第46話 赤面、赤点、黒い影
文字数 2,018文字
私は赤面した。
いや、自分で自分の顔を見られる状況じゃなかったから、多分顔を赤くしていただろうって意味だけど。
両手の指先を頬に当て、隠すようにこすりながら、聞き返すのが瀬一杯。
「意味分かんないっ。もっとちゃんと言って」
「そうか? じゃ……佐倉さんはマジックでサクラを使うことに賛成か反対か、教えてください。これならどうだ?」
力の入った言い方だった、こっちは全身から力がふにゃあ~って抜けちゃって、危うく階段を踏み外すところだったじゃないの。
ああ、それにしても。サクラのことだったのね。
サクラ――私流の解釈になるけれども、「物事をうまく運ぶ目的で、一部の人に秘められた状態で物事に関与する人など」かな? だます行為だからイメージはよくないかもしれないけれど、結果的にいいことに使われる場合もある。その一例がマジックのサクラ。
「私は賛成だよ。日本では嫌われるというか、インチキ、ずるという見方をされることが多いけれども、上手に使ったら、驚きを何倍にもできると思ってる」
「ふうむ。じゃあさ、外国にはプロのサクラがいるっていうのは、冗談だよな」
「え、よく知ってるね。サクラを仕事にしているプロがいるみたい」
「ええ、まじなん?」
「シュウさんから聞いた話の受け売りだけどね。森君はどこで聞いたの、その話」
「俺は……その、おまえから聞いた気がしてたんだけど、違うんだよな、その様子だと」
あまりに意外なことを言われたせいで、思わず「私?」って、自分で自分を指差しちゃった。
「ううん、違う。絶対に言ってないわ。シュウさんから聞いたのが割と最近だし」
「そうかぁ。じゃあ、あれは何だったんだろ……」
顎に片手を当てて、考える仕種を見せたかと思ったら、森君、どんどん遅れてる。
「森君!」
「――あ」
走って追い付いた。
サークル設立のために、新学年になってからほぼ、マジックに掛かり切りだったけれども。
小学生も五年にもなると、ちらほらと進学の話が聞こえてくる。どこそこの誰々は塾に通い出したとか、家庭教師を付けてもらったとか、そういう頭と耳が痛い話が。
私の家ではあまりそういう話は出ない。これまで出ていなかっただけで、今後どんどん増えるっていう可能性はあるかもしれない。けど、お父さんもお母さんも勉強しろってうるさくいうことはまずないし、娘を私立の中学に入れようなんて夢にも考えてないみたい。
私自身はというと……勉強は苦手な教科もあるけれど、全般的に嫌いじゃないし、人並みの点数は取っているつもり。知らないことを知るという意味ではわくわくするので、塾に通えるなら通ってみたい気持ちもあるわ。でも今は他にやりたいことがたくさんあって、多分無理。
授業で嫌いなのは体育かなあ。身体を動かすのは楽しいことは楽しいし、特別に運動音痴ではないはずなんだけど、団体戦というかチームでやるスポーツがだめ。自分一人の判断でチームの勝敗が左右されるような場面になると、身体が硬くなっちゃう。引っ込み思案なところがあるくせして、割と自意識過剰なのかも、私。格好悪いところを見せられないって感じ。それで緊張して動けなくて、格好悪いことになってるようじゃ洒落にならない。
その点、マジックなら基本的に一人でできるし、まあ練習すればそれだけ格好良く見せられる。これからも力を入れておこう。勉強はほどほどにやっておけば大丈夫。
と、そんな風にのんきに構えていたのだけれども、五月に入って最初のテストで、やってしまった。さっき言ったサークル設立に時間と気を取られて、さすがに勉強の時間が足りなかったみたい。
「七十点」
算数ならどんなテストでもこれまで悪くて八十点、普通なら八十五点以上は確実に取れていたのに、最低点をいきなり十点も更新してしまった。これはきつい。
赤点じゃないから再テストは免れたけれども、落ち込むよ~。明日は授業じゃない方のサークル活動初日だっていうのに、気が散ってしまう。何より、帰ってまずお母さんに見せることを思うと、お腹に重たい石でも置かれたみたいに、ずーんとなる。
教室でグズグズしていると、遅くなった。今日の放課後は、サークルのみんなは何だかんだと用事があって、下校している。他に仲のいいクラスの子達とも、最近私が奇術サークルばかりに熱心だからかな、前よりは縁遠い感じがする。
「はあ~」
盛大にため息をついて、答案用紙を折り畳もうとしたそのとき、西日の差してくる方向に人がいることに気が付いた。
逆行のおかげで黒く見えるだけで、誰だか分からなかったけど、さっきのため息を見られたとしたら恥ずかしい。そそくさと答案をランドセルに滑り込ませて、帰る準備に取り掛かる。ところが声に呼び止められた。
「佐倉さんにお願いがあるんだけど、今、いい?」
