第21話 そこは見せない

文字数 3,599文字

「どんなマジックなのか見てみたいんだけど、今できるかしら」
「えっと。できますけど……」
 私は拍子抜けしたものの、別の緊張感がやって来た。森君の方を見る。
「何だよ」
「……森君のお母さんって、お金を遊び道具に使うのは……」
「それは別にかまわない――んだよね、母さん?」
「粗末に扱わなければね」
 その答を聞いて、考えてみる。うん、少なくとも粗末には扱っていない。
 私はまた森君から千円札を借り、お母さんを相手に実演してみせた。
「――なるほどね」
 森君のお母さんは目を丸くしていたが、じきに目尻を下げた。
「宗平が知りたがるの、よく分かったわ。私でも知りたくなるもの」
 思わず、お教えしましょうかと口から言葉が出そうになったけど、踏み止まった。ここで信念を曲げてどうするの。
「宗平、もしあれの種が知りたいんだったら、次の誕生日プレゼントに買ってもいいんだよ」
「ほんと?」
「ええ。――佐倉さん、それって無茶苦茶に高い物でもないんでしょう?」
「は、はあ。多分。私ももらった物なので正確には分かりませんが」
「奇術サークルをやるって聞いたけれども、お金が掛かるの?」
「え、いえ、そうならないように、普通に身近にある道具を使ったマジックがほとんどになる予定です」
 マジックはお金が掛かるものと認識されるの本意じゃない。私は愛用のトランプを取り出した。
「たとえば、このトランプ。どこにでもある物です。普通に遊びに使えます」
 ケースから出して、森君のお母さんに調べてもらう。
「確かに、極普通の物ね」
「そこから一枚、ご自由に選び取ってもらえますか?」
「マジック、始まってたのか」
 横合いからぼそっと森君。邪魔しなさんなと、お母さんの手のひらが森君の太ももを軽くはたいた。
 いててと叫んでその場から飛び退いた息子さんを無視して、森君のお母さんはカードの中から一枚を選んだ。私は残りのカードを受け取ってから、お願いした。
「それではそのカードをこちらに見せないようにして、数とマークを覚えてください」
 両手で保持したカードを、胸元に押し当てる格好でいたが、それを上から覗き込む風にして確認する森君のお母さん。
「佐倉ー、俺は見たらだめなん?」
 外野から質問が来た。「見ても大丈夫よ」と答える。
 ところがお母さんが、「だーめ。宗平と佐倉さんが裏で手を組んでいる可能性があるから」と言い出した。さすが、大人。細かいところにまで注意が向く。
「何で俺と佐倉が組むんだよ。さっきのやり取り、見てなかったのかよ」
「見てましたよ。でも、あれも演技かもしれない」
「そんなことまで疑い出したら、きりがない!」
「それよりも宗平、さっきから呼び捨てはやめなさい。と言うよりも、あんた、普段は佐倉さんてさん付けしているのに、今日に限って何で呼び捨てなの。今日だって、最初はさん付けしてた気がするんだけど」
 この話にも驚かされた。私は、え?となって、森君の方を向いた。
「それは――」
 森君は理由を説明しかけたのに、途中で諦めたみたいに口をもごもごさせた。
「もういいや。佐倉さん、呼び捨てにしてごめんなさい。これでいいんだろ?」
 私に対して頭をちょっと下げてから、森君はお母さんに言った。
「そうそう」
「ご褒美にそのトランプの数とマーク」
 おっと、まだ見たがっていたのね。私は森君のお母さんに言い添えた。
「あの、カード当てのマジックではありますけど、数とマークを口で言って終わりじゃないですから、森君に見せても大丈夫です」
 これでようやく、森君もお母さんの選んだカードを見ることができた。
 森君がカードを見てその答を私に密かに送っている、と森君のお母さんが考えたのなら、そういう方法ではできないマジックになるよう、演出をしようっと。
「森君も覚えた?」
「ああ」
「それでは、森君のお母さん」
 私は手元のカードをヒンズーシャッフルしながら、徐々に近付けていった。
「こうやって切っていますから、お好きなタイミングでストップをかけてください」
「じゃあ――ストップして」
 声が届くと、私はすぐに手の動きを止めた。右手にも左手にも、カードの束がある。
「ここでいいですね? 変えることもできますが」
「いいえ、このままで」
「分かりました。では、そのカードを裏向きの状態で、ここに置いてください」
