第225話 好きすぎて隙を見せる
文字数 2,041文字
「ほんと? どんな話だった?」
目をいっぱいに開いて、うなずきながら聞き返す水原さん。興味津々を絵に描いたみたいだよね。
「どんなって、単純な……おすすめするほどの内容かなって、感じたわよ。えっと、ネタばらしになるのはかまわないの? みんなに聞こえるけれども」
「あ、かまわなくはない」
はたと気付いた様子で水原さんは席を立つと、朱美ちゃんのところまで小走りで駆け付けた。そして身体を右に傾け、耳打ちするように言う。
「タイトルが同じ占星術殺人事件だったなあって記憶してるんだけど、そのネタが――」
「うん、うんうん」
ひとくさりひそひそ話を終えて、水原さんはにっこりした。
「ああ、よかった。安心した」
「えっ。ていうことは違う作品?」
「ええ、全然別。今の話、みんなにもして。そういうトリックではないと分かって欲しいから」
「う、うん。――私が覚えていたのは、殺人事件の被害者が占い師――占星術師で、ちり紙を口にくわえて死んでいたっていう話。犯人はやぎ座の人物だってことなんだけど」
「えー、それってやぎは紙を食べると言われているから?」
つちりんがすでにがっかりしたような調子で確認を取る。朱美ちゃんは当然のように首を縦に振った。
「実際には、普段ちゃんと草葉を食べているやぎならよほどのことがない限り、紙は食べないそうですし、字や写真などが印刷された紙だとインクの成分が、やぎの内臓にとってよくないとも聞きますね」
不知火さんの豆知識披露。これに負けじと(?)陽子ちゃんまで、「ティッシュペーパーにしたって、化学薬品が使われているから、食べさせないでくださいって動物園に看板が立っているのを見たわ」と言った。
「みんなー、話が脱線してるよっ」
水原さんが一瞬、頬を膨らませた。朱美ちゃんがすぐさま応じる。
「あー、ていうことは、このトリックよりかは面白いってことだね?」
「もう、段違い。比べるのも失礼なくらい」
そこまでしゃべってから、あ、という風に手のひらを口にあてがう水原さん。
「どうかした?」
「失敗した……気を付けていたつもりなのに」
「え、何がどう失敗……」
朱美ちゃんが慌ててる。私も含めて他のメンバーも、失敗の意味するところを量りかねていた。
「本当に凄い作品は、こんな風に煽ってはいけないのに。敢えて『これ、新人のデビュー作出し最高傑作って訳ではないけれども、まあ読む価値はあるわよ』ぐらいに抑えておくのが、最も効果的んじゃないかと信じてる。読者に与える衝撃度が」
「答えてくれて嬉しいけれども、それを言うとますますだめなんじゃあ……」
「あっ」
水原さん、失敗を重ねて懲りたのか、唇を真ん中でぎゅっと結んだ。くぐもった声で「とにかく読んでみて」とだけ言い、あとは静かになる。
と、そこへ森君がぽつりと呟くように。
「好きなことになると熱が入って、ちょっぴり暴走気味になるんだな」
あちゃあ。水原さん自身よく分かっているでしょうに、そして今、反省しているところでしょうに、わざわざ声に出して言わなくても。
思いは皆同じだったらしく、女子全員が彼の方を、きっ、という目つきとともに振り向いた。
「今言わなくてもいいと思うよ、森君」
幸いと言っていいのだろう、最初に口を開いたのはつちりんで、それも穏やか~な口調だった。これなら口げんかには発展しないはず。
「え。俺、何かまずいこと言った?」
「追い打ちを掛けるというやつです」
これは不知火さん。この人も話し方は丁寧で穏やかな方だと思うけれど、森君の方が苦手意識を持っているのか、そんな節がちらほら見受けられるんだよね。
「分かりにくければ、極端に強調して別の言い回しにすると……溺れている犬に石を投げる、とか」
「ええ? いや、違う、待て、誤解すんな」
焦りが露わな森君。両手を激しく振っているのは、この場の雰囲気を追い払おうとしているのかしら。水原さんの顔をちらちら見ながら、抗弁する。
「俺が言いたかったのは、好きなことに夢中になるのは当たり前、それくらいじゃないと本当に好きとは言えないってニュアンスなんだけど……伝わらなかったとか?」
そういう意味で言ったのなら、私も理解できる。とやかく言うようなことじゃない。あとは水原さんの受け止め方次第。
「……伝わりにくかった」
答える水原さんは、どこか安心したようにも見える。怒るようなことじゃなくて、ほっとしたって感じ?
