第167話 魔法遣いは三度ノックする
文字数 1,670文字
「――あー、たとえば小さな一円玉なら、拾った人に入れてもらうときに、手で見えないように握っておくってことかぁ」
朱美ちゃんが早くも実際に試しながら言った。お金のことになると行動が早い上に、察しもよくなるのかも?
「それじゃあ、シュウさんが来るまでの間、今のマジックを練習してみてください。コインがないっていう人は――」
実は私が用意できた分では、コインの枚数が全員分にはとてもじゃないけど届かない。持って来てほしい物という予告も間に合わなかったので、ここは先生に頼る。
「相田先生、お願いします」
先生にだけは今日、学校に着いてからだけど、前もって事情を伝え、頼んでおいたの。
「こういうことだったのか。分かったが、あんまりないぞ。他の先生方から借りることも考えたが、さすがにちょっとみっともないなーという意識が働いてだな」
「いいからいいから、四の五の言ってないで、出してください」
財布の小銭入れを教卓の上で開けてもらう。うーん、四枚、八枚と揃っている硬貨は少ない。これは私の持って来た半端分と合わせてみなくちゃ。
「あの、佐倉さん」
「――なーに、水原さん?」
振り返ると、水原さんは十円玉を一枚ずつ、左右の手のひらに載せている。
「同じ硬貨を四枚揃える代わりに、大小二種類の硬貨が二枚ずつあっても似たような現象が起こせるんじゃないかしらと思って」
「え、どういうこと?」
聞き返す私の目の前で、水原さんは親指を使って、手の中の十円玉をずらした。するとそれぞれの下には一枚の一円玉が隠れていた。
「思い付いただけでまだ試してないから、うまく行く自信は全然ないけど」
水原さんは硬貨の位置を調節し、左手は一円玉が上に来るようにした。当然、十円玉は見えてる。右手の方は前のまま、十円玉の方が上で、一円玉は隠れている。
「これで、さっきの佐倉さんみたいに」
手首を返し、手を握る水原さん。と、一円玉が転がった。
私は言われない内からそれを拾い上げ、「どっちの手に入れれば?」と聞く。
「右に」
そう答えた水原さん、慎重な動作で右手を開いた。そこには十円玉が一枚だけあるように見える。
「開ききったらさすがにばれると思うんだけど、この状態で一円玉を置いてもらって、右手の中は十円玉一枚と一円玉二枚になるでしょ。これで同じように続ければ、一円玉が瞬間移動したみたいに見えない?」
「――凄いよ、水原さん。確かにそうだわ」
同種類のコインを四枚揃えなくたって、二枚ずつでもできるんだ。それに、下になっているコインの隠しやすさでは、水原さんの案の方が優れているかも。
「あ、ありがと。問題は、間違って十円玉を飛ばしそうになることだけど、最初っから一円玉の方を上にして重ねれば、どうにかなるかなって」
よく考えられてる。正直、感心したし、びっくりした。
「これで二枚ずつでも練習できるわ。さっすが、水原さん。推理小説を書いて、トリックを考え出すくらいだから、こういうことにも向いてるんだね」
「そ、それほどでも……」
ぽっと火を灯したみたいに頬が赤らむ水原さん。あれ? そんなに照れるところ? 当たり前のことを改めてほめたつもりだったんだけどな。
とにもかくにも、水原さんが見付けた新たなバリエーションについても、みんなの前で私がやって見せて、練習ができるように態勢を整えた。
当然、このあと教室内は、お金の転がる音が響き渡ることになる。
「教育上、あんまりよくない気がしてきた」
五分ぐらいが経った頃、相田先生がそう呟いた。
その直後、教室の端まで転がり、扉に当たって倒れた五百円玉を私が拾おうとしたとき、上からノックの音が降ってきた。コン、コン、コンとほぼ同じ間隔を開けて、三回。
続けてすぐに、声も届く。
「ちょっとお尋ねします。マジックサークルの活動場所はこちらの教室でよろしいのでしょうか。あ、僕は佐倉秀明と言います」
シュウさんの声だ。やった! とうとう、ついに、本当に来てくれたんだ。
つづく
朱美ちゃんが早くも実際に試しながら言った。お金のことになると行動が早い上に、察しもよくなるのかも?
