことまで想像が回るなんて、ある意味凄いと感心しちゃう。
「でも、切符って改札を出るときに回収されてしまうんじゃなかった?」
「そっか」
使用済みの紙切符の値打ちが上がるかどうかも分からないのに、朱美ちゃんはあからさまにがっかりした。肩を落としてため息をつく。
「いや」
唐突に、森君の発言。私も朱美ちゃんも彼の表情を見ていなかったのせいもあって、どういうつもりの言葉なのか量りかねた。
「何が嫌なの?」
「は? その『嫌』じゃねーって。話の流れは続いてんの」
いらいらしたのか、森君は床を一度踏み付けた。仕種がちょっぴりユーモラスで、思わず笑いそうになる。けど、ここで笑ったらますますいらつかせてしまいそうなので、がまんがまん。
「昔、聞いた話だけど、改札を出る間際に駅の人に言えば紙の切符、ハサミを入れた状態にして、渡してくれる。確かそうだった」
「ほんと?」
「あ、ああ」
朱美ちゃんが両手を組合せ、目を輝かせた。森君は怯みつつも、続けて言う。
「む、昔聞いただけで実際は知らないし、今とは状況違うかもしれないぞ。責任は持たないからな」
「いいのいいの。それだけ聞けば充分。降りるとき、試してみる」
それから電車を待つ短い間に、森君が紙の切符にまつわる話をしてくれた。真偽不明かつはっきり言って汚い話なので、あんまり書きたくない。私達女子は、聞いている途中で「いやだ」とか「嘘でしょ」などとぶうぶう文句を言ったくらい。まあ、凄く大まかに書くと、ずっとずっと昔の時代、電車のトイレで紙がないとき、切符を使ったってだけなんだけど、やり方が信じられなくて……。
「古雑誌の付録の豆本に書いてあったんだよ」
「おかしいわよ。だいたい改札を出るとき、どうするっての」
「それは……着いたまま出すとか。運賃 だけに――いてっ!」
私と朱美ちゃんは両サイドから、森君の頭を叩いた。
目的の駅に電車が滑り込むと、私達が降りようとしていたドアのすぐ前が改札口だった。朱美ちゃんは「ラッキー!」と言いながら、いの一番に降り、改札の詰め所?みたいな窓口に向かおうとする。
「あっ、金田さん、ちょっとストップ。他のお客さんが完全に出てからにしなよ。迷惑を掛けちまう」
森君が続いて飛び降り、注意する。少し前に馬鹿な話を語っていたとは思えないくらい、真面目だ。
朱美ちゃんはぴたりと足を止め、振り向いた。目を丸くして驚き、そして感心した口ぶりで言った。
「それもそうだわ。――意外と降りるお客さん多いようだし」
つづく
現実的な話をしていると思うんだけど、私達の年齢のせいもあってかしら、現実味はほとんどない気がしないでもなし。実際、朱美ちゃんは宝探しの話をしているときに比べれば、遙かに“夢見る乙女”に見えるわ。
「おいおい。もう来てたのかよ」
さっきのブレーキ音と同じく、突然の声だ。森君と分かったけれども、びっくりする。
「早く来たらいけないという法はないでしょ」
やや非難めいた言い方が気に食わなかったのかどうか、朱美ちゃんがやり返す。すると森君は案外素直に矛を収めた。
「いや、別に。遅刻したかと焦ったんだよ。ちゃんと時間内だよな」
駅舎にある丸い壁時計に視線を振ってから、森君は安心した口調で言った。その笑顔が何だかいつもよりもよく見えるような? 格好いいとかかわいいとかじゃなくって、感じがいいと言えばいいのかな。
ああー、だめだだめだ。私ってばさっきからずっと引きずっている。いい加減、元に戻さないと、平常心でマジック披露ができなくなる心配が出て来るじゃないの。胸に片手を当てて、すーはーと深呼吸を繰り返してみた。ようやく落ち着いてきた、と思う。
