第218話 再び密室毒殺の謎に挑む
文字数 2,054文字
ややあって、金田朱美が口を開く。
「だいたいできるようになってきたんだし、単調な繰り返し練習よりかは、この辺りで別のことをした方が気分が変わって面白いかもしれない」
左斜め前に座る彼女の発言を耳にして、宗平は、面白がってくれりゃいいんだけどなと、またちょっと不安が鎌首をもたげた。
「反対の人は? 意見があれば遠慮せずに言ってください」
しばらく反応なしが続いてから、木之元陽子が「実質、サクラの奇術サークルなんだから、好きなようにしなよ」と座ったまま声を掛けた。
「ただ、代わりに何をするのか、テーマは気になる」
「ありがとう。以前、宙ぶらりんで一旦、棚上げになっていた件です」
「宙ぶらりん、意外とあると思う」
水原玲がすかさず反応した。
「シュウさん師匠が教えに来てくれるようになったことや週二回催されるせいもあると思うけれども、変更が多い」
「ごめーん。そういうのをちょっとずつ片付けていこうというわけ。今回は森君」
手を拝み合わせて謝ったあと、佐倉が紹介する。皆の視線が宗平に集まった。
「森君がということは、あれですね、夢の中のファンタジックな事件の続き」
土屋善恵が察しよく反応した。推理小説関係には知識の面で強くない彼女だが、ファンタジー要素のある事柄はよく知っており、関心も高いみたいだ。
「そうだよ」
返事してから席を離れ、教壇へと向かう宗平。入れ替わり降りようとする佐倉とすれ違ってから、はたと思い出して声を掛けた。
「ぎりぎりまで黙っておこうと思ってて、忘れてた。佐倉さんに一つやってもらいたいことがあるんだ」
「私に? 何を? あれやれこれやれって急に言われても困るんだけど」
不安がりつつ、少し怒っている口調になった佐倉。宗平は手に小さなアコーディオンを持っているような仕種をした。
「あれだよ、あれ。この前、練習してたやつ」
「あれ……」
佐倉はすぐにはぴんと来なかったようだが、宗平の動作を真似て理解したらしい。
「ああ、分かった。でもあれは、まだみんなに教える段階じゃないんだけれど」
「いいんだ。佐倉さんができればそれで済むから」
「ふうん? よく分からないけど、いつやればいいの。今すぐ?」
「少しあと。そのときが来たら俺から言うから、頼むよ」
「分かった。準備しとく」
段取りが悪かったせいで、二人でごにょごにょと内緒話をしたみたいになった。
「仲よきことは美しきかな、でしょうか」
不知火遙が冷やかすつもりがあるのかどうか、淡々と評した。これからする一種のほら話には勢いが大事と思っている宗平は、教壇に上がるなり、不知火の方を指差した。
「えー、不知火さん。調子が狂うから黙っててくれる?」
「はい。分かりました」
素直に応じ、澄まし顔でにこにこする不知火。あんまり彼女ばかり気にしていると、やっぱり調子がおかしくなると宗平は感じた。どうも苦手だ。頭を切り替え、気持ちの上で助走して勢いを付けることに努める。
「えーっと。夢の中の事件のことをおさらいするのは面倒だし、みんなだいたい覚えていると思うから、物凄く簡略化してポイントを絞って言うぞ。鍵の掛かった部屋の中で、若い男が死んでいた。これからする話に名前や仕事はあんま関係ないんだけど、ナイト・ファウスト侍従長だ。死因はエルクサムという毒物によるもの。サイズは大きめのコインぐらいで、その一枚分を飲み込むと窒息死する。問題は鍵の掛かった部屋にいるナイト・ファウストにどうやって毒を摂取させることができたか。この問題はさらに分類できると思う。毒を飲ませたあと部屋の外からどうにかして鍵を掛けたか、死んだ本人が鍵を掛けたあと室内のどこかにあった毒を口にしたか、あるいは高い位置にある窓の隙間を利用して被害者に毒を盛るなり、ドアの鍵を掛けるなりしたか」
「前は一応、窓の隙間を使ったっていう説が有力な感じで終わってたんじゃなかったっけ?」
木之元が思い出す風に天井を見やりながら言った。水原がそこへ補足する。
「有力ではあるけれども、決定打がない、もしくは共犯関係に矛盾を含んでいるという具合になって、議論は切り上げられたはず」
「そう。さすが、よく覚えてる」
推理小説の専門家と言える水原からの突っ込みが一番激しくなると想像している宗平だが、味方してくれたら話が進めやすいとも思う。なのでここは見え透いたお世辞の一つも言っておく。
「ところで、推理する上で一番厄介なのは何だった?」
みんなを見渡し、意見を求める。ここでより有力な仮説が出て来るようなら、宗平は自説を引っ込め、急遽撤退する選択肢もある。
「それはもちろん、魔法が関係していることじゃないかなあ?」
真っ先に言ったのは土屋。ゆるく握った両手の拳を頭に当てて、目を閉じ気味にしてしかめっ面になる。
「魔法がある世界っていうだけで、考えなきゃいけないことが広がりすぎてこんがらがって、もうわやくちゃ~って感じ」
