第251話 もう一つの舞台のこと
文字数 2,091文字
「別にたいした理由はないけど。何のかんの言っても面白そうだし、本物の宝探しの予行演習だと思えば、朱美ちゃんだって乗ってくると思ったの。それに、知らない人の前でマジックを披露する機会って貴重だわ。習うより慣れろ、だっけ? どんどん経験して、慣れてこそマジックも上達するはず」
「なるほど。マジックのレベルについて正直なところを述べると、萌莉以外はみんなまだまだだよ」
みんながいないところとはいえ、厳しいお言葉。確かに私自身も含めて未熟な点はたくさんあるんだけれども、でも、みんなのために少しは反論してみたくなる。
「練習ではだいぶ上手にできるようになったし、不知火さんや水原さんは、先輩を前にして演じて、結構やれたと思うんだけどな」
「確かそれは単独じゃないだろ? 萌莉がいっしょにステージに立って、サポートしたのが大きい」
「うーん。そんなに違うものなのかしら。不知火さんなんか見てると、落ち着いてて度胸あるなあって思う。表情があんまり変わらないせいもあるけど」
「はは。まあ、メンバーの中ではあの子が一番上達が早そうだね。期待の星だ」
「でしょでしょ」
「ただ、心配事もある」
え――。予想外のことを言われて、一瞬絶句しちゃった。
「何が心配なの、不知火さんの」
「えーっと、最初に断っておく。僕は普段、不知火さんと接する時間はほとんどないから、萌莉から聞いた話のみで判断したってこと」
うん、それは当然。
「不知火さんは興味関心が多方面に及ぶタイプの子と見てるんだが、違うかい?」
「ううん。合っていると思う。今みたいに親しくなる前は、色んな本を手当たり次第に読む人っていうイメージだった。実際には意外と関連がある読み方をしてるって分かった」
「そんな子が、いつまでマジックに関心を向けていられるかなあってね。多分今はまだ習得し切れていないという思いがあるから、続いている。けど、やりたいマジックができるようになったら、すぱっと辞めるかもしれないぞ」
「え~っ、脅かさないでよ、シュウさん」
部員が減るのは困る。それ以上に、仲よくなった不知火さんが離れてしまうというのは、ちょっと、いや、凄く残念でつらい。
「ごめんごめん。脅かしたつもりはないんだ。現段階であまり深刻に受け止めないでくれよ。僕のまったくの想像なんだから。それに仮に今の想像が当たっていたとしても、不知火さんが好きだと言っていた透明なカップ&ボール、あのマジックは僕も種を知らないわけだし、簡単にはマスターできないよ」
「だよね」
口ではそう応じたけれども、心の中にはちょっぴり、心配事が残っていた。
「話を戻すと、桂崎さんには承る方向で返事をしておいていいな?」
「え、ええ。それでお願いします」
変に丁寧な言い方をしてしまった。これにはわけがあって、宝探しにまで手を出すと、とても忙しくなるんじゃないかしらという不安が頭をよぎったせい。話を持って来てくれたシュウさんにしたって、高校生活一年目でかっての話辛いことが多々あるでしょうに、私達へのマジック指導の他、宝探しにもう一つ。
「そういえばシュウさん、あれってどこまで進んでいるのかなあ?」
「あれ、とは何だ。種も仕掛けもなしに読み取れやしないぞ」
「演劇部に力を貸す話」
「あ」
あれか、とつぶやきが聞こえる。
「スタートを切ったと言っていいのかどうか分からないが、アイディア出しをやってるよ。台本を作るためには、どんなマジックが舞台でできるかが重要な要素の一つだとかで」
「まだ台本かぁ……ていうことは、この先もまだまだ長いのね」
「そりゃまあ。実際に催されるのは秋口になるから。尤も、僕自身の役目がいつまでかは分からない。演劇部の人達が部員だけでマジックをできるようになったら、その時点で僕は御役御免だろうな」
「……ちょっとでも早く御役御免になれ、とか思うのはいけないこと?」
以前、演劇部の話を聞いた際に出た、女子高校生の名前がぱっと浮かぶ。かぶりを振って、通話を続けた。
「はは、いや、少しでも早く自立してくれた方が、僕も気が休まるもんな。それでも公演当日は、舞台裏で見ることになりそうだ。ハプニングやトラブルが発生したとき、監修者として対処しなきゃいけないだろうから」
まあ、学園祭だか文化祭だかの当日ぐらいは、仕方がない。それ以外では、なるべく早くこっちに力を入れて欲しいな。そうそう、それにさっき出た宝探しだって、どうなるか分からない。
「ねえ、シュウさん。宝探しを実際にやるとなったとして、演劇部へのサポートと重なるんじゃあない?」
「多分。いや、間違いなく重なる。宝探しを冬に延ばすとか言わない限りな。演劇の方は、夏休みが追い込みどきだろうから」
「じゃ、どうするの? 私達だけでは宝探し、きっと無理だよ」
「それはー……顧問の先生に頼むとか、萌莉達の方で何とかしてとしか」
この通話中、何度目になるだろう、シュウさんの顔を思い浮かべるのって。今は恐らく、弱り顔だ。