「遅刻じゃなくても、切符は早めに買っておいた方が。この鉄道は確か改札機がまだ全部は入れ替わっていなくて、その都合で紙の切符なんだって」
出発前にお母さんから知らされた注意事項を、二人に伝える。ところで今のしゃべり方、おかしくなんかなかったわよねと、自己採点。
「そうか。ならさっさと買おうぜ。何なら、一番遅く来たお詫びに――」
「おごってくれる?」
朱美ちゃんが先回り?して言うと、被せ気味に森君は否定した。
「違うっ。三人分まとめて買ってやるから、お金を渡してくれって言おうとしたんだ」
「なーんだ」
「遅れたわけでもないのに、罰ゲーム的なことさせられてはたまんねーよ」
という具合に何だかんだ言いながらも、紙の切符を森君が三枚まとめて購入。ちなみに、買う前に往復割引きの適用がないことを、朱美ちゃんがしっかり確かめた。
「ほい」
渡された切符を、しげしげと見つめる朱美ちゃん。何を考えているのか不思議に感じていると、ふと本人が呟いた。
「将来、完全に電子化されたとき、こういう紙の切符は使用済みでも値打ち出るかも……」
「あはは。どうだろうね」
目ざといというか、そんなことまで想像が回るなんて、ある意味凄いと感心しちゃう。
「でも、切符って改札を出るときに回収されてしまうんじゃなかった?」
「そっか」
使用済みの紙切符の値打ちが上がるかどうかも分からないのに、朱美ちゃんはあからさまにがっかりした。肩を落としてため息をつく。
「いや」
唐突に、森君の発言。私も朱美ちゃんも彼の表情を見ていなかったのせいもあって、どういうつもりの言葉なのか量りかねた。
「何が嫌なの?」
「は? その『嫌』じゃねーって。話の流れは続いてんの」
いらいらしたのか、森君は床を一度踏み付けた。仕種がちょっぴりユーモラスで、思わず笑いそうになる。けど、ここで笑ったらますますいらつかせてしまいそうなので、がまんがまん。
「昔、聞いた話だけど、改札を出る間際に駅の人に言えば紙の切符、ハサミを入れた状態にして、渡してくれる。確かそうだった」
「ほんと?」
「あ、ああ」
朱美ちゃんが両手を組合せ、目を輝かせた。森君は怯みつつも、続けて言う。
「む、昔聞いただけで実際は知らないし、今とは状況違うかもしれないぞ。責任は持たないからな」
「いいのいいの。それだけ聞けば充分。降りるとき、試してみる」
それから電車を待つ短い間に、森君が紙の切符にまつわる話をしてくれた。真偽不明かつはっきり言って汚い話なので、あんまり書きたくない。私達女子は、聞いている途中で「いやだ」とか「嘘でしょ」などとぶうぶう文句を言ったくらい。まあ、凄く大まかに書くと、ずっとずっと昔の時代、電車のトイレで紙がないとき、切符を使ったってだけなんだけど、やり方が信じられなくて……。
「古雑誌の付録の豆本に書いてあったんだよ」
「おかしいわよ。だいたい改札を出るとき、どうするっての」
「それは……着いたまま出すとか。
私と朱美ちゃんは両サイドから、森君の頭を叩いた。
目的の駅に電車が滑り込むと、私達が降りようとしていたドアのすぐ前が改札口だった。朱美ちゃんは「ラッキー!」と言いながら、いの一番に降り、改札の詰め所?みたいな窓口に向かおうとする。
「あっ、金田さん、ちょっとストップ。他のお客さんが完全に出てからにしなよ。迷惑を掛けちまう」
森君が続いて飛び降り、注意する。少し前に馬鹿な話を語っていたとは思えないくらい、真面目だ。
朱美ちゃんはぴたりと足を止め、振り向いた。目を丸くして驚き、そして感心した口ぶりで言った。
「それもそうだわ。――意外と降りるお客さん多いようだし」
つづく