第176話 魔法使いの心得
文字数 1,888文字
「ここで肝心なのは、マジックを始める前に、これからどのようなマジックをやるのかを、お客さんに説明してはいけないってことだろうね」
「それ、前にも聞いたわ。先に説明してしまうと、お客さんの驚きを奪ってしまうからって」
「うん、それもあるんだけど、他にも理由はある。今挙げた例みたいに失敗したとき、もしも先にマジックの内容をこれこれこういうことをしますなんて説明済みだったとしたら、リカバリーのマジックの幅が狭まるんだ。下手すると、説明とは全然違うことをやらざるを得なくなる。そうしたらお客さんに変だぞって思われてしまう」
「分かった。そういう状況にならないようにするためにも、最初に何をやるかを言ってはいけないのね」
「冴えてるな。察しがよくて助かるよ」
シュウさんが頭をなでてくれた。レクチャーしてもらった以上に嬉しいかも。
こうして歩いて来て、私の家の前まであと少しになったところで、はたと思い出したことが。
「――あ、そうだ! 言うのを忘れないようにしなくちゃと思ってて、忘れてた」
「よかったじゃない、今思い出せて」
微笑するシュウさん。こっちはまだ焦っていて、言葉がうまく出てこない。
「じっくり落ち着いて喋りな。少しぐらいなら立ち止まって待っているから」
「うん、そんなには掛からないよ。カードを当てるマジックを私達に教えるとしたら、シュウさんは最初に何を教えてくれるの?」
「うん? そうだね……萌莉には退屈になるかもしれないけれども、やはり基本中の基本かつ便利な方法、ボトムカードを覚えるやり方になるな、多分」
あー、予想した通りだわ。
「それなんだけど、しばらくの間ストップを掛けてもらいたいなあ、なんて」
「えっと、何か理由があるのかな。差し支えがなかったら聞いておきたい」
差し支えはないんだけれども、一言二言では説明しにくい感じ。水原さんが奇術サークルに入会するよう、最後の一押しをするためにカード当てマジックを取り入れたくだりを、なるべく手短にまとめて話した。
「――と、こういう事情があるの。あんまり早い内から種を明かしちゃうと、水原さんが気を悪くするかもしれない」
「なるほど。分かったよ」
あっさりOKしてくれた。でも私が安心したのも束の間、シュウさんは引き続き考えを述べてきた。
「その話の通りなら、水原さんだってたとえ種を知っても、気を悪くすることはないと思うけどね。ただ、うーん、僕の立場からすればあんまり感心できないやり方だな、その勧誘は」
「え?」
突然のだめ出しに背中がひやーっとした。
「ど、どうして。うまく行ったよ」
「うまく行くかそうでないかの問題じゃないんだ。水原さんが本当に奇跡が起きたんだと信じたり、内藤君だっけ、彼に不思議な力があるんだと思い込んだりしないか」
「それは大丈夫よ。水原さんは論理の人だもの。推理小説を書くんだし」
「うん、分かるよ。でもそういうことでもなくってだね。じゃあ仮に水原さんではなく、超常現象を信じやすいタイプの人に対して、同じことをやったとしたらって考えてごらん」
諭すような口調に、私も真剣に考えた。
「……それはもちろん信じるかも」
「信じて、さらにのめり込んだらどうなる? 奇跡や超常現象を起こす力が存在するんだとか、そんな力を身に付けたいとか考えて、怪しげなトレーニングをし始めたとしたら」
「止めるわ」
「止めるだけ?」
「ほんとのことを打ち明ける……打ち明けられるかな、あれは手品だったのよって。物凄く気まずくなりそう」
「うんうん、そういうことなんだ」
シュウさんが満足したみたいに少し笑った。
「マジックは一見すると魔法みたいなもので、種明かしをしなかったり、マジックだと告げずに演目を終えたりすると、相手が本気で魔法か何かだと信じてしまう恐れがある。たとえその可能性が低そうな人が相手だったとしても、絶対はない」
水原さんも魔法を信じ込んでしまうかもしれない? 想像にどきりとさせられる。
「下手すると、信じたままそっちの方向に進んじゃって、時間を無駄にするばかりか、人生を棒に振るかもしれない」
「ま、まさかぁ~」
「マジシャンはそれくらい想像を逞しくして、マジックを披露すべきじゃないかなってこと。マジックが人を不幸にするものであっていいわけじゃないだろ?」
「もちろんよ。――分かったわ。もうしない。やるにしたって、あまり時間をおかずにあれはマジックなんだよって教える」