水原さんと分かった。
つづく
いや、自分で自分の顔を見られる状況じゃなかったから、多分顔を赤くしていただろうって意味だけど。
両手の指先を頬に当て、隠すようにこすりながら、聞き返すのが瀬一杯。
「意味分かんないっ。もっとちゃんと言って」
「そうか? じゃ……佐倉さんはマジックでサクラを使うことに賛成か反対か、教えてください。これならどうだ?」
力の入った言い方だった、こっちは全身から力がふにゃあ~って抜けちゃって、危うく階段を踏み外すところだったじゃないの。
ああ、それにしても。サクラのことだったのね。
サクラ――私流の解釈になるけれども、「物事をうまく運ぶ目的で、一部の人に秘められた状態で物事に関与する人など」かな? だます行為だからイメージはよくないかもしれないけれど、結果的にいいことに使われる場合もある。その一例がマジックのサクラ。
「私は賛成だよ。日本では嫌われるというか、インチキ、ずるという見方をされることが多いけれども、上手に使ったら、驚きを何倍にもできると思ってる」
「ふうむ。じゃあさ、外国にはプロのサクラがいるっていうのは、冗談だよな」
「え、よく知ってるね。サクラを仕事にしているプロがいるみたい」
「ええ、まじなん?」
「シュウさんから聞いた話の受け売りだけどね。森君はどこで聞いたの、その話」
「俺は……その、おまえから聞いた気がしてたんだけど、違うんだよな、その様子だと」
あまりに意外なことを言われたせいで、思わず「私?」って、自分で自分を指差しちゃった。
「ううん、違う。絶対に言ってないわ。シュウさんから聞いたのが割と最近だし」
「そうかぁ。じゃあ、あれは何だったんだろ……」
顎に片手を当てて、考える仕種を見せたかと思ったら、森君、どんどん遅れてる。
「森君!」
「――あ」
走って追い付いた。
サークル設立のために、新学年になってからほぼ、マジックに掛かり切りだったけれども。
小学生も五年にもなると、ちらほらと進学の話が聞こえてくる。どこそこの誰々は塾に通い出したとか、家庭教師を付けてもらったとか、そういう頭と耳が痛い話が。
私の家ではあまりそういう話は出ない。これまで出ていなかっただけで、今後どんどん増えるっていう可能性はあるかもしれない。けど、お父さんもお母さんも勉強しろってうるさくいうことはまずないし、娘を私立の中学に入れようなんて夢にも考えてないみたい。
私自身はというと……勉強は苦手な教科もあるけれど、全般的に嫌いじゃないし、人並みの点数は取っているつもり。知らないことを知るという意味ではわくわくするので、塾に通えるなら通ってみたい気持ちもあるわ。でも今は他にやりたいことがたくさんあって、多分無理。
授業で嫌いなのは体育かなあ。身体を動かすのは楽しいことは楽しいし、特別に運動音痴ではないはずなんだけど、団体戦というかチームでやるスポーツがだめ。自分一人の判断でチームの勝敗が左右されるような場面になると、身体が硬くなっちゃう。引っ込み思案なところがあるくせして、割と自意識過剰なのかも、私。格好悪いところを見せられないって感じ。それで緊張して動けなくて、格好悪いことになってるようじゃ洒落にならない。
その点、マジックなら基本的に一人でできるし、まあ練習すればそれだけ格好良く見せられる。これからも力を入れておこう。勉強はほどほどにやっておけば大丈夫。
と、そんな風にのんきに構えていたのだけれども、五月に入って最初のテストで、やってしまった。さっき言ったサークル設立に時間と気を取られて、さすがに勉強の時間が足りなかったみたい。
「七十点」
算数ならどんなテストでもこれまで悪くて八十点、普通なら八十五点以上は確実に取れていたのに、最低点をいきなり十点も更新してしまった。これはきつい。
赤点じゃないから再テストは免れたけれども、落ち込むよ~。明日は授業じゃない方のサークル活動初日だっていうのに、気が散ってしまう。何より、帰ってまずお母さんに見せることを思うと、お腹に重たい石でも置かれたみたいに、ずーんとなる。
教室でグズグズしていると、遅くなった。今日の放課後は、サークルのみんなは何だかんだと用事があって、下校している。他に仲のいいクラスの子達とも、最近私が奇術サークルばかりに熱心だからかな、前よりは縁遠い感じがする。
「はあ~」
盛大にため息をついて、答案用紙を折り畳もうとしたそのとき、西日の差してくる方向に人がいることに気が付いた。
逆行のおかげで黒く見えるだけで、誰だか分からなかったけど、さっきのため息を見られたとしたら恥ずかしい。そそくさと答案をランドセルに滑り込ませて、帰る準備に取り掛かる。ところが声に呼び止められた。
「佐倉さんにお願いがあるんだけど、今、いい?」
水原さんと分かった。
つづく