第207話 魔法以外のことは苦手です
文字数 2,071文字
「はっきり違うってことでもないんだよ。先に用件から入るけれども、萌莉の学校にマジックを教えに行くの、金曜日は完全になくしてもいいかな」
「金曜?」
内心、え、そんなことでわざわざ電話してくれたの?と思った。だって元々、シュウさんが約束してくれたのは火曜日だけで、金曜は時間があるときだけっていう話なんだから。
「完全になくなるっていうのはさみしいけれど、しょうがないわってあきらめが付く。火曜日は大丈夫なんだよね?」
「もちろん、そのつもりだ」
「だったらオッケーだよ。そもそも無理して来てもらってるんだし」
「いや、無理してるってことはない。ただ、最初の見通しからちょっと事情が違ってきてね。それもまたマジックに関係することなんだ」
「ひょっとして、アマチュアの皆さんでショーが決まった、なんて?」
もしそうなら観に行きたいと強く思う。だけど、電話からの返事は違った。
「確かにショーなんだけど、マジックショーではなく、学校の演劇部をサポートすることになった」
「えん、げき」
全然予想していなかった言葉を言われて、一瞬、理解が追い付かなかったわ。漢字を「演劇」と当てはめて、やっと分かった。
「シュウさん、まさか劇に出る? イケメンだからスカウトされたとか?」
「違うって。僕はイケメンではないし、劇には出ないし、スカウトでもない。……いや、一応スカウトと呼ぶべきかも」
「もう、何言ってるのか分からないよ」
「ごめんごめん。演劇部の人が秋の出し物にマジックを取り入れたいから、そのアドバイスをして欲しいと頼まれたんだ」
「それを引き受けたの、シュウさん?」
「ああ。スケジュールならどうにかこうにか都合が付くと思えたんで」
「……誘ってきたのは女の人?」
「そうだね。同じ一年だけど、クラスは違うせいもあって知らなかったんだ。初めて会ったときからころころ印象が変わるから、かなりの演技派かも」
「その人、かわいい? きれい?」
私、何を聞いているのかしら。自分でもいまいち理解しきれないまま、シュウさんへの質問を重ねていた。
「演劇をやるくらいだから、と言っていいのかな、自信に溢れている感じは受けた。それでその梧桐さんていう女子なんだけど、梧桐さんに連れられて、演劇部の部室に行った。そこで部長さんと副部長さんに会って、マジックの腕前をテストされたんだ」
「テストなんかしなくても、シュウさんのマジックは凄いのに」
「皆さんは見たことがないのだから仕方がないよ」
「いちいち生で実演しなくたって、これまでに何度かビデオで録画してもらったことあるんでしょう? その動画を見せたらよかったのに」
「ああ、なるほど。だけど動画だけだったら、ひょっとしたら加工を疑われるかもしれなかったんじゃないかな」
「それはそうかもしれないけども。――演劇部の部長と副部長って言う人は男子?」
「いや。二人とも女子で、もちろん先輩だよ」
「ふうん……」
女子ばかり出て来る。聞いている内に不安になった。
「念を押すけれども、シュウおにいちゃん。火曜日の方は絶対に、ぜーったいに大丈夫なんだよね?」
「ああ。そう言っただろ?」
「う、うん」
しっかり言い切ってくれた。なのに拭えない不安は何なんだろう。
「試験の期間中なんかは無理だってことも、前から言っている通りだよ」
「分かった。うん、ごめんシュウさん。しつこく聞いて」
「いいよいいよ。僕も不安にさせるようなことを言ったんだし、しょうがない。萌莉達の方もしっかり準備してこなすから、楽しみにしていてくれ。じゃあ、そろそろ切るよ」
「あ、あの、一つお願いがあるのシュウさん」
電話を終わらせたくない気持ちから、ほとんど思い付きで言葉を発していた。
「え、何?」
「えっと、わがままになるんだけどさ。教えてくれるマジックの内容が、他のみんなにとっては初めてでも、私にとってはよく知っていることって場合があると思うんだよね。そういうときは私向けに別の課題を用意してくれたら嬉しいな、なんて」
「なるほど。うーん、すぐに対応するのはは無理かもしれないけれど考えておく。ただ、基本は大事だから、そこを疎かにしないように」
「うん、分かってる」
思い付きを言ったからしょうがないんだけど、基本は大切なのはようく分かっている。
私はシュウさんから特別扱いされたがっているのかもしれないな、と初めて自覚した。
「それじゃ今度こそ切るよ。おやすみ」
おやすみなさいと返事して、電話を終えた。
(……あれえ、おっかしいな)
いつもと感覚が異なっていて戸惑う。
普段なら、シュウさんとおしゃべりしたあとはほぼ間違いなく、心が弾んだ気分になれるのに。今夜に限って何だか変。どう言えばいいんだろう……跳べる自信のある高さの跳び箱に向かって走って行ったら、当然あるべきはずのジャンピングボードがなかった、みたいな。