 左手の方を前に出す。その一番上に、お母さんはきっちりとカードを置いた。
 私はさらにその上に、右手のカードの束を重ねる。
「このままでは、まだ何となく入れたカードの位置が分かるかもしれないので」
 口上の途中で、床にカードの山を置く。私は右手の人差し指と親指を使って、トランプを縦に掴んだ。上から十枚程度を持ち上げ、床に置き、今度は残りの山を持って、さっきの十枚ぐらいの上にのせる。
「こうやってカットをします。よろしかったらどうぞ」
 私が促すと、森君も森君のお母さんも素直にやってくれた。二人ともいい観客で、やりやすくて助かる~。
 都合三回のカットが済むと、私はカードの微妙なずれを揃えた。そのまま右の手のひらをそっと宛がい、横方向へとスライド。床の上に、裏向きのトランプによる“石畳”ができた。
「お、鮮やか」
 森君の声が聞こえた。私はもっと言ってもらおうと、一番手前のカードの端を摘まんで、ちょっと前に力を加える。そのまま再び手のひらを沿わせる動作をすると、カードは表向きになっていく。
「おお」
 今度は拍手してくれた。お母さんも一緒に。
 私は数字とマークが見えるように“石畳”を整え、そうしてお母さんに向けて言った。
「私、これからこうやって端っこから順に、トランプの上を、指を動かして行きます。その間、お母さんは『違う、違う、違う』と声に出して唱え続けてください。もちろん、さっき選んだカードの上を通り掛かっても、『違う』です。私は、声のわずかな変化を聞き分けて、選んだカードが何かを当ててみます」
「本当に?」
 超能力っぽい演出にしたせいか、さすがに怪訝そうにされる。私は黙って頷いた。そしてえ指を動かしていく。
 森君のお母さんは割と早口で、「違う違う違う」と言い続けてくれた。指を最後まで動かし終わる。
「まだ一枚に絞り込めていないので、ちょっと取り分けますね」
 私はジョーカー二枚を含めた五十四枚のトランプから、中程の五枚くらいを残して、あとは選り分け、ひとかたまりにした。
「すみません、もう一度だけ、この五枚の上を指を動かしますので」
「『違う違う』って言えばいいのね」
「はい。お願いします」
 今度もきちんと言ってくれた。
 私は五枚の上に改めて指を持って行く。
「何のカードを選ばれたのか、分かった気がします。森君のお母さんが選んだのは――これですか?」
 私は五枚残した内の真ん中、クラブの4を指で押し出した。
「当たってる。すごーい」
 森君のお母さんは、再度そのカードを手にすると、裏の模様をじっと見つめた。
「印があるわけじゃないし、あっても小さすぎて見えないものねえ」
「普通のトランプですってば」
「種も仕掛けもございません?」
「いえ、種はありますけど」
 このとき使った種は、最もシンプルで応用が利くアイディアの一つ、ボトムを見て覚える、それだけ。ボトムとは、カードの山の底、つまり一番下に来ているカードのこと。その数字とマークをちらっとでも見るチャンスは、結構ある。
 それからヒンズーシャッフルも。ちょっと試せば分かんだけど、カードの山の上の方だけ切って、下の方は元のままの状態でキープすることは比較的簡単にできるはず。私はカードを左手に持って、右手でシャッフルするから、右手側で山の下部を持つ。そしてボトムのカードは最後まで同じ位置にあり続ける。
 カード当てだと、相手が引いたカードを、ボトムカードのすぐ下に持って来させることに成功すれば、言い当てるのは簡単、でしょ? ボトムの次のカードを言えばいい。表向き、裏向きそれぞれで前後が逆になるから間違えないように。
「この種も教えてくれないのか」
 落胆したような口ぶりになる森君。私は首を左右に振った。
「これは教える。基本の一つだし、マジックの本には必ずと言っていいほど載っているから。ただし、今じゃなく、サークルが始まったらね」
「分かった」
「それから、検索しないこと」
「ネットで調べれば、答えが出て来るかもしれないってことか」
「そう。教え甲斐がなくなるじゃない」
「ふうん」
 余計なことを言ったかなと不安に駆られたけれども、次の森君の言葉を聞いてそれは解消した。
「分かる。俺だって、初めてのクイズやパズルは自力で解きたいもん」

つづく
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み