第169話 師匠と呼ばせてください!
文字数 2,081文字
シュウさんがペンをもてあそびつつ、にっこり笑う。森君はシュウさんに変なライバル心を持っているみたいだから、その笑顔が気に入らなかったみたい。
「む。そんなことない。簡単にあきらめてたまるかよ」
言い切るや、紙と鉛筆を取り出して、図を描き始めた。
「よし。他のみんなも考えてね。もし問題文で分からないことがあれば、遠慮せずに聞いてください」
場を見渡すシュウさん。私は前もって答を聞いてしまっているので、黙ってコインマジックの練習だ。
「あの、先生」
不知火さんが挙手しながら言った。
「不知火さん、何かな」
「何だ?」
当然、シュウさんに対して言ったと思うんだけど、相田先生まで反応しちゃった。相田先生もすぐに気付いて、ばつが悪そうに頭をかきかき。続けて言った。
「呼び方を考えなきゃいけないな。シュウさん先生とかシュウ先生とか」
「いちいち面倒だよ~」
朱美ちゃんが即座に否定する。
「そんな決め方したって、絶対に短くして『先生』って呼んじゃうから、意味ないって」
「それもそうか。じゃあ、どうすればいいんだ。先生以外となると、そうだな、師匠がいいんじゃないか」
「それ、いいです」
今度はつちりんがいの一番に賛成した。
「教えてくれる人が『先生』なら、私達って『生徒』か『児童』になるけど、『師匠』に教えてもらうんだったら、『弟子』。よい響きだわ~」
なるほど。魔法使いの弟子、悪くない。
「じゃ、師匠ってことで決定」
ほとんど、いや全くシュウさんの意見は聞かずに、なし崩し的に師匠と呼ぶことに決まった。
「やれやれ。もういいかい? じゃ、改めて不知火さん、何?」
シュウさんが聞くと、じっと待っていた不知火さんは「では、シュウ師匠」とわざわざ言い直した。前は寡黙な人だなあっていうイメージばかり先行していたのに、一緒にサークル活動するようになってからは、不知火さんも意外とよく喋ると分かった。その上、時々面白いことをさらっと言う。
「一枚につき十グラムも差があるのでしたら、三十枚分だと本物とニセ物とで三百グラムもニセ物の方が重くなります。それだけ差があれば、手で持っただけで分かる気がするんですが」
「ああ、そうか。確かに」
シュウさん、あっさり認める。もう、初回から師匠がこれでは、面目が立たないんじゃないのかなあ?
「じゃあ、差は一グラムに変更しよう。本物よりもニセ物の方が一グラムだけ重たい。そして秤は物凄く正確だと思ってほしい。これでいいかい?」
「はい、了解しました」
不知火さんが問題に集中し始めると、シュウさんの注意は水原さんに向いたみたい。そういえば話がコインのパズルになってから、水原さん、あまり喋っていないような。
「君は水原さんだよね。推理小説を書くっていう」
「そ、そうです」
「ということは、もしかしたらもう観たことがあるのかな、刑事コロンボシリーズを」
「は、はい。全部じゃなくて、少しだけですが」
いたずらを見付かった子供みたいに首をすくめる水原さん。初対面だという点を考慮に入れても、緊張しすぎに見える。
「観たというのは、僕が今さっき説明した『殺しの序曲』だったの?」
「今よりももっと小さな頃だったので、題名は覚えていません。いくつかの話がごちゃ混ぜになっているかも」
「そんなに小さな頃に観たんだ? 面白かった?」
「面白かったのと怖かったのとあって、でも面白い方が上回ったっていう感じでした」
「よかった。面白く観られたのなら。それで? 水原さんが何か別のことに気を取られていたみたいに見えたんだけど」
「気を取られたっていうか、その、昔観たのを思い出そうとしていたんです。ストーリー全部は無理でも、コインのパズルが出されたシーンとか。手掛かりになると思って」
「なるほど。でもそれじゃあんまり面白くないでしょ。学校で受けるテストじゃないんだから。暗記していることを思い出したってね」
「……すみません」
「謝らないでいいよ。何で謝るのさ。問題を解くのに知識が必要なこともあるんだし、やり方が間違ってるとは言ってないよ。ただ、今回の場合、あんまり楽しくないでしょって言うだけで」
「私、問題を作る方が得意だから……」
そうか。水原さんは推理小説を書く人だけど、謎を解く人じゃないものね。自信がないと、記憶に頼りたくなるっていうのも分かる。
あれっ? ていうことは、森君もパズルを出題するだけで、解く方はあんまり得意じゃないのかしら。
「まだどんな小説を書くのか見ない内に言うのは失礼かもしれないけれども、水原さんはきっと、論理的な思考が得意じゃないかと想像してる」
「得意かどうか自分じゃ分かりません。けど、考えることは好きです」
「だったら」
間を取るシュウさん。今ちょうど背中側しか見えないので、その表情は分からないけれども、きっと微笑みかけているはず。
