第265話 恐ろしい光景と恐ろしい想像
文字数 2,063文字
「そうだな。一応、君達が証人になってくれたら、多少は疑われにくくなるかもしれない」
独り言めいた口ぶりで言ったかと思うと、実朝さんは意を決した風に、今来た方へとつま先を向けた。勢いが付いて、ちょっとした風が起きるくらい。
「着いてきて。そして、何を見ても気を失わないようにしてくれよ」
気を失わないでくれとはまた穏やかじゃないわ。気になるフレーズが立て続けに出て来て、私達の間でも緊張感が増してきたみたい。最初の一歩が踏み出せないでいると、森君がすっと前を横切り、先頭に立った。
「どうってことねえよ。少なくとも、危険な物じゃないんだろ」
「何を根拠に……」
「危険な物だったら、あのおじさん、実朝さんがその場を離れて家の中をうろちょろするはずがない。――だよね、実朝さん?」
「ああ、そうだな」
森君からの問い掛けを肯定する実朝さん。最前に比べたら、落ち着いてきているように聞こえた。
「ただ、恐ろしい物ではある」
忠告めいた口調でそう付け足してきた。思わず、空唾を飲み込む仕種をしてしまった。
そのまま無言で少し歩き、ある部屋の前で立ち止まる。障子戸四枚で廊下と隔てられた、なかなか大きな部屋だ。電灯は点ってないみたいだけど、反対側に大きな窓ガラスでもあるのか、もしくは完全に開け放たれているのか、結構明るい。
「覚悟はいいかい」
取っ手に指を掛けつつ、実朝さんが言った。今さら、否も応もない。証人になってくれたらとも言われてるんだし、何があろうと見なきゃしょうがないでしょ。
「くれぐれも言っておくが、中には入らないように。その場から覗けば分かるから」
最後にそう言って、実朝さんは戸を横に引いた。実朝さんの手が震えているのかどうか、戸はかたかたと音を立ててスライドし、部屋への入口が開けた。
想像した以上に眩しくて一瞬、目を背けた。けど、立つ位置をちょっと変えることで、問題なく中を見通せた。強めの光は、どうやら室内灯の明かりがテーブルの縁の銀色に反射した結果だったみたい。
それよりも――問題はそのテーブルの上にある物だった。さっきも書いたように、銀色をした金属の枠にガラスの板をはめ込んだ四つ足テーブルが、部屋の中央に置かれている。ガラスは無色透明なので、当然、テーブルの下が見通せる。
そんなテーブルの上にあったのは、人間の頭……のように見えた。マネキンの頭部みたいに、切り口?を下にして立ててある。切り口の縁は、鮮やかな赤色が着いていた。
顔は部屋の奥の方へ向いている。だから、今私達が立っているところからは、表情はほとんど見られない。ほんの少し、左耳から左の目尻にかけてが、視界に入る。それとて斜め上から見下ろす感じだし、黒い髪の毛がいくらか掛かってはっきりしない。
「それ、まさか、桂崎さん……?」
私は勇気を出して尋ねた。あり得ないという気持ちの一方で、問題の頭部の髪や皮膚が、本物っぽく感じられるのも事実だ。
「こっち側から見せる訳にはいかないが……君の言う通りだ」
実朝さんはしっかりした口調で答えてくれた。ほんのついさっきまで、動揺しまくっていたのが、急に落ち着いたように映る。私達が驚き、震え出したものだから、逆に冷静になれたのかしら?
「う嘘だろ」
森君が変に早口で言った。部屋に入りたそうに片足が前に出てるんだけれども、上半身はのけぞり気味で、踏ん切りが付かない様子。
「本当に頭なら、他の部分はどこに……」
今度は朱美ちゃん。私と森君の後ろに、隠れるようにして立っている割に、声は案外、落ち着いているみたい。
実朝さんは「分からない」と即答し、部屋全体を見渡しながら続けた。
「どこにもないだろう? こんな状況でなんだけど、君らには証人になって欲しい。僕がこんなことをする時間はなかったって」
アリバイという言葉が脳裏に浮かぶ。声には出さなかった。でも証人になることには異存がないから、私達三人はそれぞれうなずいた。駅で私達を出迎えて車に乗せてくれた実朝さんが、この家に着いてから桂崎さんをどうこうする時間がなかったのは明らかだわ。何しろ、桂崎さんが元気だったのは、私達が駅にいる時点で、携帯端末を通じて見ているのだから。
「あ、でも」
気になる点に思い当たってしまった。
画面の中の桂崎さんはマスクをしていた。掃除中だったらマスクを掛けていても不思議じゃないけど、今もちらちらと視界に入る頭部にはマスクが掛かっていない。犯人がわざわざ外した? それとも桂崎さん自身がマスクを外したあと、襲われた?
ううん、それ以上に気になるのは、私達が桂崎さんの顔をよく知らないという事実。声だって同様だ。
ということは、別人がなりすましていたとしても、私達には分からない。あのマスクは、あとで本物の桂崎さん(の頭部)を見たときに、違いに気付かれにくくするためにしていた――とは考えられない!?
