第164話 硬貨てき面

文字数 1,819文字

 苦笑いを浮かべつつ、このやり取りの引き延ばしはきっと逆効果だわと判断。私は右手を振って、左手めがけて物を投げる仕種をやった。もちろん、本当は何にも投げてないよ。投げる動作を終えると同時に、指を小指から順番にゆっくりと立てて行って手を開き、中が空っぽだと見せる。
「おおー、やっぱりだけど、すげえ」
 まだよ、森君。驚くのは左手を見てからにしてくれなくちゃ。
「じゃあ、森君。両手を出して」
「む?」
「両手であめ玉でも受け取るみたいに」
「あめ玉って、おまえ」
 ぶつくさいいながらも、森君は甲の側を下向きにして、両手首を揃える形で私の方に付きだしてきた。
「手のひらを開かなきゃいけませんよ」
 不知火さんがくすくす笑いながら、森君へ指摘した。そうなのだ、森君てば、あめ玉でも受け取るみたいにって私が言ったのに、両手をほとんど閉じている。これじゃあまるで、刑事ドラマのお縄ちょうだいのシーンだよ。
「あ、そうか」
 冗談ではなく、天然だったらしい。
 うーん、場の空気がちょっと緩んでしまったけど、仕方がない。私は左拳を、彼の両手の上十センチぐらいに持って来ると、再びじらす風に、指を一本ずつゆっくり開いていく。ほどなくしてコインが落下し、森君の手の内に収まった。
「おーっ。まじで左手から現れた」
 他のみんなと同様、改めて感心してくれた森君だったけど、急に目をくりくりさせたかと思うと、いたずらを考え付いたっていう顔になった。何か嫌な予感……。
「やっぱすげーな、佐倉の腕前。それで続きは? 種明かしが付いてるのは、今のじゃないんだろ」
 もみ手をしながら、森君が言った。微妙に早口になっている。
「ええ。種明かしをしてみんなに覚えてもらいたいのはこのあと――って、五百円、返してほしいんだけど」
「ばれたか」
 ベロをちらと出してから、にかっと笑う。五百円玉はというと、もみ手をしていた間から覗く。
「寒くないよう、暖めておきました」
「なにばかを言ってるの」
 呆れた私がさっさと三番目のマジックに移ろうとするのを、先生が言葉で止めた。
「おいおい、今のは拾ってやれよ。おまえは木下藤吉郎か!とか何とか言ってさ」
「それは分かってましたけど、せめて冬にやってくれなきゃ、つっこみどころが多過ぎなんです」
「それもそうだな。おい、森よ、次やるのなら冬、忘れた頃がいいぞ」
「覚えていられっかなあ」
 はいはい、無駄話はそこまで。次のマジックに行きますよ。

 種明かし用に選んだのは、かなり有名でシンプルなマジック。よって知っている人も多いと思うんだけど、誰にでもできて準備がほとんどいらなくて、簡単にできるコインマジックと言えば、これを真っ先にイメージしたんだから、仕方ないじゃない。
 そんな事情があるので、仲間内の気安さからはじめにお断りを入れておこうっと。
「では、三番目のマジックに入るけれども、これって超が付くほど有名だと思うの。知っている人がいたらごめん。手本をやっている間、種を言わずに、見守ってください」
「分かったー」
「それでは、誰かお手伝いをしてくれる人――つちりん、お願いできる?」
「もちろんいいよ。何をすれば」
 このところすっかりはまっている様子のつちりんは、わくわくが服を着て歩いているみたいだ。演じている私からすれば、とっても嬉しいし、ありがたいなあって思う。
「これから私の言う通りにしてね」
「うん」
 間に机を挟む形で、つちりんと向き合って立つ。私は相手の方へ両手を差し出した。向きは、手のひらが上。
「机にさっきから使ってきた五百円硬貨が四枚あるでしょ」
「うん、ある」
「それを持って、私の左右の手のひらに二枚ずつ、載せてほしいの」
「分かった――これでいいんだよね?」
 つちりんは言った通りにしてくれた。右手にも左手にも、二枚の五百円玉をきれいに重ねて置いた。
「ありがとう。これで一応、お手伝いは終わりだけど、そのまま近くから見ておいて」
「もう終わり? もっと手伝いたいわぁ」
「じゃあ、特等席でようく見といて。――これから私は、手首をくるっと返して、この五百円硬貨を握り込みます。ただし、握り込む動作に紛らわせて、五百円硬貨を投げるかもしれない」
「投げるってどこに」
 朱美ちゃんが被せ気味に聞いてきた。お金を投げると聞いて、気が気でないのかもしれないね。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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