「おかげで、他にも言おうとしていたこと、忘れそうになったわ。森君向けにね」
「俺向け? パズルの出て来るミステリがまだあるってことか」
「そう。これは小説の中にある図を見ただけでトリックが分かってしまったから、きっと森君にとっても瞬殺レベルだと思う」
「図を見ただけで……って、プレッシャー掛けるなよ」
弱気な口ぶりになった森君だけれども、パズルのことならとプライドは高そうだ。
つづく
目をいっぱいに開いて、うなずきながら聞き返す水原さん。興味津々を絵に描いたみたいだよね。
「どんなって、単純な……おすすめするほどの内容かなって、感じたわよ。えっと、ネタばらしになるのはかまわないの? みんなに聞こえるけれども」
「あ、かまわなくはない」
はたと気付いた様子で水原さんは席を立つと、朱美ちゃんのところまで小走りで駆け付けた。そして身体を右に傾け、耳打ちするように言う。
「タイトルが同じ占星術殺人事件だったなあって記憶してるんだけど、そのネタが――」
「うん、うんうん」
ひとくさりひそひそ話を終えて、水原さんはにっこりした。
「ああ、よかった。安心した」
「えっ。ていうことは違う作品?」
「ええ、全然別。今の話、みんなにもして。そういうトリックではないと分かって欲しいから」
「う、うん。――私が覚えていたのは、殺人事件の被害者が占い師――占星術師で、ちり紙を口にくわえて死んでいたっていう話。犯人はやぎ座の人物だってことなんだけど」
「えー、それってやぎは紙を食べると言われているから?」
つちりんがすでにがっかりしたような調子で確認を取る。朱美ちゃんは当然のように首を縦に振った。
「実際には、普段ちゃんと草葉を食べているやぎならよほどのことがない限り、紙は食べないそうですし、字や写真などが印刷された紙だとインクの成分が、やぎの内臓にとってよくないとも聞きますね」
不知火さんの豆知識披露。これに負けじと(?)陽子ちゃんまで、「ティッシュペーパーにしたって、化学薬品が使われているから、食べさせないでくださいって動物園に看板が立っているのを見たわ」と言った。
「みんなー、話が脱線してるよっ」
水原さんが一瞬、頬を膨らませた。朱美ちゃんがすぐさま応じる。
「あー、ていうことは、このトリックよりかは面白いってことだね?」
「もう、段違い。比べるのも失礼なくらい」
そこまでしゃべってから、あ、という風に手のひらを口にあてがう水原さん。
「どうかした?」
「失敗した……気を付けていたつもりなのに」
「え、何がどう失敗……」
朱美ちゃんが慌ててる。私も含めて他のメンバーも、失敗の意味するところを量りかねていた。
「本当に凄い作品は、こんな風に煽ってはいけないのに。敢えて『これ、新人のデビュー作出し最高傑作って訳ではないけれども、まあ読む価値はあるわよ』ぐらいに抑えておくのが、最も効果的んじゃないかと信じてる。読者に与える衝撃度が」
「答えてくれて嬉しいけれども、それを言うとますますだめなんじゃあ……」
「あっ」
水原さん、失敗を重ねて懲りたのか、唇を真ん中でぎゅっと結んだ。くぐもった声で「とにかく読んでみて」とだけ言い、あとは静かになる。
と、そこへ森君がぽつりと呟くように。
「好きなことになると熱が入って、ちょっぴり暴走気味になるんだな」
あちゃあ。水原さん自身よく分かっているでしょうに、そして今、反省しているところでしょうに、わざわざ声に出して言わなくても。
思いは皆同じだったらしく、女子全員が彼の方を、きっ、という目つきとともに振り向いた。
「今言わなくてもいいと思うよ、森君」
幸いと言っていいのだろう、最初に口を開いたのはつちりんで、それも穏やか~な口調だった。これなら口げんかには発展しないはず。
「え。俺、何かまずいこと言った?」
「追い打ちを掛けるというやつです」
これは不知火さん。この人も話し方は丁寧で穏やかな方だと思うけれど、森君の方が苦手意識を持っているのか、そんな節がちらほら見受けられるんだよね。
「分かりにくければ、極端に強調して別の言い回しにすると……溺れている犬に石を投げる、とか」
「ええ? いや、違う、待て、誤解すんな」
焦りが露わな森君。両手を激しく振っているのは、この場の雰囲気を追い払おうとしているのかしら。水原さんの顔をちらちら見ながら、抗弁する。
「俺が言いたかったのは、好きなことに夢中になるのは当たり前、それくらいじゃないと本当に好きとは言えないってニュアンスなんだけど……伝わらなかったとか?」
そういう意味で言ったのなら、私も理解できる。とやかく言うようなことじゃない。あとは水原さんの受け止め方次第。
「……伝わりにくかった」
答える水原さんは、どこか安心したようにも見える。怒るようなことじゃなくて、ほっとしたって感じ?
「おかげで、他にも言おうとしていたこと、忘れそうになったわ。森君向けにね」
「俺向け? パズルの出て来るミステリがまだあるってことか」
「そう。これは小説の中にある図を見ただけでトリックが分かってしまったから、きっと森君にとっても瞬殺レベルだと思う」
「図を見ただけで……って、プレッシャー掛けるなよ」
弱気な口ぶりになった森君だけれども、パズルのことならとプライドは高そうだ。
つづく