第58話 忸怩たる想い
文字数 2,176文字
「解説は恥ずかしいですが、容疑者が毎回崖の方に逃げるのを、愛情を込めて揶揄したつもりです」
不知火さんが明らかに安堵しながら言った。
「いいと思うよ。川柳的にどうかは知らんが、言いたいことは分かる」
先生の評価に、不知火さんは意を強くしたのか、それも正反対に不満だったのか、もう一句、習作を披露すると言った。
「『密室に 忘れ物した もう開かない』」
さっきと同じくらい笑う先生。
今度のは私にもすぐに飲み込めた。
密室殺人をやった犯人が現場から立ち去ろうとしてふと気付いたら自分のハンカチがない。鍵を掛けた室内に落としたみたいだがもう取りに行けない。どうしよう!っていうイメージだよね。
「これも悪くない。さっきのがあるあるネタなら、今度のはちょっと毛色が違うな。よくある密室殺人で犯人がミスを犯したらってことだな。あるあるネタではなく……もしもシリーズって感じだな」
「もしもシリーズって?」
私達みんなが、聞き慣れない言葉に不思議そうな顔をしたせいか、先生は苦笑を浮かべた。
「知らないか。ドリフターズのコントで、もしも○○な××屋さんがあったら、みたいな定番のネタがあったんだよ。……もしかしてドリフも分からない? うわあ、一から説明するの、面倒くさ。気になる者は各自、あとで検索しといて」
教師としてどうかと思う発言だけど、相田先生がいう気持ちも分からなくはない。年齢の違いから来るギャップだっけ、それを埋めるのって大変なんだよね。
それに、今は時間が特に大事だ。
「三つ目、最後の注文は、水原さんがトランプを使ったマジックをできるようになること。なお、トランプは相手が用意した物を使う」
「何それ。一番厳しい!」
朱美ちゃんが頬を膨らませ、不平不満いっぱいに声を上げる。いや、今ここで言われてもね。かっかしてる朱美ちゃんを、横に座る陽子ちゃんがなだめながら口を開く。
「私はそれ、昨日聞いたんだけど、確かに同じこと感じた。でも、佐倉が教えるのなら、大丈夫でしょ?」
「信頼されているのは嬉しいけれども……」
今日を含めて三日間で、人前で出来るカードマジック。しかも仕掛けなしの、用意されたトランプを使う。これだけでもかなりきつい条件なんだよね。
そこへ加えて、演じるのが水原さんというのが、ある問題を含んでいる。
それは、最も応用の利く基本的テクニックの一つとして、これまでにも再三言ってきた、トランプの束の一番下、ボトムカードを覗き見るという方法が使えないこと。
え? 何で?
もちろん、水原さんだって使おうと思えば使えるわよ。だけど、ここでボトムカードを覗き見る方法を教えれば、あの占いが完全にマジックだったんだとばれちゃうかもしれない。いずれ打ち明けるつもりではいるけれども、入ってすぐの水原さんには、さすがに言えないでしょ。
こんな理由から別の方法を考える必要があって、苦心してるのよね。
昨日、文芸部からの注文が出されたすぐあと、水原さんは私に、早く一つのマジックに決めて、教えて欲しいと言ってきたのだけれど、少し考えさせてと時間をもらったのにはそういう訳がある。
「佐倉さん、どんなマジックなら私でもできるのか、まだ決まらない? 私、家のトランプを持ってきたんだけど、シャッフルの練習だけでもしておいた方がいいかな」
「あー、シャッフルの練習はやってほしい。でも、家のトランプということは、使い慣れているんだよね?」
「ええ。手に馴染んでいるというか」
「だったら、なるべく違うトランプを触った方がいいかもしれないよ。当日は、あの六年生が用意したトランプを使うんだから」
「つまり、初めてのトランプを触っても慌てないようにって意味ね。分かった」
飲み込みが早くて助かる。私は自分のトランプ一組を水原さんに貸した。
本来、カードマジックに使うトランプは紙製なんだけど、木曜日に文芸部の六年生が用意するのは、きっとプラスチック製だろう。遊び用のトランプとして普及しているのは、圧倒的にプラスチック製が多いから。そう予想して、今日持って来たのも、プラスチックのカードだ。
(始める前に、何の仕込みもすることなく、カードの順番もどうなっているか分からない。そんなトランプを使って簡単にやれて、できたらあの六年生達がびっくりするようなカードマジック……うーん)
条件に適したマジックにいいのがないか、シュウさんに相談したかったのだけれども、前期考査試験とか何とかいうのがある時期で、時間が取れないみたいだった。いつもシュウさんに頼ってばかりじゃいけないし、ここは自分だけの力でがんばろうと決心したのだけれども、なかなか厳しい。
「使わないんだったら、水原さんが持って来たカード、借りていい?」
朱美ちゃんが聞いて、水原さんが了承する。想像した通り、プラスチック製のカードゲーム用のトランプだ。
今日のクラブ活動は文芸部対策に当てることは前もって知らせておいたので、マジックを教わることができなくても、みんなからの不満はない。不満はないけれども、申し訳ないなと思う。私がもっといっぱいマジックを知っていたら、昨日一晩で、水原さんに最適なカードマジックを選んで、今まさに教えているはず。