頭の中がもやっている。落ち着かない気持ちを抱えたまま、電話の前を離れた。
つづく
「金曜?」
内心、え、そんなことでわざわざ電話してくれたの?と思った。だって元々、シュウさんが約束してくれたのは火曜日だけで、金曜は時間があるときだけっていう話なんだから。
「完全になくなるっていうのはさみしいけれど、しょうがないわってあきらめが付く。火曜日は大丈夫なんだよね?」
「もちろん、そのつもりだ」
「だったらオッケーだよ。そもそも無理して来てもらってるんだし」
「いや、無理してるってことはない。ただ、最初の見通しからちょっと事情が違ってきてね。それもまたマジックに関係することなんだ」
「ひょっとして、アマチュアの皆さんでショーが決まった、なんて?」
もしそうなら観に行きたいと強く思う。だけど、電話からの返事は違った。
「確かにショーなんだけど、マジックショーではなく、学校の演劇部をサポートすることになった」
「えん、げき」
全然予想していなかった言葉を言われて、一瞬、理解が追い付かなかったわ。漢字を「演劇」と当てはめて、やっと分かった。
「シュウさん、まさか劇に出る? イケメンだからスカウトされたとか?」
「違うって。僕はイケメンではないし、劇には出ないし、スカウトでもない。……いや、一応スカウトと呼ぶべきかも」
「もう、何言ってるのか分からないよ」
「ごめんごめん。演劇部の人が秋の出し物にマジックを取り入れたいから、そのアドバイスをして欲しいと頼まれたんだ」
「それを引き受けたの、シュウさん?」
「ああ。スケジュールならどうにかこうにか都合が付くと思えたんで」
「……誘ってきたのは女の人?」
「そうだね。同じ一年だけど、クラスは違うせいもあって知らなかったんだ。初めて会ったときからころころ印象が変わるから、かなりの演技派かも」
「その人、かわいい? きれい?」
私、何を聞いているのかしら。自分でもいまいち理解しきれないまま、シュウさんへの質問を重ねていた。
「演劇をやるくらいだから、と言っていいのかな、自信に溢れている感じは受けた。それでその梧桐さんていう女子なんだけど、梧桐さんに連れられて、演劇部の部室に行った。そこで部長さんと副部長さんに会って、マジックの腕前をテストされたんだ」
「テストなんかしなくても、シュウさんのマジックは凄いのに」
「皆さんは見たことがないのだから仕方がないよ」
「いちいち生で実演しなくたって、これまでに何度かビデオで録画してもらったことあるんでしょう? その動画を見せたらよかったのに」
「ああ、なるほど。だけど動画だけだったら、ひょっとしたら加工を疑われるかもしれなかったんじゃないかな」
「それはそうかもしれないけども。――演劇部の部長と副部長って言う人は男子?」
「いや。二人とも女子で、もちろん先輩だよ」
「ふうん……」
女子ばかり出て来る。聞いている内に不安になった。
「念を押すけれども、シュウおにいちゃん。火曜日の方は絶対に、ぜーったいに大丈夫なんだよね?」
「ああ。そう言っただろ?」
「う、うん」
しっかり言い切ってくれた。なのに拭えない不安は何なんだろう。
「試験の期間中なんかは無理だってことも、前から言っている通りだよ」
「分かった。うん、ごめんシュウさん。しつこく聞いて」
「いいよいいよ。僕も不安にさせるようなことを言ったんだし、しょうがない。萌莉達の方もしっかり準備してこなすから、楽しみにしていてくれ。じゃあ、そろそろ切るよ」
「あ、あの、一つお願いがあるのシュウさん」
電話を終わらせたくない気持ちから、ほとんど思い付きで言葉を発していた。
「え、何?」
「えっと、わがままになるんだけどさ。教えてくれるマジックの内容が、他のみんなにとっては初めてでも、私にとってはよく知っていることって場合があると思うんだよね。そういうときは私向けに別の課題を用意してくれたら嬉しいな、なんて」
「なるほど。うーん、すぐに対応するのはは無理かもしれないけれど考えておく。ただ、基本は大事だから、そこを疎かにしないように」
「うん、分かってる」
思い付きを言ったからしょうがないんだけど、基本は大切なのはようく分かっている。
私はシュウさんから特別扱いされたがっているのかもしれないな、と初めて自覚した。
「それじゃ今度こそ切るよ。おやすみ」
おやすみなさいと返事して、電話を終えた。
(……あれえ、おっかしいな)
いつもと感覚が異なっていて戸惑う。
普段なら、シュウさんとおしゃべりしたあとはほぼ間違いなく、心が弾んだ気分になれるのに。今夜に限って何だか変。どう言えばいいんだろう……跳べる自信のある高さの跳び箱に向かって走って行ったら、当然あるべきはずのジャンピングボードがなかった、みたいな。
頭の中がもやっている。落ち着かない気持ちを抱えたまま、電話の前を離れた。
つづく