私は決心した。そして水原さんにも早めに話さなくちゃと考えた。
つづく
「それ、前にも聞いたわ。先に説明してしまうと、お客さんの驚きを奪ってしまうからって」
「うん、それもあるんだけど、他にも理由はある。今挙げた例みたいに失敗したとき、もしも先にマジックの内容をこれこれこういうことをしますなんて説明済みだったとしたら、リカバリーのマジックの幅が狭まるんだ。下手すると、説明とは全然違うことをやらざるを得なくなる。そうしたらお客さんに変だぞって思われてしまう」
「分かった。そういう状況にならないようにするためにも、最初に何をやるかを言ってはいけないのね」
「冴えてるな。察しがよくて助かるよ」
シュウさんが頭をなでてくれた。レクチャーしてもらった以上に嬉しいかも。
こうして歩いて来て、私の家の前まであと少しになったところで、はたと思い出したことが。
「――あ、そうだ! 言うのを忘れないようにしなくちゃと思ってて、忘れてた」
「よかったじゃない、今思い出せて」
微笑するシュウさん。こっちはまだ焦っていて、言葉がうまく出てこない。
「じっくり落ち着いて喋りな。少しぐらいなら立ち止まって待っているから」
「うん、そんなには掛からないよ。カードを当てるマジックを私達に教えるとしたら、シュウさんは最初に何を教えてくれるの?」
「うん? そうだね……萌莉には退屈になるかもしれないけれども、やはり基本中の基本かつ便利な方法、ボトムカードを覚えるやり方になるな、多分」
あー、予想した通りだわ。
「それなんだけど、しばらくの間ストップを掛けてもらいたいなあ、なんて」
「えっと、何か理由があるのかな。差し支えがなかったら聞いておきたい」
差し支えはないんだけれども、一言二言では説明しにくい感じ。水原さんが奇術サークルに入会するよう、最後の一押しをするためにカード当てマジックを取り入れたくだりを、なるべく手短にまとめて話した。
「――と、こういう事情があるの。あんまり早い内から種を明かしちゃうと、水原さんが気を悪くするかもしれない」
「なるほど。分かったよ」
あっさりOKしてくれた。でも私が安心したのも束の間、シュウさんは引き続き考えを述べてきた。
「その話の通りなら、水原さんだってたとえ種を知っても、気を悪くすることはないと思うけどね。ただ、うーん、僕の立場からすればあんまり感心できないやり方だな、その勧誘は」
「え?」
突然のだめ出しに背中がひやーっとした。
「ど、どうして。うまく行ったよ」
「うまく行くかそうでないかの問題じゃないんだ。水原さんが本当に奇跡が起きたんだと信じたり、内藤君だっけ、彼に不思議な力があるんだと思い込んだりしないか」
「それは大丈夫よ。水原さんは論理の人だもの。推理小説を書くんだし」
「うん、分かるよ。でもそういうことでもなくってだね。じゃあ仮に水原さんではなく、超常現象を信じやすいタイプの人に対して、同じことをやったとしたらって考えてごらん」
諭すような口調に、私も真剣に考えた。
「……それはもちろん信じるかも」
「信じて、さらにのめり込んだらどうなる? 奇跡や超常現象を起こす力が存在するんだとか、そんな力を身に付けたいとか考えて、怪しげなトレーニングをし始めたとしたら」
「止めるわ」
「止めるだけ?」
「ほんとのことを打ち明ける……打ち明けられるかな、あれは手品だったのよって。物凄く気まずくなりそう」
「うんうん、そういうことなんだ」
シュウさんが満足したみたいに少し笑った。
「マジックは一見すると魔法みたいなもので、種明かしをしなかったり、マジックだと告げずに演目を終えたりすると、相手が本気で魔法か何かだと信じてしまう恐れがある。たとえその可能性が低そうな人が相手だったとしても、絶対はない」
水原さんも魔法を信じ込んでしまうかもしれない? 想像にどきりとさせられる。
「下手すると、信じたままそっちの方向に進んじゃって、時間を無駄にするばかりか、人生を棒に振るかもしれない」
「ま、まさかぁ~」
「マジシャンはそれくらい想像を逞しくして、マジックを披露すべきじゃないかなってこと。マジックが人を不幸にするものであっていいわけじゃないだろ?」
「もちろんよ。――分かったわ。もうしない。やるにしたって、あまり時間をおかずにあれはマジックなんだよって教える」
私は決心した。そして水原さんにも早めに話さなくちゃと考えた。
つづく