つづく
不知火さんが明らかに安堵しながら言った。
「いいと思うよ。川柳的にどうかは知らんが、言いたいことは分かる」
先生の評価に、不知火さんは意を強くしたのか、それも正反対に不満だったのか、もう一句、習作を披露すると言った。
「『密室に 忘れ物した もう開かない』」
さっきと同じくらい笑う先生。
今度のは私にもすぐに飲み込めた。
密室殺人をやった犯人が現場から立ち去ろうとしてふと気付いたら自分のハンカチがない。鍵を掛けた室内に落としたみたいだがもう取りに行けない。どうしよう!っていうイメージだよね。
「これも悪くない。さっきのがあるあるネタなら、今度のはちょっと毛色が違うな。よくある密室殺人で犯人がミスを犯したらってことだな。あるあるネタではなく……もしもシリーズって感じだな」
「もしもシリーズって?」
私達みんなが、聞き慣れない言葉に不思議そうな顔をしたせいか、先生は苦笑を浮かべた。
「知らないか。ドリフターズのコントで、もしも○○な××屋さんがあったら、みたいな定番のネタがあったんだよ。……もしかしてドリフも分からない? うわあ、一から説明するの、面倒くさ。気になる者は各自、あとで検索しといて」
教師としてどうかと思う発言だけど、相田先生がいう気持ちも分からなくはない。年齢の違いから来るギャップだっけ、それを埋めるのって大変なんだよね。
それに、今は時間が特に大事だ。
「三つ目、最後の注文は、水原さんがトランプを使ったマジックをできるようになること。なお、トランプは相手が用意した物を使う」
「何それ。一番厳しい!」
朱美ちゃんが頬を膨らませ、不平不満いっぱいに声を上げる。いや、今ここで言われてもね。かっかしてる朱美ちゃんを、横に座る陽子ちゃんがなだめながら口を開く。
「私はそれ、昨日聞いたんだけど、確かに同じこと感じた。でも、佐倉が教えるのなら、大丈夫でしょ?」
「信頼されているのは嬉しいけれども……」
今日を含めて三日間で、人前で出来るカードマジック。しかも仕掛けなしの、用意されたトランプを使う。これだけでもかなりきつい条件なんだよね。
そこへ加えて、演じるのが水原さんというのが、ある問題を含んでいる。
それは、最も応用の利く基本的テクニックの一つとして、これまでにも再三言ってきた、トランプの束の一番下、ボトムカードを覗き見るという方法が使えないこと。
え? 何で?
もちろん、水原さんだって使おうと思えば使えるわよ。だけど、ここでボトムカードを覗き見る方法を教えれば、あの占いが完全にマジックだったんだとばれちゃうかもしれない。いずれ打ち明けるつもりではいるけれども、入ってすぐの水原さんには、さすがに言えないでしょ。
こんな理由から別の方法を考える必要があって、苦心してるのよね。
昨日、文芸部からの注文が出されたすぐあと、水原さんは私に、早く一つのマジックに決めて、教えて欲しいと言ってきたのだけれど、少し考えさせてと時間をもらったのにはそういう訳がある。
「佐倉さん、どんなマジックなら私でもできるのか、まだ決まらない? 私、家のトランプを持ってきたんだけど、シャッフルの練習だけでもしておいた方がいいかな」
「あー、シャッフルの練習はやってほしい。でも、家のトランプということは、使い慣れているんだよね?」
「ええ。手に馴染んでいるというか」
「だったら、なるべく違うトランプを触った方がいいかもしれないよ。当日は、あの六年生が用意したトランプを使うんだから」
「つまり、初めてのトランプを触っても慌てないようにって意味ね。分かった」
飲み込みが早くて助かる。私は自分のトランプ一組を水原さんに貸した。
本来、カードマジックに使うトランプは紙製なんだけど、木曜日に文芸部の六年生が用意するのは、きっとプラスチック製だろう。遊び用のトランプとして普及しているのは、圧倒的にプラスチック製が多いから。そう予想して、今日持って来たのも、プラスチックのカードだ。
(始める前に、何の仕込みもすることなく、カードの順番もどうなっているか分からない。そんなトランプを使って簡単にやれて、できたらあの六年生達がびっくりするようなカードマジック……うーん)
条件に適したマジックにいいのがないか、シュウさんに相談したかったのだけれども、前期考査試験とか何とかいうのがある時期で、時間が取れないみたいだった。いつもシュウさんに頼ってばかりじゃいけないし、ここは自分だけの力でがんばろうと決心したのだけれども、なかなか厳しい。
「使わないんだったら、水原さんが持って来たカード、借りていい?」
朱美ちゃんが聞いて、水原さんが了承する。想像した通り、プラスチック製のカードゲーム用のトランプだ。
今日のクラブ活動は文芸部対策に当てることは前もって知らせておいたので、マジックを教わることができなくても、みんなからの不満はない。不満はないけれども、申し訳ないなと思う。私がもっといっぱいマジックを知っていたら、昨日一晩で、水原さんに最適なカードマジックを選んで、今まさに教えているはず。
つづく