第155話 疑いと否定
文字数 1,985文字
「はい。ちゃんと理由もありますし、充分賛成できます」
にこりと微笑む不知火さん。彼女もまた楽しそうだ。それは自身よりも、水原さんの生き生きとした様を目の当たりにして、喜んでいるみたいに見える。
「フィリポにしても、悪漢に襲われた夢を見て壁を出したのなら、壁の高さは人の身長よりも少し高いぐらいでとりあえず用をなしますから、言い訳は立ちます」
「あら。そう言うからには、不知火さんは馭者のフィリポが怪しいとにらんでいるの? 言い訳が立つだなんて」
陽子ちゃんが意外そうに言った。
「まあ、そうなりますね。いえ、フィリポに絞り込んだという意味ではありません。他の人達と同程度に、フィリポも怪しいということです。彼の犯行だとするには、少なからず気になるハードルがありますし」
「そのハードルって?」
陽子ちゃんは重ねて聞いてから、許可を求めるかのように水原さんの方を見た。
「面白くて、興味深いです」
水原さんは言いながら、ボードに書き出したフィリポの魔法能力にアンダーラインを引いた。
「私もフィリポが魔法を使って犯行を成し遂げるには難があると、引っ掛かりを覚えてるの。ひょっとしたら同じこと考えているかもしれない」
「では、同時に言いましょうか」
「言ってもいいけど、声が揃うとは思えない」
苦笑した水原さんは少し考え、「窓に関係してること?」と不知火さんに確認した。そして肯定する返事を受けて、
「じゃあ多分同じだわ。不知火さん、言ってみて」
と、相手を促す。
「それでは少し長いですが……事件当夜、ファウスト侍従長の部屋の窓が開いているか否か不明なのに、六メートルの高さに届く壁を作っても仕方がありません」
「ああ、なるほど」
感心したのは陽子ちゃん。水原さんはやはり同意見だったみたいで、満足そうに首肯している。つちりんは首を傾げ、
「窓を外からノックしたら開けてくれるかも?」
と改善案を出した。これを否定するのは水原さん。
「考えてもみて。大金を貸したのに返さないでいるような男が、夜中に、三階の部屋の窓の外にいるんだよ。あなたなら開ける?」
「開けないー。そっかあ」
納得したと言わんばかりに膝を打つつちりん。朱美ちゃんもふんふんとうなずきつつ、「金を返しに来た、なんて言っても信じないだろうしね。怪しさ全開だわ」と認める。
私は私で、思い付いたことを口にしてみた。
「これが馭者じゃなくて元恋人だったら、可能性はゼロではない、と思っていいのかな」
「ジュディ・カークランのことね。そう、ゼロではない、だけどやはり怪しいことには違いないと思う。ただ、カークランとメインの立場なら、秘密の仕事があって正面切って訪ねられない、密かに会う必要がある、とでも言われたら侍従長は応じざるを得ないかも」
「でも確か彼女の魔法は」
「ええ。高さが二メートル五十センチまでだったかしら。その水面の上に立てたとしたって、四メートル五十にもならないはず。六メートルには全然届かない」
「ジュディ・カークランが身長三メートル半ののっぽさんだったら話は違ってきますが、さすがにそれなら特記事項として森君が言及するでしょうね」
不知火さんが真顔で言った。
「あははははっ。そこを黙っていられたら、どうにもならないじゃないのよー」
陽子ちゃんは対照的に大受けしている。
「いくら魔法のある世界だからといって、身長六メートル以上ある登場人物が当たり前のようにいたとしたら、トリックも何もあったもんじゃない」
「はい。ですので、その辺りは常識を当てはめて考えていけばいいのだと思います。常識といえば、対照的に面白いパズルがあるんですよ。いつもは森君がいてきっと即答されるに違いないので遠慮していましたけれど、今日はちょうどいいので言ってみますね」
不知火さんがいきなり始めちゃった。けど、水原さんは特に気にしていない。
「私も人から聞いたもので詳しくはありませんが、有名なパズル作家の作だそうです。――
『思い描いてみてください。真っ黒に塗られた塀がたっていて、その向こう側から男が出て来た。男の格好は黒い帽子に黒いコートをはだけさせ、上は黒のベスト、下は黒の長ズボンに黒シューズ。黒革の手袋をはめ、靴下も黒という全身黒尽くし。しばらく歩いた男は急に立ち止まったかと思うとしゃがんで、黒アスファルトの道にあった小さな黒い石を素早くつまみ上げた。男は何故そこに黒い小石があると分かった? なお、月は出ていない』
――という問題ですが、分かりますか」
つづく
※末尾のパズルは、『一生遊べる奇想天外パズル』(芦ヶ原伸之 光文社文庫)にあるエッセイの中に出て来ます。本が手元になく、記憶に頼って書いているため、文言は違っていると思いますが、パズルの趣旨は同じです。
