第266話 肝を冷やしながら試します

文字数 2,000文字

 私は、室内をゆっくり歩き回る実朝さんを、じっと見た。他に何か異変がないかを探している風だけど、もしかすると見落としがないか最終確認をしているんだったりして……。
「な、なあ、佐倉、さん」
 森君に小声で名前を呼ばれ、顔をそちらに向ける。つられるように小さな声で「な、何よ」と聞き返した。
「俺、ちょっとでも追い付こうと、マジックを色々と見まくったり調べたりした」
「こんなときに何?」
「それで知ったんだけど、ああいう感じの頭だけテーブルに載せるネタって、あるよな?」
「――あ」
 ある。確かにある。鏡を使った巧妙な仕掛がなせる技で、切断された人間の頭部が生きて喋っているように見えるあれだ。
 でも。
「あるけれども、種は知ってるんでしょうね? 同じ仕掛が使われているとは思えないわ。だってほら、テーブルが完全に透明よ」
「そ、それくらい分かってる。だからおまえに聞いたんじゃないか。進化形で、透明なテーブルでも同じような現象を起こせるマジックがあるか、知ってるんじゃあ?」
「知らないわよ。そんな凄いマジック」
 もしかしたら世界のどこかでとてつもないアイディアが生み出され、実現しているかもしれない(カップ&ボールのマジックを、透明なカップで行うという嘘みたいな演目があるくらいだし)。けど、少なくとも私は知らない。
 しかし……森君の質問のおかげで、だいぶ冷静さを取り戻せた気がする。
 もし仮に、仮によ。実朝さんが桂崎さんを襲ってあんな目に遭わせたんだとしたら、どうして今日なの? 私達が来るということ、実朝さんも知っていたはず。犯罪を決行するなら、他の日でいいじゃない。
 小学生をアリバイ証人にする狙いで、敢えて今日を選んだ? だとしてもデメリットの方が大きいような。偽の桂崎さんを電話越しに演じる共犯者がいるくらいなら、その人に証言してもらって、偽のアリバイ作りをすれば事足りる……。
 何かがおかしい。
 推理漫画の原作を手掛けると聞いたせいか、実朝さんに対し、無意識の内にミステリ的な物を重ね合わせていた。思い込み。うん、そんな気がしてきた。
 ということは、あのテーブル上の頭部は作り物。非常に精巧にできているみたいだけれど、私達を近付かせないのはやっぱり作り物だからじゃないかしら。3Dプリンターを使うとか、映画の特殊メイクか何かの技術を用いれば、あれくらい真に迫った頭は作れると思う。
 考えを積み重ねる内に、そうに違いないという思いは強まった。
 ただ、いざ真実を確かめようとなると、すぐには行動に移れない。数歩進み出て、あの頭部に触れるだけで真偽がはっきりするというのに。
「ど、どうしたのよ、佐倉さん」
 朱美ちゃんの声が緊張を帯びている。先ほどの落ち着きが影を潜めているのは、何故? と思って朱美ちゃんを見返すと、朱美ちゃんも私の顔をまじまじと見つめてきている。
「怖がっていたのに、急に難しい顔をしてる」
「え、あ、そ、そう?」
 私は頭の後ろに片手を持って行き、無理矢理にでも笑顔を作った。私の推測、間違っているかもしれないけれど、こうなったら一か八かだ。
 えっと、こういう場合、やっぱり頼めるのは……。
「ん?」
 森君に目線を移すと、すぐに気付いてくれた。
「何だよ、睨んできて」
 睨んだんじゃないわよ。でもそんなこと言えば無駄な言い合いになるかもしれないので、ここは私が引く。
「ごめん、お願いがあるの」
「何?」
「あの頭、触ってきて」
「――なぬ?」
 短い言葉だけのやり取りで、くわしい説明をしている時間はない。万が一、私の考えた頭部作り物説が間違っていたら、急いで逃げ出す必要があるかもしれない。靴を履く余裕はないかも。それより、ここから徒歩でどこまで行けるんだろう? 道もよく分からないのに。
 ううん、違う。今は自説を信じるのよ。実朝さんが犯人だとしたら、明らかにおかしな点がいくつかあるじゃないの。
「肌にちょっと触れるだけでいいの」
「やだよ、怒られる」
「そんなこと言って、怖いからでしょ、本当は。意外と臆病なんだから」
 ごめんね。本心じゃないのよ。説明を省いて触ってもらうには、これが一番手っ取り早いと思っただけ。
「冗談じゃない。ちげーよ」
「だったら行動で証明してみせて。ほら、早くしないと、実朝さんに気付かれる」
 まだ渋る森君の背に両手を当て、前に押しやった。自分の考えたことながらひどい仕打ちだとは思う。けれどもその甲斐あって、森君、踏ん切りが付いたみたい。
「押すな。自分のタイミングで行く」
 森君は私の手を払うと、実朝さんを見て動きをチェック。こっちを向いていないのを見計らって、素早く前に歩出る。もちろん距離は全然大したことない。大股で三歩、森君の手がテーブルの上の頭に届いた。
 最初は髪の毛に触っていたけど、私の話をきちんと聞いていたらしく、森君の指先はすぐに皮膚へと移った。
「――あれ、れっ?」
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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