「……演劇部の人とは……仲よくやってる?」
もっと困らせてやれ、とこのときの私が思ったかどうか、しかとは覚えていない。
つづく
「なるほど。マジックのレベルについて正直なところを述べると、萌莉以外はみんなまだまだだよ」
みんながいないところとはいえ、厳しいお言葉。確かに私自身も含めて未熟な点はたくさんあるんだけれども、でも、みんなのために少しは反論してみたくなる。
「練習ではだいぶ上手にできるようになったし、不知火さんや水原さんは、先輩を前にして演じて、結構やれたと思うんだけどな」
「確かそれは単独じゃないだろ? 萌莉がいっしょにステージに立って、サポートしたのが大きい」
「うーん。そんなに違うものなのかしら。不知火さんなんか見てると、落ち着いてて度胸あるなあって思う。表情があんまり変わらないせいもあるけど」
「はは。まあ、メンバーの中ではあの子が一番上達が早そうだね。期待の星だ」
「でしょでしょ」
「ただ、心配事もある」
え――。予想外のことを言われて、一瞬絶句しちゃった。
「何が心配なの、不知火さんの」
「えーっと、最初に断っておく。僕は普段、不知火さんと接する時間はほとんどないから、萌莉から聞いた話のみで判断したってこと」
うん、それは当然。
「不知火さんは興味関心が多方面に及ぶタイプの子と見てるんだが、違うかい?」
「ううん。合っていると思う。今みたいに親しくなる前は、色んな本を手当たり次第に読む人っていうイメージだった。実際には意外と関連がある読み方をしてるって分かった」
「そんな子が、いつまでマジックに関心を向けていられるかなあってね。多分今はまだ習得し切れていないという思いがあるから、続いている。けど、やりたいマジックができるようになったら、すぱっと辞めるかもしれないぞ」
「え~っ、脅かさないでよ、シュウさん」
部員が減るのは困る。それ以上に、仲よくなった不知火さんが離れてしまうというのは、ちょっと、いや、凄く残念でつらい。
「ごめんごめん。脅かしたつもりはないんだ。現段階であまり深刻に受け止めないでくれよ。僕のまったくの想像なんだから。それに仮に今の想像が当たっていたとしても、不知火さんが好きだと言っていた透明なカップ&ボール、あのマジックは僕も種を知らないわけだし、簡単にはマスターできないよ」
「だよね」
口ではそう応じたけれども、心の中にはちょっぴり、心配事が残っていた。
「話を戻すと、桂崎さんには承る方向で返事をしておいていいな?」
「え、ええ。それでお願いします」
変に丁寧な言い方をしてしまった。これにはわけがあって、宝探しにまで手を出すと、とても忙しくなるんじゃないかしらという不安が頭をよぎったせい。話を持って来てくれたシュウさんにしたって、高校生活一年目でかっての話辛いことが多々あるでしょうに、私達へのマジック指導の他、宝探しにもう一つ。
「そういえばシュウさん、あれってどこまで進んでいるのかなあ?」
「あれ、とは何だ。種も仕掛けもなしに読み取れやしないぞ」
「演劇部に力を貸す話」
「あ」
あれか、とつぶやきが聞こえる。
「スタートを切ったと言っていいのかどうか分からないが、アイディア出しをやってるよ。台本を作るためには、どんなマジックが舞台でできるかが重要な要素の一つだとかで」
「まだ台本かぁ……ていうことは、この先もまだまだ長いのね」
「そりゃまあ。実際に催されるのは秋口になるから。尤も、僕自身の役目がいつまでかは分からない。演劇部の人達が部員だけでマジックをできるようになったら、その時点で僕は御役御免だろうな」
「……ちょっとでも早く御役御免になれ、とか思うのはいけないこと?」
以前、演劇部の話を聞いた際に出た、女子高校生の名前がぱっと浮かぶ。かぶりを振って、通話を続けた。
「はは、いや、少しでも早く自立してくれた方が、僕も気が休まるもんな。それでも公演当日は、舞台裏で見ることになりそうだ。ハプニングやトラブルが発生したとき、監修者として対処しなきゃいけないだろうから」
まあ、学園祭だか文化祭だかの当日ぐらいは、仕方がない。それ以外では、なるべく早くこっちに力を入れて欲しいな。そうそう、それにさっき出た宝探しだって、どうなるか分からない。
「ねえ、シュウさん。宝探しを実際にやるとなったとして、演劇部へのサポートと重なるんじゃあない?」
「多分。いや、間違いなく重なる。宝探しを冬に延ばすとか言わない限りな。演劇の方は、夏休みが追い込みどきだろうから」
「じゃ、どうするの? 私達だけでは宝探し、きっと無理だよ」
「それはー……顧問の先生に頼むとか、萌莉達の方で何とかしてとしか」
この通話中、何度目になるだろう、シュウさんの顔を思い浮かべるのって。今は恐らく、弱り顔だ。
「……演劇部の人とは……仲よくやってる?」
もっと困らせてやれ、とこのときの私が思ったかどうか、しかとは覚えていない。
つづく