にこりと微笑む不知火さん。彼女もまた楽しそうだ。それは自身よりも、水原さんの生き生きとした様を目の当たりにして、喜んでいるみたいに見える。
「フィリポにしても、悪漢に襲われた夢を見て壁を出したのなら、壁の高さは人の身長よりも少し高いぐらいでとりあえず用をなしますから、言い訳は立ちます」
「あら。そう言うからには、不知火さんは馭者のフィリポが怪しいとにらんでいるの? 言い訳が立つだなんて」
陽子ちゃんが意外そうに言った。
「まあ、そうなりますね。いえ、フィリポに絞り込んだという意味ではありません。他の人達と同程度に、フィリポも怪しいということです。彼の犯行だとするには、少なからず気になるハードルがありますし」
「そのハードルって?」
陽子ちゃんは重ねて聞いてから、許可を求めるかのように水原さんの方を見た。
「面白くて、興味深いです」
水原さんは言いながら、ボードに書き出したフィリポの魔法能力にアンダーラインを引いた。
「私もフィリポが魔法を使って犯行を成し遂げるには難があると、引っ掛かりを覚えてるの。ひょっとしたら同じこと考えているかもしれない」
「では、同時に言いましょうか」
「言ってもいいけど、声が揃うとは思えない」
苦笑した水原さんは少し考え、「窓に関係してること?」と不知火さんに確認した。そして肯定する返事を受けて、
「じゃあ多分同じだわ。不知火さん、言ってみて」
と、相手を促す。
「それでは少し長いですが……事件当夜、ファウスト侍従長の部屋の窓が開いているか否か不明なのに、六メートルの高さに届く壁を作っても仕方がありません」
「ああ、なるほど」
感心したのは陽子ちゃん。水原さんはやはり同意見だったみたいで、満足そうに首肯している。つちりんは首を傾げ、
「窓を外からノックしたら開けてくれるかも?」
と改善案を出した。これを否定するのは水原さん。
「考えてもみて。大金を貸したのに返さないでいるような男が、夜中に、三階の部屋の窓の外にいるんだよ。あなたなら開ける?」
「開けないー。そっかあ」
納得したと言わんばかりに膝を打つつちりん。朱美ちゃんもふんふんとうなずきつつ、「金を返しに来た、なんて言っても信じないだろうしね。怪しさ全開だわ」と認める。
私は私で、思い付いたことを口にしてみた。
「これが馭者じゃなくて元恋人だったら、可能性はゼロではない、と思っていいのかな」
「ジュディ・カークランのことね。そう、ゼロではない、だけどやはり怪しいことには違いないと思う。ただ、カークランとメインの立場なら、秘密の仕事があって正面切って訪ねられない、密かに会う必要がある、とでも言われたら侍従長は応じざるを得ないかも」
「でも確か彼女の魔法は」
「ええ。高さが二メートル五十センチまでだったかしら。その水面の上に立てたとしたって、四メートル五十にもならないはず。六メートルには全然届かない」
「ジュディ・カークランが身長三メートル半ののっぽさんだったら話は違ってきますが、さすがにそれなら特記事項として森君が言及するでしょうね」
不知火さんが真顔で言った。
「あははははっ。そこを黙っていられたら、どうにもならないじゃないのよー」
陽子ちゃんは対照的に大受けしている。
「いくら魔法のある世界だからといって、身長六メートル以上ある登場人物が当たり前のようにいたとしたら、トリックも何もあったもんじゃない」
「はい。ですので、その辺りは常識を当てはめて考えていけばいいのだと思います。常識といえば、対照的に面白いパズルがあるんですよ。いつもは森君がいてきっと即答されるに違いないので遠慮していましたけれど、今日はちょうどいいので言ってみますね」
不知火さんがいきなり始めちゃった。けど、水原さんは特に気にしていない。
「私も人から聞いたもので詳しくはありませんが、有名なパズル作家の作だそうです。――
『思い描いてみてください。真っ黒に塗られた塀がたっていて、その向こう側から男が出て来た。男の格好は黒い帽子に黒いコートをはだけさせ、上は黒のベスト、下は黒の長ズボンに黒シューズ。黒革の手袋をはめ、靴下も黒という全身黒尽くし。しばらく歩いた男は急に立ち止まったかと思うとしゃがんで、黒アスファルトの道にあった小さな黒い石を素早くつまみ上げた。男は何故そこに黒い小石があると分かった? なお、月は出ていない』
――という問題ですが、分かりますか」
つづく
※末尾のパズルは、『一生遊べる奇想天外パズル』(芦ヶ原伸之 光文社文庫)にあるエッセイの中に出て来ます。本が手元になく、記憶に頼って書いているため、文言は違っていると思いますが、パズルの趣旨は同じです。