第233話 シュウさんからの電話
文字数 2,062文字
(一体全体いかなる状況でこの子は中島師と知り合ったんだろう。今でこそテレビ等での露出は減ったけれども、まだまだ一般的な知名度の高いマジシャンと言える師匠と個人的なつながりができるということは、この子のご両親が著名人なのかな? だったらそれを僕に言ってくださってもよさそうなものなのに)
ひとくさり不平をこぼしてから、秀明は決めた。知り合ったばかりの女子小学生から連絡先を聞き出すなんてできないので、これしかない。
「じゃあ、僕の端末を連絡先として教えておくよ。気が向いたら明日の夜にでも掛けてみて。非通知でも電話に出るから」
「分かった」
こうして、マジックをさほど面白がらない少女との初遭遇は幕を降ろした。
* *
やや遅めのシュウさんからの電話に、私はよほど大事な話かしらと予感した。が、話を聞く内に、ハードルを高くし過ぎていたと思うようになった。
「要するに、七尾という子が私達の小学校に転校してくる。その子が奇術サークルを見学したいと言っているから、案内してあげてってことだよね?」
「いや。それもあるけど、まだ続きがあるんだ」
シュウさんの声は笑っているような困っているような、中途半端な口調に聞こえた。
「七尾って子は、マジック教室に見学に来たんじゃなくて、中島先生に呼ばれたから来たって感じなんだ。萌莉達のサークルに対しても、同じスタンスでいるかもしれない」
「スタンス?」
「うーんと、立場って言えばいいのかな。主義主張や考え方を含んだ立場だね。それで、七尾さんはマジックの種を見破るのが当然だと思っているみたいなんだ」
「それは……お客さんはだいたいそうなんじゃないの? 種を知りたいって思うものよ」
「知りたいっていうのとは違う。解きたいんだ。クイズを出されたときみたいにね。そして実際、かなりの割合で種を見破ることができるらしい」
にわかには信じられなくて、かつがれてるんじゃないかしらって思った。それでもありそうな可能性を探して、聞き返す。
「種明かしの本を読んだわけでもないのに?」
「ああ」
「じゃあ、凄く初歩中の初歩のマジックでしょ? 普通、私達よりももっと年下の子がやるような」
「それがね、初歩的ではあるけれども、マジックのテクニックを使った演目を見破るんだ。実を言うと僕も演じて、見破られた」
「えー?」
シュウさんのマジックを初めて見て、種を見破った? 信じられないことの連発に、ますます嘘なんじゃないのっていう思いが強まる。でも、シュウさんがこんなくだらない嘘のために電話してくるなんてあり得ないし。
「……ひょっとしてだけど、その子自身が嘘を言ってるってことないのかなあ?」
「うん? マジックを観たことやったことは全然ないって言うのが嘘だって?」
「そう。ほんとはマジックに詳しいんだけれども、目立ちたくて知らないふりをして、プロのマジシャンに近付いた、とか」
「ははは。考えすぎだと思うよ。もしそんなお芝居をしているとしたら、その女の子の両親もグルになってやっていることになりそうだから」
「そうなの?」
シュウさんが言うのなら多分、その判断は正しいんだろう。
「ねえ、シュウさん。どういうマジックをやって、見破られたの? 具体的に教えて」
「いやに気にするね、萌莉」
「だって、普通は絶対に見破れないよ。何か特別な才能でもなければ」
「ははあ。ある意味、特別な才能かもしれない。ただ、あんまり役に立たないね。少なくともマジックをストレートに楽しめなくなってしまうのは、不幸な才能だな」
「……そういう見方もできるんだね」
シュウさんの言葉にはっとした。私、何故だか知らないけれども種を見破れることをうらやましいと感じていたみたい。マジックを種が分かることと、マジックを上手に演じることとはイコールで結べるわけじゃない。分かっているつもりだったのに、どうして錯覚したんだろう……。
「どうする? 僕がやったマジック、どんなものか説明しようか」
「ううん、もういい」
見えているわけじゃないのに、電話口で首を左右に振った。
「七尾という子に会ったときに、私も何か演目をやってみる」
「そうだな、それがいい。体感するとびっくりするよ、きっと」
マジックを演じる側がびっくりさせられるなんて、なかなかない経験だろうな。前向きに、楽しみだと思うことにしようっと。
「ところでシュウさん」
少し前から気に掛かっていることが思い浮かんでいた。先延ばしせずに聞いておこう。
「何だい?」
「シュウさんはどうしてこの話を私にしておこうと思ったの? わざわざ言うほどのことだと考えたんでしょ? その理由が知りたいなって」
「そうだな……」
ちょっと間が空く。顎をさすって思案しているシュウさんの様子が想像できた。三十秒近く待ってから、答が返ってくる。