ぞくり。
寒気を覚えて腕をさする。鳥肌が立っていた。もしもこの想像が当たっているなら、それを仕組んだのは実朝さん以外に考えられない……。
独り言めいた口ぶりで言ったかと思うと、実朝さんは意を決した風に、今来た方へとつま先を向けた。勢いが付いて、ちょっとした風が起きるくらい。
「着いてきて。そして、何を見ても気を失わないようにしてくれよ」
気を失わないでくれとはまた穏やかじゃないわ。気になるフレーズが立て続けに出て来て、私達の間でも緊張感が増してきたみたい。最初の一歩が踏み出せないでいると、森君がすっと前を横切り、先頭に立った。
「どうってことねえよ。少なくとも、危険な物じゃないんだろ」
「何を根拠に……」
「危険な物だったら、あのおじさん、実朝さんがその場を離れて家の中をうろちょろするはずがない。――だよね、実朝さん?」
「ああ、そうだな」
森君からの問い掛けを肯定する実朝さん。最前に比べたら、落ち着いてきているように聞こえた。
「ただ、恐ろしい物ではある」
忠告めいた口調でそう付け足してきた。思わず、空唾を飲み込む仕種をしてしまった。
そのまま無言で少し歩き、ある部屋の前で立ち止まる。障子戸四枚で廊下と隔てられた、なかなか大きな部屋だ。電灯は点ってないみたいだけど、反対側に大きな窓ガラスでもあるのか、もしくは完全に開け放たれているのか、結構明るい。
「覚悟はいいかい」
取っ手に指を掛けつつ、実朝さんが言った。今さら、否も応もない。証人になってくれたらとも言われてるんだし、何があろうと見なきゃしょうがないでしょ。
「くれぐれも言っておくが、中には入らないように。その場から覗けば分かるから」
最後にそう言って、実朝さんは戸を横に引いた。実朝さんの手が震えているのかどうか、戸はかたかたと音を立ててスライドし、部屋への入口が開けた。
想像した以上に眩しくて一瞬、目を背けた。けど、立つ位置をちょっと変えることで、問題なく中を見通せた。強めの光は、どうやら室内灯の明かりがテーブルの縁の銀色に反射した結果だったみたい。
それよりも――問題はそのテーブルの上にある物だった。さっきも書いたように、銀色をした金属の枠にガラスの板をはめ込んだ四つ足テーブルが、部屋の中央に置かれている。ガラスは無色透明なので、当然、テーブルの下が見通せる。
そんなテーブルの上にあったのは、人間の頭……のように見えた。マネキンの頭部みたいに、切り口?を下にして立ててある。切り口の縁は、鮮やかな赤色が着いていた。
顔は部屋の奥の方へ向いている。だから、今私達が立っているところからは、表情はほとんど見られない。ほんの少し、左耳から左の目尻にかけてが、視界に入る。それとて斜め上から見下ろす感じだし、黒い髪の毛がいくらか掛かってはっきりしない。
「それ、まさか、桂崎さん……?」
私は勇気を出して尋ねた。あり得ないという気持ちの一方で、問題の頭部の髪や皮膚が、本物っぽく感じられるのも事実だ。
「こっち側から見せる訳にはいかないが……君の言う通りだ」
実朝さんはしっかりした口調で答えてくれた。ほんのついさっきまで、動揺しまくっていたのが、急に落ち着いたように映る。私達が驚き、震え出したものだから、逆に冷静になれたのかしら?
「う嘘だろ」
森君が変に早口で言った。部屋に入りたそうに片足が前に出てるんだけれども、上半身はのけぞり気味で、踏ん切りが付かない様子。
「本当に頭なら、他の部分はどこに……」
今度は朱美ちゃん。私と森君の後ろに、隠れるようにして立っている割に、声は案外、落ち着いているみたい。
実朝さんは「分からない」と即答し、部屋全体を見渡しながら続けた。
「どこにもないだろう? こんな状況でなんだけど、君らには証人になって欲しい。僕がこんなことをする時間はなかったって」
アリバイという言葉が脳裏に浮かぶ。声には出さなかった。でも証人になることには異存がないから、私達三人はそれぞれうなずいた。駅で私達を出迎えて車に乗せてくれた実朝さんが、この家に着いてから桂崎さんをどうこうする時間がなかったのは明らかだわ。何しろ、桂崎さんが元気だったのは、私達が駅にいる時点で、携帯端末を通じて見ているのだから。
「あ、でも」
気になる点に思い当たってしまった。
画面の中の桂崎さんはマスクをしていた。掃除中だったらマスクを掛けていても不思議じゃないけど、今もちらちらと視界に入る頭部にはマスクが掛かっていない。犯人がわざわざ外した? それとも桂崎さん自身がマスクを外したあと、襲われた?
ううん、それ以上に気になるのは、私達が桂崎さんの顔をよく知らないという事実。声だって同様だ。
ということは、別人がなりすましていたとしても、私達には分からない。あのマスクは、あとで本物の桂崎さん(の頭部)を見たときに、違いに気付かれにくくするためにしていた――とは考えられない!?
ぞくり。
寒気を覚えて腕をさする。鳥肌が立っていた。もしもこの想像が当たっているなら、それを仕組んだのは実朝さん以外に考えられない……。