つづく
「だいたいできるようになってきたんだし、単調な繰り返し練習よりかは、この辺りで別のことをした方が気分が変わって面白いかもしれない」
左斜め前に座る彼女の発言を耳にして、宗平は、面白がってくれりゃいいんだけどなと、またちょっと不安が鎌首をもたげた。
「反対の人は? 意見があれば遠慮せずに言ってください」
しばらく反応なしが続いてから、木之元陽子が「実質、サクラの奇術サークルなんだから、好きなようにしなよ」と座ったまま声を掛けた。
「ただ、代わりに何をするのか、テーマは気になる」
「ありがとう。以前、宙ぶらりんで一旦、棚上げになっていた件です」
「宙ぶらりん、意外とあると思う」
水原玲がすかさず反応した。
「シュウさん師匠が教えに来てくれるようになったことや週二回催されるせいもあると思うけれども、変更が多い」
「ごめーん。そういうのをちょっとずつ片付けていこうというわけ。今回は森君」
手を拝み合わせて謝ったあと、佐倉が紹介する。皆の視線が宗平に集まった。
「森君がということは、あれですね、夢の中のファンタジックな事件の続き」
土屋善恵が察しよく反応した。推理小説関係には知識の面で強くない彼女だが、ファンタジー要素のある事柄はよく知っており、関心も高いみたいだ。
「そうだよ」
返事してから席を離れ、教壇へと向かう宗平。入れ替わり降りようとする佐倉とすれ違ってから、はたと思い出して声を掛けた。
「ぎりぎりまで黙っておこうと思ってて、忘れてた。佐倉さんに一つやってもらいたいことがあるんだ」
「私に? 何を? あれやれこれやれって急に言われても困るんだけど」
不安がりつつ、少し怒っている口調になった佐倉。宗平は手に小さなアコーディオンを持っているような仕種をした。
「あれだよ、あれ。この前、練習してたやつ」
「あれ……」
佐倉はすぐにはぴんと来なかったようだが、宗平の動作を真似て理解したらしい。
「ああ、分かった。でもあれは、まだみんなに教える段階じゃないんだけれど」
「いいんだ。佐倉さんができればそれで済むから」
「ふうん? よく分からないけど、いつやればいいの。今すぐ?」
「少しあと。そのときが来たら俺から言うから、頼むよ」
「分かった。準備しとく」
段取りが悪かったせいで、二人でごにょごにょと内緒話をしたみたいになった。
「仲よきことは美しきかな、でしょうか」
不知火遙が冷やかすつもりがあるのかどうか、淡々と評した。これからする一種のほら話には勢いが大事と思っている宗平は、教壇に上がるなり、不知火の方を指差した。
「えー、不知火さん。調子が狂うから黙っててくれる?」
「はい。分かりました」
素直に応じ、澄まし顔でにこにこする不知火。あんまり彼女ばかり気にしていると、やっぱり調子がおかしくなると宗平は感じた。どうも苦手だ。頭を切り替え、気持ちの上で助走して勢いを付けることに努める。
「えーっと。夢の中の事件のことをおさらいするのは面倒だし、みんなだいたい覚えていると思うから、物凄く簡略化してポイントを絞って言うぞ。鍵の掛かった部屋の中で、若い男が死んでいた。これからする話に名前や仕事はあんま関係ないんだけど、ナイト・ファウスト侍従長だ。死因はエルクサムという毒物によるもの。サイズは大きめのコインぐらいで、その一枚分を飲み込むと窒息死する。問題は鍵の掛かった部屋にいるナイト・ファウストにどうやって毒を摂取させることができたか。この問題はさらに分類できると思う。毒を飲ませたあと部屋の外からどうにかして鍵を掛けたか、死んだ本人が鍵を掛けたあと室内のどこかにあった毒を口にしたか、あるいは高い位置にある窓の隙間を利用して被害者に毒を盛るなり、ドアの鍵を掛けるなりしたか」
「前は一応、窓の隙間を使ったっていう説が有力な感じで終わってたんじゃなかったっけ?」
木之元が思い出す風に天井を見やりながら言った。水原がそこへ補足する。
「有力ではあるけれども、決定打がない、もしくは共犯関係に矛盾を含んでいるという具合になって、議論は切り上げられたはず」
「そう。さすが、よく覚えてる」
推理小説の専門家と言える水原からの突っ込みが一番激しくなると想像している宗平だが、味方してくれたら話が進めやすいとも思う。なのでここは見え透いたお世辞の一つも言っておく。
「ところで、推理する上で一番厄介なのは何だった?」
みんなを見渡し、意見を求める。ここでより有力な仮説が出て来るようなら、宗平は自説を引っ込め、急遽撤退する選択肢もある。
「それはもちろん、魔法が関係していることじゃないかなあ?」
真っ先に言ったのは土屋。ゆるく握った両手の拳を頭に当てて、目を閉じ気味にしてしかめっ面になる。
「魔法がある世界っていうだけで、考えなきゃいけないことが広がりすぎてこんがらがって、もうわやくちゃ~って感じ」
つづく