「心配だったからだね、一言で表すとしたら」
つづく
※七尾弥生の学年を小学六年生としていましたが、五年生の誤りです。申し訳ありません。訂正済みです。2021/01/09
ひとくさり不平をこぼしてから、秀明は決めた。知り合ったばかりの女子小学生から連絡先を聞き出すなんてできないので、これしかない。
「じゃあ、僕の端末を連絡先として教えておくよ。気が向いたら明日の夜にでも掛けてみて。非通知でも電話に出るから」
「分かった」
こうして、マジックをさほど面白がらない少女との初遭遇は幕を降ろした。
* *
やや遅めのシュウさんからの電話に、私はよほど大事な話かしらと予感した。が、話を聞く内に、ハードルを高くし過ぎていたと思うようになった。
「要するに、七尾という子が私達の小学校に転校してくる。その子が奇術サークルを見学したいと言っているから、案内してあげてってことだよね?」
「いや。それもあるけど、まだ続きがあるんだ」
シュウさんの声は笑っているような困っているような、中途半端な口調に聞こえた。
「七尾って子は、マジック教室に見学に来たんじゃなくて、中島先生に呼ばれたから来たって感じなんだ。萌莉達のサークルに対しても、同じスタンスでいるかもしれない」
「スタンス?」
「うーんと、立場って言えばいいのかな。主義主張や考え方を含んだ立場だね。それで、七尾さんはマジックの種を見破るのが当然だと思っているみたいなんだ」
「それは……お客さんはだいたいそうなんじゃないの? 種を知りたいって思うものよ」
「知りたいっていうのとは違う。解きたいんだ。クイズを出されたときみたいにね。そして実際、かなりの割合で種を見破ることができるらしい」
にわかには信じられなくて、かつがれてるんじゃないかしらって思った。それでもありそうな可能性を探して、聞き返す。
「種明かしの本を読んだわけでもないのに?」
「ああ」
「じゃあ、凄く初歩中の初歩のマジックでしょ? 普通、私達よりももっと年下の子がやるような」
「それがね、初歩的ではあるけれども、マジックのテクニックを使った演目を見破るんだ。実を言うと僕も演じて、見破られた」
「えー?」
シュウさんのマジックを初めて見て、種を見破った? 信じられないことの連発に、ますます嘘なんじゃないのっていう思いが強まる。でも、シュウさんがこんなくだらない嘘のために電話してくるなんてあり得ないし。
「……ひょっとしてだけど、その子自身が嘘を言ってるってことないのかなあ?」
「うん? マジックを観たことやったことは全然ないって言うのが嘘だって?」
「そう。ほんとはマジックに詳しいんだけれども、目立ちたくて知らないふりをして、プロのマジシャンに近付いた、とか」
「ははは。考えすぎだと思うよ。もしそんなお芝居をしているとしたら、その女の子の両親もグルになってやっていることになりそうだから」
「そうなの?」
シュウさんが言うのなら多分、その判断は正しいんだろう。
「ねえ、シュウさん。どういうマジックをやって、見破られたの? 具体的に教えて」
「いやに気にするね、萌莉」
「だって、普通は絶対に見破れないよ。何か特別な才能でもなければ」
「ははあ。ある意味、特別な才能かもしれない。ただ、あんまり役に立たないね。少なくともマジックをストレートに楽しめなくなってしまうのは、不幸な才能だな」
「……そういう見方もできるんだね」
シュウさんの言葉にはっとした。私、何故だか知らないけれども種を見破れることをうらやましいと感じていたみたい。マジックを種が分かることと、マジックを上手に演じることとはイコールで結べるわけじゃない。分かっているつもりだったのに、どうして錯覚したんだろう……。
「どうする? 僕がやったマジック、どんなものか説明しようか」
「ううん、もういい」
見えているわけじゃないのに、電話口で首を左右に振った。
「七尾という子に会ったときに、私も何か演目をやってみる」
「そうだな、それがいい。体感するとびっくりするよ、きっと」
マジックを演じる側がびっくりさせられるなんて、なかなかない経験だろうな。前向きに、楽しみだと思うことにしようっと。
「ところでシュウさん」
少し前から気に掛かっていることが思い浮かんでいた。先延ばしせずに聞いておこう。
「何だい?」
「シュウさんはどうしてこの話を私にしておこうと思ったの? わざわざ言うほどのことだと考えたんでしょ? その理由が知りたいなって」
「そうだな……」
ちょっと間が空く。顎をさすって思案しているシュウさんの様子が想像できた。三十秒近く待ってから、答が返ってくる。
「心配だったからだね、一言で表すとしたら」
つづく
※七尾弥生の学年を小学六年生としていましたが、五年生の誤りです。申し訳ありません。訂正済みです。2021/01/09