「それじゃあ、シュウさんが来るまでの間、今のマジックを練習してみてください。コインがないっていう人は――」
実は私が用意できた分では、コインの枚数が全員分にはとてもじゃないけど届かない。持って来てほしい物という予告も間に合わなかったので、ここは先生に頼る。
「相田先生、お願いします」
先生にだけは今日、学校に着いてからだけど、前もって事情を伝え、頼んでおいたの。
「こういうことだったのか。分かったが、あんまりないぞ。他の先生方から借りることも考えたが、さすがにちょっとみっともないなーという意識が働いてだな」
「いいからいいから、四の五の言ってないで、出してください」
財布の小銭入れを教卓の上で開けてもらう。うーん、四枚、八枚と揃っている硬貨は少ない。これは私の持って来た半端分と合わせてみなくちゃ。
「あの、佐倉さん」
「――なーに、水原さん?」
振り返ると、水原さんは十円玉を一枚ずつ、左右の手のひらに載せている。
「同じ硬貨を四枚揃える代わりに、大小二種類の硬貨が二枚ずつあっても似たような現象が起こせるんじゃないかしらと思って」
「え、どういうこと?」
聞き返す私の目の前で、水原さんは親指を使って、手の中の十円玉をずらした。するとそれぞれの下には一枚の一円玉が隠れていた。
「思い付いただけでまだ試してないから、うまく行く自信は全然ないけど」
水原さんは硬貨の位置を調節し、左手は一円玉が上に来るようにした。当然、十円玉は見えてる。右手の方は前のまま、十円玉の方が上で、一円玉は隠れている。
「これで、さっきの佐倉さんみたいに」
手首を返し、手を握る水原さん。と、一円玉が転がった。
私は言われない内からそれを拾い上げ、「どっちの手に入れれば?」と聞く。
「右に」
そう答えた水原さん、慎重な動作で右手を開いた。そこには十円玉が一枚だけあるように見える。
「開ききったらさすがにばれると思うんだけど、この状態で一円玉を置いてもらって、右手の中は十円玉一枚と一円玉二枚になるでしょ。これで同じように続ければ、一円玉が瞬間移動したみたいに見えない?」
「――凄いよ、水原さん。確かにそうだわ」
同種類のコインを四枚揃えなくたって、二枚ずつでもできるんだ。それに、下になっているコインの隠しやすさでは、水原さんの案の方が優れているかも。
「あ、ありがと。問題は、間違って十円玉を飛ばしそうになることだけど、最初っから一円玉の方を上にして重ねれば、どうにかなるかなって」
よく考えられてる。正直、感心したし、びっくりした。
「これで二枚ずつでも練習できるわ。さっすが、水原さん。推理小説を書いて、トリックを考え出すくらいだから、こういうことにも向いてるんだね」
「そ、それほどでも……」
ぽっと火を灯したみたいに頬が赤らむ水原さん。あれ? そんなに照れるところ? 当たり前のことを改めてほめたつもりだったんだけどな。
とにもかくにも、水原さんが見付けた新たなバリエーションについても、みんなの前で私がやって見せて、練習ができるように態勢を整えた。
当然、このあと教室内は、お金の転がる音が響き渡ることになる。
「教育上、あんまりよくない気がしてきた」
五分ぐらいが経った頃、相田先生がそう呟いた。
その直後、教室の端まで転がり、扉に当たって倒れた五百円玉を私が拾おうとしたとき、上からノックの音が降ってきた。コン、コン、コンとほぼ同じ間隔を開けて、三回。
続けてすぐに、声も届く。
「ちょっとお尋ねします。マジックサークルの活動場所はこちらの教室でよろしいのでしょうか。あ、僕は佐倉秀明と言います」
シュウさんの声だ。やった! とうとう、ついに、本当に来てくれたんだ。
つづく