第239話 敗退と反撃

文字数 2,099文字

 真ん中のカップの底をステッキでちょん、再び伏せておいた右端のカップの底をステッキでちょん。真ん中のカップを開けるとやはり空っぽになっていて、右端のカップから三つになったボールが出て来る。
「不思議な力で消えたボールが別の場所に現れる、というのは分かる。僕も少しだけマジックの見方を勉強したから。でも不思議じゃない」
「種が分かったってことね」
 私はあきらめ気味に聞いた。
「種を見破ったというか、それしか考えられないと思えた。最初、ボールにカップを被せていくとき、少し前に押し出してたでしょ。あのときに抜き取るしかない。抜き取ったボールを隠し持って、次のカップを伏せるときに元々の一個と一緒に伏せるのか、それともまた前に押し出すときに入れるのかは分からないけどさ」
 うー、合ってる。別のやり方をする道具もあるけれども、今、私が披露したのはまさしく七尾さんの言った通りだ。
「じゃ、じゃあ、こうしても驚かない?」
 本来の段取りとは違うけれども、早めに仕込んでおいた“ボールじゃない物”が見えるよう、左端のカップを開けた。現れたのはカップとほとんど同じサイズの石。この教室に来るまでの間に拾っておいた。正式なカップ&ボールでは、生のレモンを登場させるのが定番になっているんだけど、レモンは用意できないし、ミニサイズの道具には合わないので石で代用した。
「うん。お!とは思うけれども、その、すぐにやり方が見えるんだ。空っぽで伏せているように見せ掛けて、実は仕込んだんだなって」
 うーん、見抜かれてるわ。前もって七尾さんのことを聞いていて、こんなにショックなんだから、知らずに披露して見破られていたら落ち込んで、立ち直れなかったかも。
「次は?」
「カップ&ボールはここで切り上げて、新しい演目にする」
 またまた気を取り直し、私はポケットに手を入れた。指先で形状を探り、そいつを取り出すと、左の手のひらに載せた状態で七尾さんにもみんなにも見せる。それは、ミニサイズのわら人形。大の字で黄色っぽいそれは、本当にわらでできてるんじゃなくて、プラスチック製だ。身長五センチもないかな。
「シャーロック・ホームズの短編に『踊る人形』という作品があるそうだけど」
 水原さんの方をちょっと窺いながら、口上をぶつ。
「これは差し詰め、『踊るわら人形』といったところになるわ」
 本来ならこれから行うマジックの中身を想像させる演目名は、なるべく言わない方がいいんだろうけど、今回はすぐに実演に移るので大丈夫と踏んだわけ。
 私は右手でミニわら人形を取ると、左腕を真っ直ぐ前に伸ばした。左の掌は上向きのままだ。そこへ人形を持って行く。指先で摘まんで、立たせようとする感じで。
「この人形、わら人形と言っても、おまじないも何にもしてないから、こうして立たせようとしてもすぐに倒れちゃう」
 実際に手のひらの上で立たせようとして、倒れるところをやってみせる。それから人形の下側を皆に向ける。
「その足の細さだと、立ちっこないな」
 七尾さんが先に言ってくれた。
 ここまでの流れで、人形を立たせるマジックだというのは丸分かりのはず。となると、あとはどう演出してみせるかが肝心。
「そう、立たせることは無理。でも、こうやって」
 人形を再び手のひらに立たせ、倒れたのを見てから、その上で私は右手人差し指でくるっと輪を描く仕種をした。それからアブラカダブラ的なおまじないを唱える。ちょっとしゃれっ気を出して、「ナナオサンヲオドロカセルタメニガンバーレ」なんてフレーズも挟んだ。一文字ずつ区切って、ぎくしゃくした読み方をしたせいか、気付かれなかったみたい。
「これで、ひょっとしたら立たせられるかも。ただ、最初は難しいので、こうして見えない糸を引っ掛けて……」
 私は小さな投げ輪を放る仕種をした。続いて、その輪っかの引っ掛かり具合を確かめる動作をし、最後に、えい、と引っ張った。
「まさか、な」
 これは森君の声。何をやるか誰にも知らせていないので、初お披露目となる演目にはみんなも興味津々の様子だ。
 一秒ほどの時間差で、人形がぴくりと動いた。私は手の力を調整して、さも、見えない糸によって人形が起き上がってくるように振る舞う。
 人形は程なくして、私の左手の中で立ち上がった。おおっ、と声が上がって気持ちいい。その中には七尾さんの反応も含まれていたみたいだったから、なおさらね。
 私はさらに右手で糸を前後させる動きをやる。するとその動きに合わせて、人形が前後にふらふらした(私の視点で描写するなら種を承知していながら、上みたいなことを書くのはおかしいんだけど、勘弁してね)。
「七尾さん、ちょっとお手伝いをしてくれる?」
「よし来た、いいよ」
 腕まくりをする勢いの七尾さん。最初のカップ&ボールと違い、今回は割と見入ってくれている、かな?
「ありがとう。どっちの手でもいいんだけど、指でハサミの形、チョキを作ってくれる?」
「こう?」
 両手のチョキを肩より少し高い位置で開閉させる七尾さん。やっぱりタレントをするだけあって、そんなポーズがいちいちかわいらしくて決まっている。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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