「考えて、解いてみようよ」
「――はい」
机に置いた水原さんの両手がきゅっと握りしめられるのが見て取れた。
つづく
「む。そんなことない。簡単にあきらめてたまるかよ」
言い切るや、紙と鉛筆を取り出して、図を描き始めた。
「よし。他のみんなも考えてね。もし問題文で分からないことがあれば、遠慮せずに聞いてください」
場を見渡すシュウさん。私は前もって答を聞いてしまっているので、黙ってコインマジックの練習だ。
「あの、先生」
不知火さんが挙手しながら言った。
「不知火さん、何かな」
「何だ?」
当然、シュウさんに対して言ったと思うんだけど、相田先生まで反応しちゃった。相田先生もすぐに気付いて、ばつが悪そうに頭をかきかき。続けて言った。
「呼び方を考えなきゃいけないな。シュウさん先生とかシュウ先生とか」
「いちいち面倒だよ~」
朱美ちゃんが即座に否定する。
「そんな決め方したって、絶対に短くして『先生』って呼んじゃうから、意味ないって」
「それもそうか。じゃあ、どうすればいいんだ。先生以外となると、そうだな、師匠がいいんじゃないか」
「それ、いいです」
今度はつちりんがいの一番に賛成した。
「教えてくれる人が『先生』なら、私達って『生徒』か『児童』になるけど、『師匠』に教えてもらうんだったら、『弟子』。よい響きだわ~」
なるほど。魔法使いの弟子、悪くない。
「じゃ、師匠ってことで決定」
ほとんど、いや全くシュウさんの意見は聞かずに、なし崩し的に師匠と呼ぶことに決まった。
「やれやれ。もういいかい? じゃ、改めて不知火さん、何?」
シュウさんが聞くと、じっと待っていた不知火さんは「では、シュウ師匠」とわざわざ言い直した。前は寡黙な人だなあっていうイメージばかり先行していたのに、一緒にサークル活動するようになってからは、不知火さんも意外とよく喋ると分かった。その上、時々面白いことをさらっと言う。
「一枚につき十グラムも差があるのでしたら、三十枚分だと本物とニセ物とで三百グラムもニセ物の方が重くなります。それだけ差があれば、手で持っただけで分かる気がするんですが」
「ああ、そうか。確かに」
シュウさん、あっさり認める。もう、初回から師匠がこれでは、面目が立たないんじゃないのかなあ?
「じゃあ、差は一グラムに変更しよう。本物よりもニセ物の方が一グラムだけ重たい。そして秤は物凄く正確だと思ってほしい。これでいいかい?」
「はい、了解しました」
不知火さんが問題に集中し始めると、シュウさんの注意は水原さんに向いたみたい。そういえば話がコインのパズルになってから、水原さん、あまり喋っていないような。
「君は水原さんだよね。推理小説を書くっていう」
「そ、そうです」
「ということは、もしかしたらもう観たことがあるのかな、刑事コロンボシリーズを」
「は、はい。全部じゃなくて、少しだけですが」
いたずらを見付かった子供みたいに首をすくめる水原さん。初対面だという点を考慮に入れても、緊張しすぎに見える。
「観たというのは、僕が今さっき説明した『殺しの序曲』だったの?」
「今よりももっと小さな頃だったので、題名は覚えていません。いくつかの話がごちゃ混ぜになっているかも」
「そんなに小さな頃に観たんだ? 面白かった?」
「面白かったのと怖かったのとあって、でも面白い方が上回ったっていう感じでした」
「よかった。面白く観られたのなら。それで? 水原さんが何か別のことに気を取られていたみたいに見えたんだけど」
「気を取られたっていうか、その、昔観たのを思い出そうとしていたんです。ストーリー全部は無理でも、コインのパズルが出されたシーンとか。手掛かりになると思って」
「なるほど。でもそれじゃあんまり面白くないでしょ。学校で受けるテストじゃないんだから。暗記していることを思い出したってね」
「……すみません」
「謝らないでいいよ。何で謝るのさ。問題を解くのに知識が必要なこともあるんだし、やり方が間違ってるとは言ってないよ。ただ、今回の場合、あんまり楽しくないでしょって言うだけで」
「私、問題を作る方が得意だから……」
そうか。水原さんは推理小説を書く人だけど、謎を解く人じゃないものね。自信がないと、記憶に頼りたくなるっていうのも分かる。
あれっ? ていうことは、森君もパズルを出題するだけで、解く方はあんまり得意じゃないのかしら。
「まだどんな小説を書くのか見ない内に言うのは失礼かもしれないけれども、水原さんはきっと、論理的な思考が得意じゃないかと想像してる」
「得意かどうか自分じゃ分かりません。けど、考えることは好きです」
「だったら」
間を取るシュウさん。今ちょうど背中側しか見えないので、その表情は分からないけれども、きっと微笑みかけているはず。
「考えて、解いてみようよ」
「――はい」
机に置いた水原さんの両手がきゅっと握りしめられるのが見て取れた。
つづく